九月二十九の朝。紅葉に染まりつつ有る街道をスヴェン達を乗せた荷獣車が走る。
エルリア城からヒュルケン村に転移、そこからすぐに荷獣車で出発したのはいいがーー依頼を請たスヴェンが荷獣車の中でレイと対面しながら呑気に揺られるのは何とも不思議な感覚だ。
依頼人のミアが手綱を操りハリラドンを走らせているのも、旅の期間を考えればそうおかしくはない。無いのだが、やはり依頼人と雇われの関係となった今ではそれも違和感でしかない。
「落ち着かねぇな」
「到着までスヴェンは休む。それが今の仕事だよ」
悠々とした態度で論するレイにため息が漏れる。
そう言われてもこればかりはもう職業病だ。
だが、ここで何を言ってもミアとレイは荷獣車の手綱を譲らず、戦闘の参加も拒否するのだろう。
「そうは言うが十日も座りぱっなしってのは鈍る」
「適度な運動が必要なのは理解してるけどね、騎士団長にも言われてるんだ。今回はスヴェンに傷一つ付けずに護衛してみせろってね」
「アイツがそんなことを? 随分と過保護になったじゃねえか……だいたい護衛はアンタとミアの2人だけだろ」
「今回の件は僕も試されてるってことさ。それに単独で護衛任務に就く機会も今後は有るだろうかね、今のうちに経験しておけってことなんだと思うよ」
確かにフィルシスなら部下一人の先を見据えて予定に組み込むだろう。
小隊長に昇格したレイが騎士団長に試されているっと理解したスヴェンが半ば納得していると。
「ちょっと! 私のことも忘れないでよね!」
手綱を操りながら騒ぐミアにスヴェンとレイは顔を見合わせては肩を竦めた。
相変わらず騒がしいが、彼女のあの騒がしいさは嫌いにはなり切れない。
むしろあの旅を通してミアの賑やかさに馴れてしまったのだろう。
「すまないスヴェン、少し小煩い旅になりそうだ」
「戦闘参加が拒否られてんなら、あの小煩さが多少の退屈凌ぎはなるだろ」
「……私を弄ることで意気投合してない?」
そんな事は無い。しかし目の前のレイが鼻で笑ってる様子を見るに、彼は彼で今の状況を楽しんでいた。
最初は二人の蟠りで最先が不安になりもしたが、どうやら杞憂だったようだ。
スヴェンは窓の外に視線を向け、紅葉が風に舞う光景に、
「紅葉なんざアーカイブでしか観たことがなかったが……酒でも呑みてぇな」
小さくボヤけばレイから意外そうな視線を向けられる。
風景を肴に酒を呑むのもまた格別だと言うことを最近フィルシスに教えられ、いざ実行してみれば普段とはまた違う旨みが感じられたのだ。
なぜ舌がそう感じるのか、単なる気分の問題なのかは判らないかったが、ただ色艶やかに赤く染まった紅葉を観ながら酒を呑むのも悪くないと思えた。
「そうか、スヴェンはこの世界に召喚されて随分経つのか。それでキミは少なからず変化が訪れたということかな?」
「4、5ヶ月でそう簡単に変わるもんじゃねえが、美味い物をより美味く食いてえってのは贅沢か?」
「いいや、それが人として普通なんだ。それに鍛錬期間中はろくな物も食べられなかったんだろ」
レイの問い掛けにスヴェンは、ミアが聴き耳を立てていることを察しながら事実を話す。
「いや、鍛錬期間中はフィルシスが飯を作ってくれてな……採れたて新鮮ってのが影響してんのか、味はかなり美味かったな」
「……フィルシス騎士団長は単独で鍛錬に出掛けることは有るけど、部下に手料理を振る舞ったことはないらしいんだ」
「スヴェンさんには手料理を振る舞う……うーん、弟子だからなのかなぁ」
師弟関係だから面倒を見る延長線で手料理を振る舞う。それは考えられる理由としては充分だが、フィルシスが何を思い手料理を振る舞ったのかは本人に聞かなければ誰にも判らないことだ。
「さあな、詳しいことはアンタらが聞いてみろ」
「はぐらかされるのがオチだろうね」
「フィルシス騎士団長の後だから気が引けるけど、今日からの食事には期待してね」
ミアが食事当番を担当する。調理する手間が省けるから願ったり叶ったりなのだが、目の前で絶望の表情を浮かべるレイにスヴェンは肩を竦めた。
「……スヴェンは平気なのか?」
「何がだ?」
「ミアの料理の味のことだよ」
デウス・ウェポンの最低最悪の食事もどきと比べればなんでも美味いのは変わりない。
例えば多少焦げ付いた獣肉だろうと、焦げたスープだろうと硬いパンでもスヴェンにとってはまともな食事だ。
「料理を冒涜したナニカの味と比べりゃあなんでも美味いんだよ」
「……スヴェンの味覚が死んでる訳じゃないことを祈るよ」
「相変わらず失礼なこと言うよね……そんなレイにはサービスでおかずを二品追加してあげるから」
「……僕が悪かった、責めて一品だけにしてくれ」
レイにとってミアの料理は不味いのだろう。
戦火に焼け出され、血に汚れた泥水を啜ることを考えれば贅沢とも言えるがーー戦場を知らねえと得られねえ価値観か。
スヴェンは苦笑を浮かべるレイに敢えて何も言わず、改めて窓の外に視線を移す。
時折り行商人の荷獣車、旅行客を乗せた荷獣車とすれ違いながらもスヴェンは決して警戒を緩めることはしなかった。
傭兵が一時的に護れる立場になろうとも警戒を怠っていい理由にはならないーーそれが護られる側の礼儀だからだ。
しかしスヴェンの警戒心とは裏腹に穏やかな時間が過ぎ去るばかりだった。