レーナが突然倒れ意識不明の重体に。この知らせは待機中だったエルリア魔法騎士団にだけ内密に届き、フィルシスは魔王城の医務室で眠るレーナに悲痛な眼差しで見詰めていた。
全身を侵食した呪いの紋章がレーナから微量に確実に生命力を奪う。
呪いの発芽に対する対策も解決策もまだ整っていない状態だ。考えられる限り最悪の事態を引き当て、もはやスヴェンが時の悪魔と契約する他にレーナを救う手段は残されていない。
「……検診の結果は?」
フィルシスはレーナの容態と呪いを調べている魔族の医者とオルゼア王に訊ねた。
魔族の医者は言葉にすることすら憚れたのか、オルゼア王の様子を伺いながら戸惑う始末。
しかしその反面、オルゼア王は娘に対して悲痛な表情を浮かべながらも厳格な眼差しで告げる。
「全身に侵食した呪い、徐々に消耗する生命力。恐らく余命は長くて1年……短くとも今年中と言ったところか」
此処まで侵食した呪いを解呪する術は無いが、幸運なことにフルネームによる呪いではないからこそレーナにはまだ猶予が残されている。
「解呪が難しいなら後はスヴェン次第ってことか」
「お前はこの事態を予測して対策を講じておったのだろ?」
「そうだね、見付からないラスラ司祭に時間を割くよりも時の悪魔を確保した方が速いからね……それ以外にも様々な対策を話し合ったけど……」
他にもレーナを救う手立ては無いかとルーピン所長と夜通し話し合ったことも有ったが、結局のところはレーナが受けた呪いの種類と状態が判らないなら解呪のしようもない。
そもそも発現まで完璧に潜伏し呪いを受けた痕跡を隠蔽してしまう魔法など存在が疑わしい魔法だった。
だからこそ呪いを受けた前提で、常に最悪の状況を想定して対策を練ったのだがーー根本的な解呪にはやはり呪いの発現を待つ他にない。
しかし呪いが発現してからでは後手に回り手遅れになる可能性の方が高かった。
だからこそフィルシスは時獄を発生させた時の悪魔に眼を付け、レーナを救うためなら悪魔を利用することを計画した。
それが勝手に弟子認定したスヴェンを犠牲にするかもしれない危険性を孕んでいても。
「その為にレーナが召喚したスヴェンに協力を取り付けたという訳か……しかし、ワシは父として愚かだな」
そんな事は無いと言いたいが、オルゼア王のレーナを想う父心の前にフィルシスは言葉を呑み込む。
後はスヴェンとレーナの気力に賭けるしかない。とは言えこのまま一つの策に拘るのも危険だ。
「オルゼア王、他に解呪手段がないか調べてもいいかな?」
「任せる。ワシも王達に解呪に特化した古代遺物に付いて訊ねて回ろう」
フィルシスがオルゼア王に背を向けると、ずっと静かに待機していた魔族の医者が恐る恐る懐から一枚の紙を取り出した。
診察の請求書だろうか? フィルシスはそんなことを考えながら紙を受け取り、血で描かれた召喚契約の魔法陣にフィルシスは眉を歪めた。
「これは……如何してキミが持ってるんだい?」
「検診の際に懐から落ちた物を拾ったのです」
召喚契約にも魔力は必要だが、血を媒介に召喚した対象の魔力を魔法陣に流し込むことでも契約が可能だ。
それをレーナが用意していたという事は、スヴェンに召喚契約を提案するつもりだったのだろう。
「姫様はそこまで弟子を信用してるんだね」
「ふむ、恐らく無自覚な愛情だろう。恋愛に鈍いのは王妃とそっくりだ」
十一年前のオルゼア王襲撃時に精神的な疲労と公務の過労から倒れ、そのまま衰弱してしてしまったアリシア王妃にフィルシスは眼を伏せる。
元々身体が弱く何度か寝込むことは有ったが、オルゼア王の行方不明が引き金になったのは間違い。
「私はあまり会う機会が無かったけど、師が城下町に住むアリシア王妃の下に通い続けて口説き落としたのは有名な話だったね」
「うむ。その話は気恥ずかしいゆえ話題に出さないでくれ」
オルゼア王が気恥ずかしそうに視線を逸らす。普段の凛然とした態度も悪態心も嘘のように鳴りを顰めるとは、それほど彼にとって恥ずかしくとも大切な思い出なのだ。
それをずかずかと無遠慮に弄り倒す趣味はフィルシスには無かった。
ふと魔法時計に視線を移せば既に時刻は十二時を過ぎていた。
「おっとそろそろ行かないと……」
魔王城の書庫を借りるにもアルディア達に事情を説明するにも時間を要する。
特に他国の騎士団長の書庫利用は公的な手続きを踏む必要が有り、それにも時間がかかってしまう。
故にフィルシスは迅速に行動に移すべく医務室を後にした。
スヴェンの成果に期待しながら、彼が無事に戻って来るように願いながら。