ボディガード・セキリュティの事務所を兼任した自宅に戻ったスヴェンは一階の事務室に向かい、引き出しから纏められた数枚の依頼書を取り出した。
エルナの文字で綴られた請た依頼に関する報告書。
「不在の間も問題なく機能してたか」
依頼はどれもエルリア城下町に限られていた。
中でも訳ありの貴族令嬢を護衛して護り抜いたことが書き記されているが、肝心の何から護ったかは依頼人の意向に従って伏せる趣旨が記載されている。
続いてスヴェンは請た依頼の報酬金額と支出額を計算した収入報告に眼を通す。
エルリア城下町内に活動が限れたため支出額は最低限の金額に収まり黒字を記録していた。
自身の不在中に三人が請負った依頼報告書に眼を通し終えたスヴェンはソファに座り込んだ。
「中々良い成果を出してんじゃねえか」
特に報告書を見る限り何かしらの不備が有った訳でもミスを犯した訳でもない。
いや、贅沢を言えば多少の失敗から学びを得て欲しいところだがーー失敗しないことに越した事はねぇが、経験を得るってのも中々難しい。
一度も失敗せず依頼を達成し続けた傭兵が居た。しかしその傭兵は防衛任務を任されていたが、防衛任務は防衛部隊ごと施設の壊滅によって失敗。
たった一度の失敗。傭兵として活動していれば失敗は付き物だ。しかしその傭兵は違ったのだ、二百年も傭兵として活動を続け一度も失敗しなかった自信は儚くも砕け散り、挫折感から自らの頭を撃ち抜いた。
その傭兵は失敗を挽回する方法が判らず、眼に映る人々の印象が以前と変わり果てたのだと遺書データに遺していたと云う。
それが挫折に繋がり自害を選んだ……あまりにも極端な例だが、三人には評判を気にせずそこそこ失敗を味わい経験を積んで欲しいものだ。
スヴェンは自身の思考に自嘲した。
「……これじゃあまるでガキ共の成長を期待する何かだな」
ふと玄関が開く音にスヴェンには廊下に視線を移す。気配を押し殺した慎重な足取りに口元が吊り上がる。
家主の帰宅とは結論付けず泥棒の類いを疑う。いい傾向にスヴェンはソファから立ち上がり魔力の流れに備えた。
「『闇よ縛れ』っ!?」
詠唱と魔法陣から不規則に放たれる闇の縄、そしてスヴェンに気付いたロイの表情が映り込む。
スヴェンはエンケリア村に備えーー背後から迫る闇の縄を敢えて避けず、身体に纏わせた魔力の鎧で闇の縄を弾いた。
床に弾かれた闇の縄は消滅し、スヴェンは身体に纏わせた魔力を下丹田に引っ込める。
「帰ってたのか……それよりもさっきのは、フィルシス騎士団長に教わったのか?」
「あぁ、詠唱も要らねえ魔力だけの防御技術だな」
とは言え、恐らく単純な強度と使い勝手の良さならラウルの硬質化魔法が優れている。
「高い魔力操作技術を要求されそうだなぁ」
「実際問題、高い集中力も要求されるからなぁ。魔法と同時にってのは難しそうだ」
「……詠唱を封じられた時に使えそうだ」
実際に詠唱は声に発しなければ意味を成さず、無詠唱では魔法の威力が極端に下がる。
その意味では魔力操作による防御技術はまだ使い道が有ると言えた。
「そうだな、身体に鎧を着るイメージで魔力を衣服に纏わせてみろ」
ロイにそれだけ告げると彼は早速衣服に魔力を纏わせる。しかしまだの鎧とまではいかないが、やはり自身と違って常日頃から魔力と共に成長している彼らではセンスが違う。
このまま行けば数日の内に修得可能だろう。
「いいセンスだ」
ロイを素直に褒めれば、彼は魔力を解放し額から汗を滲また。
「いや、これ相当集中力が要るんだけど」
「何事も馴れが必要ってことだな」
わざとらしく肩を竦めれば、何か言いたげなロイの視線が突き刺さる。
同時にスヴェンはラウルとエルナの姿が無いことに漸く気付き、
「後の2人はどうした? 何かやらかして補習でも受けてんのか?」
二人が居ないことを訊ねるとロイは何とも言えない表情を浮かべる。
「今日から中間テストと実技試験で授業は速く終わったんだが、エルナとラウルが実技試験でうっかりラピス像に風穴を空けちゃってな」
以前酔ったミアが破壊したラピス像をエリシェが完璧に修復した話を聴いた覚えが有るが、ラピス像は定期的に破壊される運命に有るのだろうか?
それ以前に公共施設の物品を破壊したのだ、弁償するのがこちらの筋だ。
「あー、修繕費が必要なら俺の部屋の金庫から取り出しておけ」
「良いのか?」
「いや、修繕費を立て替えるだけだ」
全額無償で肩代わりするほど世の中は決して甘く無い。それが例え身内だとしてもだ。
「そりゃあそうか、じゃあ後で詳しい話は2人から聴いて……そうだった、2人はテスト期間中は寮で過ごすんだった」
「俺は明日から依頼で留守にする……請求金額の記載は忘れんなとだけ2人に厳命しておけ」
「判った、2人にはそう伝えておく。ん? スヴェンはこれから依頼の準備か?」
「もう準備自体は終わってるさ」
あとはサイドポーチから不要な道具を取り出し休むだけ。
特に念話魔道器は、フィルシスとも連絡可能になってるとはいえ時獄に弾かれる魔道具だ。
「じゃあ明日に備えるために帰って来たってことか」
「そんな所だ」
スヴェンはロイの横を通り抜け、ドアノブに手を掛けた。
ふと報告書の内容を思い出したスヴェンはロイに告げる。
「報告書を読んだが上出来だ、このままアンタらには俺の不在を任せられるな」
「お、おう。ラウルとエルナが聞いたら跳ね飛んで喜ぶよ、実際にその、なんだ? 俺も褒められて嬉しいし」
「そうか、なら失敗を恐れるな。失敗は次に活かせ」
「……失敗を次に活かす、判ったその言葉覚えておく」
具体性が欠けているアドバイス、アドバイスと言えるか微妙な言葉を受け取ったロイの眼差しは痛く真面目だ。
彼なら失敗したとしてもそう簡単に挫折することは無いのかもしれないがーーこれ以上はただのお節介だな。
スヴェンはロイの眼差しに頷き、早速自身の自室に戻ろうと歩き出したその時。
「スヴェンも無茶だけはしないでくれ……その、これもエルナ、それにラウルも家族みたいに想ってるからさ」
家族と語るラウルにスヴェンは一瞬だけ足を止め、すぐさま適当に片手を振って自室に戻った。
そしてスヴェンは家族について、自身の知る家族という括りを考えながら休息を取ることに。