スヴェン達を乗せた荷獣車がエンケリア村に近付くにつれて空気が一変した。
重くのしかかる魔力の圧力が勇敢なハリラドンを怯ませ、ミアとレイから冷や汗が流れる。
エンケリア村を覆い尽くす結界ーー空間の歪み、時の乱れによって外からでは村の様子は見えない。
村の状況を観察したいがそれは叶わない。ならば予定通りに時獄に突っ込むだけだ。
時獄の威圧感から既に持ち直したミアとレイが行動に移す中、スヴェンはふと視線を自身の腕に向けるとーー自身の腕が透けて荷獣車の床が見えた。
しかしそれは一瞬のことか、それとも単なる見間違いか。元の腕にスヴェンは眉を歪める。
ーー疲れてる訳じゃなねぇよな? それとも魔力に当てられたか。
「スヴェン、そろそろ降りる準備を……どうかしたのか?」
「いや、何でもねぇ」
スヴェンは立ち上がり上着を脱ぎ捨て、
「うぇっ!? な、なんで脱いだのっ」
顔を真っ赤に狼狽えるミアと眼が合う。なぜと聞かれても上着が時獄に弾かれるからとしか言いようがない。
「上着がテルカ・アトラス製だからだ」
「あっ、そういえば前のは戦闘でダメになっちゃたんだよね」
両手で顔を隠しながらも指の隙間でちらちらと上半身を覗き見るミアにスヴェンは敢えて何も言わず、時獄に視線を移す。
理論上は守護結界を通る時と同じで特に何かする必要はない。ただ普通に真っ直ぐ直進するだけでエンケリア村に侵入できる。
しかし、仕方ないとは言えやはり上半身裸で侵入するのは些か気が引けるのも事実だ。
もうここまで来てしまったのだから悩んでも仕方ない。スヴェンはガンバスターを片手に荷獣車から降り立ち、
「そういやアンタらはこのまま時獄の経過観察に移るんだったか」
道中で聴いた二人の予定に付いて訊ねた。
「後で技術開発研究所の研究者も来る予定だけどね」
「それに私は此処に転移クリスタルを設置してエルリア城を往復する日々になるから結構忙しいかも」
いつでもエンケリア村の村人とルーピン所長を癒やせるようにする為にはミアの早期到着が望ましい。
そのためにフィルシスは今回の件にミアを組み込み転移クリスタルを持たせた。いつでも時獄が解放されて良いようにっと。
故郷のために多忙に働くのはミアが決めたことだ。その点に関しては何も言えないが、レーナの護衛に付かなくて良かったかと疑問が芽生える。
「アンタは姫さんの護衛に付かなくて良かったのか?」
疑問をそのまま口にすればミアは笑みを浮かべた。
「姫様に言われたのよ、私のことよりも故郷に専念しなさいって……姫様にそう言われちゃあ逆らえないじゃない」
確かにレーナなら言いそうなことだ。特に王族の立場に居ながらエンケリア村に対して何もできない負い目も彼女になりに有ったのだろう。
近付いてはっきりと理解したが、時獄は一種の災害だ。
災害に対してまでレーナが気にする必要は無いと言うのに、彼女の真面目で民を想う心がそうさせるのだろう。
過労と心労、呪いの一件を思えばミアには彼女の側に居て欲しいものだ。
「そうか、なら解放を急いだ方がいいな」
「……無茶は禁物と言いたいけど、スヴェンの判断に任せるよ」
レイの言葉にスヴェンは頷き返し、時獄に向かった歩み出した。
▽ ▽ ▽
スヴェン達がエンケリア村に近付く少し前。
ヴェルハイム魔聖国の巨城都市エルデオンーー魔王城の円卓会議室で各国の王と付人が並び座り議論が始まろうとしていた。
「全員揃ったようでなにより、いやしかし王でも無い自分如きがこの場に出席するのは場違いなのでは?」
国際会議を円滑に執り行うために司会進行役として認定されたアトラス教会のオルベア枢機卿は円卓の席に集う王族面々と今回はじめて参加するミスト帝国の若き皇帝と付人に苦笑を浮かべた。
最初に国際会議が開催されると決まった時、各国の王はアトラス教会の枢機卿を名指しで司会進行役に指名したという。
それほどまでに当時の王達は互いに信頼してはいなかったのだーー当時の王は封神戦争を生き延び大陸に流れ着いた者達だからだ。
レーナはオルベア枢機卿が進行を進める中、軽く歴史を思い返しては小さく手を振るアルディアに微笑む。
「さて、今回の議題は……あぁ、その前にミスト帝国の王と付人の紹介がまだでしたな」
オルベア枢機卿の発言に応じるように若き皇帝が立ち上がる。
緊張を感じさせない面構えで、円卓に集う王族に視線を巡らせた。
「みなさまはじめまして、わたしはミスト帝国の皇帝アルギウス。先ずは長らく鎖国していた我が国をこの様な貴重な場にお招きいただき感謝を……」
そして王族の面々に礼を告げたのだ。
見た目は自身よりも下か、近いぐらいの印象を受ける顔立ちのアルギウスに周囲の王族が黙して聴き入る。
頷くだけで反応を示さない王族達にアルギウスは一瞬だけ戸惑い、すぐさま平静を装う。
その反面、若い皇帝の背後で静かに佇むエルロイ司祭が慣れた様子で王族達が何を考えているのか察してると言わんばかりに頷く。
ーー保護者かしら?
エルロイ司祭からそんな印象を感じ取ったレーナは、突発的な頭痛に襲われながらも顔に出さずアルギウスを見詰める。
「ふむ、まだ若いな。しかし見込みは充分か」
品定めを終えたオルゼア王に各国の王達も厳格な表情を崩し笑みを浮かべた。
昔は大陸の行末や封印の鍵に関する議論で発熱したと聴くが、今では重要な会議は当然するが正直に言ってしまえば親戚の集まりのような状態だ。
しかしミスト帝国が国として信用されるのかどうかは此処からだ。
「ではミスト帝国の紹介も終わったところで課題に入りましょう。……近年各国を脅かした邪神教団をどうするかに付いて」
議題を告げるオルベア枢機卿に王族達は思案する。
そんな中で真っ先に手を挙げたのがアルディアだ。
「最初に良いかしら?」
「えぇ、どうぞアルディア様」
「各国の報告書を一通り読ませて貰ったけど、既に組織として死に体の彼等をこれ以上追い詰める必要はないわ」
確かに邪神教団の過激派は既に壊滅に近い状態だ。先日偶然にヘルギム司祭がスヴェンとフィルシスに討伐された。
フィルシスが言うには過激派最後のラスラ司祭の行方が不明らしいが、邪神教団全体で見れば話は変わって来る。
レーナは頭痛に襲われながら思考を巡らせーー巡らせ、巡らせ、巡らせ、腹部の紋章が浮かびだし視界が暗転した。
周囲の声が響く、呼び掛ける声、父とアルディアの声、フィルシス達の声を最後にレーナの意識が暗い底に沈む。