スヴェンとフィルシスは悪魔を封じ込める魔封瓶の完成の知らせを受け、鍛錬を切り上げエルリア城に帰還していた。
地下広間で宙に浮く大型転移クリスタルの前でフィルシスは、
「出発の準備も有るだろうけど、久しぶりの帰還なんだ。クルシュナの所に行く前に先にあいさつして来るといい」
そんな提案を口にした。確かに鍛錬が始まってから一度もリノンとアシュナの見舞いに行っていない。
そろそろ退院してもおかしくはないが、念の為に病室を訊ねても遅くはないだろう。
「そうだな、一応様子でも見て来るか」
スヴェンは一旦フィルシスと別れてから改めて病室に足を運び、廊下を進むに連れて何処か沈んだ空気に違和感を抱く。
エルリア城の廊下は往来する騎士や使用人、執政官達が慌しくも賑やかに通る通路だ。しかしすれ違う使用人は杞憂の眼差しで重々しく息を吐いた。
そしてメイドの立ち話に聴き耳を立てる。
『姫様の体調は今日も優れない様子だったわ』
『でも顔色が悪いと思ったら元通り……何かの病気かしら』
『なんとも言えないわね。専属医の診断待ちとしか』
どうやらレーナの体調が優れないらしいが単なる病気とは違うように思えてならない。
レーナが受けた呪いが今になって発現しようとしている前兆か。
ヘルギム司祭の語っていたことが事実なら偶然として切り捨てるにはあまりにも危険だ。
スヴェンは歩く足を早め、そのまま病室に足を運ぶ。
窓際奥のベッドに座るリノンと椅子に座りながら困り顔で談笑するレーナの姿が映り込む。
ーー存外元気そうだが、急ぐ必要は有るか?
外れて欲しい予感というのは嫌というほど当たる。フィルシスの懸念を聴いた時から、レーナが受けた呪いは発現もせず消滅することも無く発現してしまう可能性は確かに有った。
その時からだろう、レーナの呪いは発現もせず消滅する事に淡い期待を寄せていたのも。
結果的に事態は深刻な方向に動きつつ有ることにため息を吐けば、こちらに気付いた二人と目が合う。
「そんな所で突っ立てないでこっちに来たら如何かしら?」
「あら帰って来てたのね、そう言えば魔道具が完成したと聴いたけれど……」
「あぁ、朗報を聴いて戻って来たんだが……存外元気そうじゃあねぇか」
スヴェンが二人に向けてそんな言葉をかけ、同時にアシュナが居ないことに気付く。
「アシュナは退院したのか?」
「少し前に復帰したわよ。今は体力を取り戻すために訓練に参加してるわね」
復帰を目指して励むアシュナに対して口元を緩めるレーナにスヴェンは、
「アンタに異変は無いのか? さっき廊下で不調が続いてると聴いたが……」
レーナの体調に付いて遠回しに訊ねた。
「うーん、専属医からは過労が原因かもしれないからしばらくは控えるように言われてるわね」
医者でも呪いを見抜けないという事は相当深いところに潜伏してるのかもしれないが、それとも単なる偶然の重なりだったのか?
杞憂で有って欲しい。スヴェンがなんとも言えない眼差しをレーナに向けると、
「あら姫様の心配だけなのかしら?」
じと目を向けるリノンにスヴェンはわざとらしく肩を竦めて見せた。
「アンタは如何なんだよ」
「私の方は汚染された魔力も正常化したから、あとは数日だけ経過観察の後に退院よ」
邪神眷属によって汚染された魔力の浄化は既に終わっていた。リノンが苦しむことは無いのだろう。
心の底から溢れる奇妙な感覚ーー安堵にスヴェンは眉を歪め、
「それで? 退院した後は如何すんだ」
自身の感情から目を背けるようにリノンの今後の予定を問う。
そんなスヴェンにリノンは察しながら笑みを浮かべる。
「しばらくはエルリア城下町のアトラス教会に配属されることになったわ……これでいつでも会えるわね?」
リノンはアトラス教会のシスターだ、教会の上層部が彼女の提案を必要だと判断し聞き入れた。だとすればアトラス教会の上層部はエルリア城に在る封印の鍵を警戒してのことか。
オルゼア王とフィルシスが居るこの城を誰も攻めようなどとは思わない筈だが、フィルシスを狙ったグレンの一件も有るからこそ何事も対策して損は無いということだ。
「有事の際はアンタを当てにして良さそうだな」
「えぇ、その代わり今度何処かに出かけましょう。退院祝いも兼ねてね」
期待を寄せる眼差しにスヴェンは肩を竦めた。先に退院したアシュナを祝わないのはそれはそれで不義理だ。
だがリノンは何処か二人だけの時間を欲しているようにも見える。
そんな彼女の感情を察したスヴェンは何とも言えない表情で、
「依頼を片付けた後にな」
それだけ告げるとリノンは何も言わず笑みを浮かべるばかり。
まだレーナの呪いが発現したのか確かめたいが、そろそろクルシュナの下に向かわなければならない。
別に時間の指定は無いが、依頼を達成するために早めに行動して損は無い。
スヴェンが病室を立ち去ろうと背を向けた瞬間、
「スヴェン……必ず無事に帰って来て」
レーナの言葉にスヴェンは一度足を止めた。
エンケリア村を覆う時獄の侵入、解除はあらゆる危険性が伴う。
無事に帰れる保証は何処にも無いが、それでもスヴェンはレーナに振り向く。
「あぁ、戻って来るからアンタは少し身体を休ませろ」
「……っ、分かったわ」
俯くレーナがどんな表情をしてるのか判らないが、今はミアの依頼が先決だ。
スヴェンは病室からクルシュナが待つ彼の自室に足を運ぶ。