遅めの昼食を終えたスヴェンとフィルシスは気配を殺した足音に武器を引き抜き臨戦体制に移る。
森から刻々と近付く確かな足取り。気配さえ消しているが何処か此方を試すような足取りにスヴェンは眉を歪めた。
そして森から姿を現したヴェイグにスヴェンとフィルシスが同時に地を踏み抜く。
左右から同時に挟み込まれる刃がヴェイグの魔法、異空間の前にスヴェンが放った刃だけが防がれるがーーフィルシスが放った一閃が異空間の孔ごとヴェイグの胴体を両断する。
あれほど苦戦を強いられ、攻め手に欠けていたヴェイグーーいや、エルロイをフィルシスはあっさりと殺して見せたのだ。
地面に転がるエルロイの死体を前に、フィルシスは剣に付着した血を払い、
「生きてるんだろ? 如何なる方法でもキミは殺せない事は今ので嫌というほど理解したよ」
エルロイの両断された切断面から肉片が互いに引き寄せ合うように再生を始めた。
相変わらず再生の速度が速い。スヴェンは警戒心を緩めずエルロイに視線を向ければ彼は何事も無く立ち上がり、こちらに対して不服そうな視線を向ける。
「いきなり殺しに来るなんて酷いんじゃないか?」
「いくら殺しても死なねえアンタがそれを言うか? ってかまだその姿を使ってんのか」
こちらの疑問に対して目の前のソレは、ヴェイグの姿から中性的で爬虫類のような瞳を宿したエルロイの姿に戻った。
「わたしも捨てようかと思ったさ。けれど……まだアルセム商会が存続しているなら責めて責任は果たしたい」
本物のヴェイグの望みを律儀に叶え続ける。そう言っているようにも聴こえるが、彼が何に対して切実になろうと知ったことでは無い。
問題はなぜまた目の前に現れたのかだ。
「目的は何だい? 10月の国際会議に参加するそうだけど、まさかあいさつって訳じゃないよね」
それこそまさかだっと言いたげにエルロイは笑った。
「今日はスヴェンに依頼が有って来たんだ。報酬は金貨500枚にアルセム商会が経営するリゾート地宿泊券でどうかな?」
大商会とは聞いていたが、まさかリゾート地まで経営しているとは。
それ以前に依頼を請けるのも先ずは話を聴かない事には始まらない。
「話なら聴いてやる。先ずはそれからだ」
「お前は相変わらず警戒心だらけだな」
警戒心を向けるこちらに対してエルロイは肩を竦める。
「まあ良いさ、今回の依頼は過激派の司祭ーーヘルギム司祭の殺害さ」
その名にスヴェンとフィルシスは互いに顔を見合わせ、そして芝居かかった仕草で優雅に両手を広げる彼に何とも言えない表情を向けた。
そんな表情に気付いたエルロイは戸惑った様子で、
「ど、どうしたんだ? 過激派と敵対してることはお前達も知ってるだろ」
若干焦り混じりに訊ねてきた。
「あぁ、俺達がアンタらの派閥争いに利用されてるってこともな」
皮肉を込めて返せばエルロイは心外だと肩を竦める。
「それは利害の一致と思って欲しいなぁ。いや、それよりも依頼自体はエルリアにとっても有益な筈だよ」
確かに邪神教団の司祭を討つことはエルリアのみならず各国に対して安全面を考慮すれば確かに有益だ。
既に殺した相手に対する殺害依頼など請けようがないが。
「そいつは理解してるが……ヘルギム司祭ってのは老人、亡者召喚や黒弾を使う奴だろ?」
「あ、あぁ。なぜお前がヘルギム司祭の情報を? いや、それともエルリア魔法騎士団の調査能力かな」
「情報収集は欠かさないけど、ヘルギム司祭に対しては既にノーマークかな」
「……何故だ? わたしを含めた司祭を生かす道理などない筈だぞ」
「ヘルギム司祭はもう死んでる」
たった一つの事実を淡々と告げればエルロイは、
「ひぇ?」
未だかつて見た事がない、名状し難い表情でただ困惑を浮かべた。
無理もないだろう。依頼を出すために訊ね、一度殺された挙句の果てに対象人物が既に死んでるのだから。
エルロイはこめかみを何度も伸ばしては、事実を呑み込むべくゆっくりと大きく息を吸い込んだ。
「死んでるのかよ!?」
「あぁ、グレン率いる野盗と行動を共にしていた頃をな」
「なぜそんな事態になったのかはこの際だ、それは聞かないでおこう……しかし、わたしがここまで出向いたのはぁ」
「無駄足だったね、キミはリゾート地宿泊券を置いてさっさと消えると良い」
フィルシスがなぜリゾート地宿泊券だけを要求するのかは謎だが、彼女のさっさと消えろっと言わんばかりに鋭い眼孔にエルロイはたじろぐ。
「ぐぬ、酷いじゃないか……わたしは本当に帰るけど、何か聞きたいことが有るなら今のうちだぞ? しばらくは国際会議の出席やらでわたしも多忙になるからね!」
元々アルセム商会の経営やらで多忙だと思うが、スヴェンはその辺りの事情に対して突っ込まずーー最後の司祭の居場所に付いて訊ねる。
「ラスラ司祭ってのはいま何処に居る?」
ラスラ司祭の行方にエルロイ司祭は眉を歪めた。
「奴は定期連絡会でしか会えない。いや、正確には投影魔法による幻影なのだが、わたしでも奴の居場所は知らないんだ」
「ラスラ司祭と最後に直接会ったのはいつだ?」
「11年前のオルゼア王襲撃時。わたしはあの戦闘でラスラは死んだと思ったのだが、生きてエルリア城を襲撃したと知った時は驚いたよ」
つまり十一年は直接会って居ないという事になる。
「穏健派と過激派……オルゼア王によって邪魔な連中を討たせようと企てたのはキミかい?」
確かめるように訊ねるフィルシスにエルロイは肩を竦める。
「そうだね、あの襲撃事件は起こるべくして起きたと言うべきか。あの戦闘を生き残った司祭は、わたし、ラスラ、ヘルギム、ノワールの4人だった」
「まあ、ノワールも日を跨がない内に自害してしまったのだがね」
自害したノワールを除き、オルゼア王襲撃事件時に生きていた司祭は三人だけ。その内の一人はどうやっても死なない化け物だ。
結局のところ邪神教団が組織内で二分しようとも最後に残るのは穏健派のエルロイだけ。
「アンタは邪神の狂気に歪んだ司祭連中を利用する形でオルゼア王に討たせたんだな」
「そうだね、わたしが司祭を全滅するように誘導した。事前にオルゼア王にも襲撃を予告していたけど、あの王に対してそれは無駄なことだったよ」
「確かに師なら自身に降り掛かる脅威は自分で跳ね除ける、か」
結果的にオルゼア王は忘却の呪いを受ける事になったが、エルロイの目論見は半分成功したと言える。
しかし新しく選任された司祭も結局は穏健派と過激派に別れた。
「結局のところアンタの計画は失敗に終わったって解釈で良いんだな」
「そうだ、わたしの計画は失敗してしまったよ。司祭の全滅で入れ替わる新しい司祭と枢機卿と共に密かに封印を護る計画がね」
確かに穏健派の目的は邪神の封印を護ることだ。それは悪魔の口からも語られている通りだった。
「……今の穏健派の司祭が歪まねえ保証は?」
「彼女らとあの子なら大丈夫さ、何せわたし達よりも強靭な精神力を持つ者達だからね。それに今は邪神像と離れているから狂気に汚染される心配も無いよ」
これ以上討伐対象が増えないならそれで良いが、万が一穏健派が狂気に染まりでもすればエルロイ達が居るミスト帝国も影響を受けかねない。
スヴェンが戦争に繋がる火種を浮かべた瞬間、
「あぁ、お前が望む戦争はどう足掻いても起こらないよ」
戦争は起きないとエルロイが語った。戦争が起きないならそれはそれで構わない。
「だと良いがな……それで他に聴くべきことは」
フィルシスに視線を向ければ、彼女はもう聴くことは無いっと首を横に振る。
こっちも現状で聴きたいことは聴いたが、最後に一つだけ。そう一つだけ文句を言いたい。
「で? なぜミルディル森林国で邪神眷属が解放される事態になったんだ?」
「それに関してはわたしにも判らないが、人の執念が時に奇跡を齎す瞬間を何度も眼にして来たからね。恐らくは追い詰められた信徒の絶望から生まれた最後の意地なのかもね」
「封印の鍵を邪神教団の手に渡らせねえ方が確実ってことか……ってかアトラス神はなぜ封印の鍵に隙を残してんだよ」
不変不滅だからこそ互いに殺し切れない相手を勝者が封印した。
封神戦争の結末はどちらか一柱の封印によって収束したが、ミアから聴いた情報では時の悪魔は二柱によって創造されたことを踏まえれば完全に敵対関係に有った訳ではない。
「……それは、そもそも封神戦争こそ不幸の始まりによって起こった戦争に過ぎないんだ」
「時が経てば邪神様の狂気も正常に浄化される。それはあと数万年も先のことだ」
それまで邪神の封印を維持しなければならず、邪神教団も復活に備えて封印を見護る他にない。
エルロイの口振りからそう捉えたスヴェンとフィルシスは息を吐く。
「キミ達の事情は理解したよ、その話も各国の王族に聴かせる話すのだろうけど……もしもそれが作り話だったら私は容赦しないよ」
「安心すると良い。わたしが語る物語りは全て事実さ……生憎と証人はノーマッドしか居ないけど」
邪神に呪われた生きた封印の鍵である女性を浮かべたスヴェンはため息混じりに、
「まあ何にせよ、俺はアンタが王族に語る姿を眼にすることはねぇな」
そう告げるとエルロイは意外そうな眼差しを向けた。
「お前はレーナ姫の護衛として参加すると踏んでいたが、違うのか?」
「こっちは仕事があんだよ……ああそうだ。ついでに聞くが、アンタは時の悪魔を召喚した人物に心当たりは有るか?」
「……すまないがわたしにも心当たりは無い」
エルロイでも知らないとなると邪神教団絡みとは考え難い。
単なる愉快犯か、それとも悪魔の気まぐれ。古代遺物絡みの事件か事故。
考えられる事は幾らでも有るが、結局の所は時獄内部に突入しなければ判らないことだ。
スヴェンは一先ず時の悪魔に関する情報を頭の隅に追い遣り、
「なら俺から聴きたいことは全部だな」
「そうか、それじゃあわたしは帰るとしよう……あぁ、そうだ。結局依頼は出せなかったが、これは表に出ようとしない影の功労者に対する贈り物だ」
そう言ってエルロイは開いた異空間の孔に飛び込むと同時にリゾート地の宿泊券をスヴェンの手元に残して立ち去った。
こんな物を遺されても正直困るというのが本音だった。
「……要らねぇ、責めて食いもんのサービス券とかにしろよ……いや、その前に影の功労者ってなんだよ」
「それだけキミの功績は大きいってことだよ。それで、キミはその宿泊券をどうする気だい?」
「欲しいならアンタに譲るさ」
「いいや、それはキミに対する報酬だよ。私がそれを横から貰うのは違うんだ」
「違うのか、行きたそうな顔してるが?」
「正直に言うとすっごく行きたい。だけど違うんだ」
何が違うと言うのだろうか。行きたいならリゾート地の宿泊券を素直に受け取れば良い。
スヴェンはフィルシスから手元の宿泊券に視線を落とし、四人までなら無料で一週間の宿泊と食事、リゾート施設使い放題と記載されていた。
誰かを誘うよりも経費の肩代わりに使うべきだ。スヴェンは手元の宿泊券の使い道を決める。
「期限は無期限か、護衛の依頼が来た時にでも使うか」
「キミらしい使い方だね。でも流石に護衛対象は貴族か王族に限られて来るんじゃないかな」
「報酬には期待できそうだ」
その前にミアの依頼を片付けなければ話にならない。
スヴェンとフィルシスは早速鍛錬を再会させ、これまでの締め括りに入ることに。