技術研究所の最奥でクルシュナは盛大にため息を吐く。
机に置かれた一つの瓶。それには魔法陣とは異なる言語が刻まれていた。
ついに悪魔を封じ込める魔封瓶が完成したのだ。完成したがクルシュナの気は重くなるばかり。
「……むぅ、仕方ないとはいえやはり話しておくべきだったか」
「仕方ありませんよ、未知の材質と刻まれた言語、魔道具の加工に必要な材料はアレしか無かったんですから」
そう仕方なかったのだ。国内で採掘されている鉱石に新種は無く、せっかくアトラス教会から悪魔封印に関するノウハウを得たというのに肝心の材料が無い。
いや、正確には一つだけ有ったのだ。スヴェンがクルシュナに預けた荷電粒子モジュールがたった一つだけ。
壊れた球体状の荷電粒子モジュールを加工し、ついでに治療のために滞在していたリノンからデウス・ウェポンの言語を教わり、デウス・ウェポン語で術式を刻むことで漸く完成した。
しかしスヴェンから預かっていた荷電粒子モジュールを無許可に加工に使った。彼がこれを知ったらどうなるか、怒り狂うかそれとも単に呆れるか。
どっちにしろ彼には隠し事よりも先ず正直に話した方が建設的だろう。
「スヴェンには誠心誠意謝罪するとして……」
まだ性能実験が済んでいない。この瓶に悪魔の魂を封印できて初めて完成と言える。
先ずは実験を始めないことには何も始まらないのだ。スヴェンに謝罪も協力者達に感謝することも。
「双子の悪魔を呼んでくれたまえ」
「既に双子の悪魔には連絡を入れてますよ。あとは到着を待つばかりです」
既に連絡をしていた研究者にクルシュナは満足そうな笑みを浮かべ椅子に座る。
「そうか……では来るまで待つとしよう」
「コーヒーでも淹れましょうか?」
まだコーヒーを飲む気にはなれない。クルシュナは首を振ることで断り、ふと昨日廊下ですれ違ったレーナの様子が思い浮かぶ。
「最近姫様の顔色が優れない様子ですな」
「そうらしいですね、自分はここ数日研究所に篭りっぱなしでしたので会ってはいませんが……研究者の間でも噂になるほどには体調が思わしくないのでしょう」
また無理をして徹夜で書類を片付けているのだろうか? いや、そんな筈はない。
今のレーナに滞っている公務も無いはず。これを単なる風邪と見れば良いのか、それとも今まで蓄積された過労が一気に現れたのか。
医者でもないクルシュナにはレーナの状態はなんとも言えず、
「ふむ、姫様には休養が必要では有るか」
単なる気遣い程度の言葉しか出ない自身に苦笑が漏れる。
「姫様が倒れたとファンクラブ会員が知ったら大事ですからね」
それこそエルリア国民の殆どが城に駆け付ける事態になるだろう。
いや、それどころか彼女を慕う多くの騎士や使用人にも多大な影響を及ぼす。
「姫様が倒れたらと思うと吾輩も研究どころでは無くなってしまうか」
「大半の国民は卒倒レベルですよね……いや、たぶん姫様が婚約を発表したら似たことになるとは思うんですけどね」
それは確かに言えていることだが、レーナも結婚しておかしくはない、いやむしろ王族としては遅いぐらいだ。
その前にレーナに相応しい相手を見付けなれば話にならない。
「姫様は恋愛に疎いですからな」
まだオルゼア王が健在だからこそ良いが、世継ぎ問題を考えればまだまだ不安の種は多い。
クルシュナと研究者は苦笑を浮かべた。責めてレーナにいい縁談が有ればっと。
二人がそんな事を考えていると、
「やあ、お招きに応じて来たよ」
双子の悪魔の片割れがドアを開けて入室した。
これね実験を開始できる。その前に双子の悪魔には説明しなければならないが。
「来てくれて感謝するよ……これから貴殿には開発した魔封瓶に悪魔を封印できるかどうかの実験に協力して貰うが構わないかね?」
「いいよ、むしろ我々を封印できるのか試してあげたいぐらいだ」
悪魔故の余裕と挑発するように人形の顎を鳴らす双子の悪魔にクルシュナは挑戦的な笑みを浮かべる。
早速クルシュナは掴んだ魔封瓶に告げる。
「起動せよ」
詠唱とは違う事前に魔封瓶に刻まれた言語を読み上げる。そうする事で魔封瓶に刻まれた言語が輝く。
そして魔封版の栓をキュポンっと抜き、双子の悪魔に口を向けた。
悪魔に呼応するように魔封瓶の内部で渦が発生し、双子の悪魔の身体が渦に引き寄せられ始める。
本来なら憑代から離れた魂を魔封瓶に吸い込ませ、内部に封印するのだがーー憑代に収まった魂ごと憑代を引き寄せるか。
やはり憑代から魂を引き剥がさないことには十全な効果が発揮しない。
だが、クルシュナは栓をするでも無くーー魔封瓶を双子の悪魔の口に突っ込んだ。
人形の憑代が激しい痙攣を引き起こし、やがて人形の口からドス黒い悪魔の魂が魔封瓶に吸い込まれ、人形の身体は糸が切れたように床に崩れた。
クルシュナはすかさず魔封瓶の口に栓を施しては、悪魔の魂に語りかける。
「封印は成功ですな」
『まさか憑代から引き剥がされるなんて思わなかったよ。これなら時の悪魔も封じられるかもね』
流石は悪魔だ、魂の状態でも人に語りかけることができるとは。
精神に悪影響を与えないように悪魔の性質そのものを内部に隔離ーーこれも懸念は有ったが、今のところ精神に悪影響は皆無だ。
「では、次は魔法を試してみたまえ」
『片割れが居ないと効力が減少するけど……? あれ? おかしいな魔力が使えない』
片割れが居ない影響を抜きにしても双子の悪魔は魔封瓶の中で魔法を唱えることは愚か魔力を操作することも叶わないようだ。
「ふむ、これも成功ですな」
「やりましたねクルシュナ副所長! 新技術の確立と新しい魔道具の基盤! もしや所長に就任する日も近いのでは!?」
煽てる研究者にクルシュナはため息を吐く。
協力者のお陰でなんとか完成まで漕ぎ着けたが、ルーピン所長なら独力で魔封瓶の開発に至るだろう。
それゆえに彼は天才であり奇抜な発想の持ち主だ。尤もクルシュナには所長の座に就く気など無いのだが。
「吾輩が所長に就任する日は来ないよ……」
クルシュナは魔封瓶の栓を引き抜き、双子の悪魔の魂を人形に戻した。
『ふぅ、窮屈な瓶の中は嫌だなぁ……もう少し何とかならないかな?』
「これ以上のサイズを開発するには材料が足りませんなぁ」
同時にそれは量産が不可能な事を意味していた。
この魔封瓶は事実上の切り札に等しい代物だ。これを活かすも殺すもスヴェンの技量次第ーー吾輩達は些か彼に重荷を背負わせていますな。
スヴェンなら恐らく依頼の範疇として重荷とすら思わないのかもしれない。
クルシュナはそんなスヴェンの姿を想像しながら双子の悪魔に報酬金を手渡す。
そして実験の成功と判断したクルシュナは早速、研究者にスヴェンとフィルシスを呼ぶようにと指示を与えるのだった。