時獄に踏み込めばエンケリアと書かれた村の門にスヴェンは立っていた。
身体に異変は何も感じられず、無事に時獄を突破出来たのだと安堵の息が漏れる。
先ずは周辺の状況確認だ。真っ先に空を見上げれば、普段の空とは打って変わって灰色に濁っていた。
時獄の影響が空に現れてるのだとすれば納得もする。
スヴェンは次に村に視線を移す。ミアとレイが育った石組みの民家が並ぶ家々、中心に聳える時計塔の時刻が九時を示していた。
少なくともスヴェンが時獄に突入した時刻は六時だ。
時間も時獄発生当時のままでそこから一定時間を経過すると時間が巻き戻る。
そんな推測を浮かべたスヴェンは次に村の集落から最奥に見える鉱山の入り口に視線を滑らせる。
村の至る所に張り巡らされた水路の水が地下に流れている。
時獄で隔離された水源は結界の外に流れるのか気にはなるが、先ずは目星を付けることが先決だ。
鉱山の入口に在る一軒家、集落から離れた一軒家がもう一軒家在るが時の悪魔はそこに居る可能性は先ず無いと言える。
時の悪魔が潜伏しているなら入り組み探索に時間を要する地下水路か鉱山内部か。
「いや、別の場所か?」
三年間もルーピン所長や村に明るい村人達が調べてなお時の悪魔を発見できない。
鉱山が複雑に入り組み、探索が困難なのか。それとも毎回潜伏先を変えているか。
一先ず村人にルーピン所長の居場所を聴き合流する。
ふとスヴェンは自身の身体を見下ろしては深いため息を吐く。
その前に上着を調達する必要も有るか。しかし財布は時獄に弾かれてしまったため無一文だ。
このままでは変態の誹りを確実に受けるが、それも仕方ないと甘んじて受け入れるしかない。
覚悟を決めたスヴェンが村に一歩を踏み込むっと、カゴに食材を詰め込んだ長い青髪に緑の瞳をした女性と目が合う。
何処かミアに似ている女性は頬に手を添え、
「えっと外から来たのかしら?」
確実に上半身を見詰めながら困り顔で訊ねた。
ミアの家族か何かだろうか? いや、疑問を浮かべるよりも質問に答えなければ。
「あぁ、エンケリア村解放の依頼を請て来た」
目的を率直に答えれば女性はじっとこちらの眼を見詰め、疑いの眼差しを向ける。
それは無理もないことだ。上半身裸の男が村の入り口で依頼に応じて来たなどと答えれば疑ってしまうのも。
特に時獄の解放を望まないならなおさらだ。
一先ずどうするべきかだが、言葉だけで他者から信用を得るのは難しい。
こんな時にミアかレイが居ればーーしまった、二人の名を出せば早かったな。
自身の失敗に内心で舌打ちすると、女性がおもむろに口を開く。
「時獄を超えて来たのは間違いないのね?」
「あぁそうだ……あー、ミアとレイの家族宛に2人から伝言を預かってるんだが」
ミアとレイの名を出すと女性が眼を見開く。そして、
「ミアとレイ……あの子達はっ!?」
勢いよくこちらの腕を掴んだ。
「2人は元気だ。いや、時獄の外に待機してる」
「……そう、すぐそこまで来てるのね」
女性は時獄が隔てる外に眼を向け、今すぐ会いたいそんな表情を浮かべ息を吐く。
時獄が邪魔で会えない。そんな感情を見せる女性にスヴェンが訊ねようとした矢先、民家の屋根から男性が魔法陣を展開する姿が視界に映り込む。
ーーまさか、人狩りか?
殺意を浮かべる男性は魔法陣から矢を出現させ、そのまま躊躇なく女性の背中に放つ。
ミアの家族と思われる女性を負傷させ、情報源を断つのは惜しい。
スヴェンは背中の鞘からガンバスターを引き抜き、女性を背中に隠し魔法の矢を弾く。
魔法が弾かれたことに驚く男性にスヴェンが鋭く睨む。
「ひっ!」
怯えた様子で屋根から退散する男性に女性が、
「あらあら、また人狩りを始めてるのね」
ため息混じりにそんな事を悠長に。
「下手すりゃあ怪我で済まねえはずだが……?」
「村人の心が荒んで少し物騒なのよ。だから身体には防御魔法を施してるのだけど……」
無用心に出掛けることはしないということか。
というよりは隔絶された空間、巻き戻る時間が人々の精神に異常を齎し理性のタガを外し易くしている。
平和な国ですら人の歪んだ精神から芽生える快楽、殺人衝動は抑えきれないか。
「なるほど、村を探索するにも用心が必要ってことか」
「えぇ……あっ、詳しい話はウチでどうかしら? ちょうど夫も帰って来てる頃合いですから」
村の状況とルーピン所長の居場所を知るにはまたとない機会だ。スヴェンは女性の招きに応じ、彼女の先導に従って村を歩き始めた。
▽ ▽ ▽
鉱山の入り口近くの道路に在る一軒家に案内されたスヴェンは黒シャツの上着を借り、キッチンで夫婦と対面することに。
「ミアとレイの知人……妻から掻い摘んで話を聴いたが、最初に名を訊ねても?」
厳格な表情を浮かべながら筋肉が発達した腕を組む男性に、
「エルリア城下町で護衛業を務めるスヴェンだ」
異界人と名乗る前に自身の職業と名を告げた。
「……スヴェンか。オレはエンケリア村の鉱山長を務めるアドラ、そして隣に座るのが妻のミリファだ」
「アドラとミリファか……二人はミアの家族か?」
「ミアは私達の最愛の娘よ……私と似てるでしょ?」
確かにそのまま成長させればミアはミリファに似て育つのかもしれない。
「あぁ、まさか最初に接触したのがミアの家族とはな」
スヴェンが改めて二人を見れば、感情が速くミアのことを聴きたいっと言いたげな爛々とした眼差しを向けている。
「あー、あいつの伝言と近況を話す前に村の状態、外がどれだけ時間が経過してるか把握してるか?」
「こちらで把握してることは3年は経過してることぐらいだな」
時間経過を把握しているならミアがどれだけ成長し、学院を卒業したのかも推測混じりになるが理解しているだろう。
「それなら話は速いか……ミアは現在治療師としてエルリア城に勤務している」
「マジか! 治療魔法だけは才能が有ったあの子が城勤めになるなんてなぁ!」
「あらあら何を言ってるのあなた? あの子はガサツなあなたと違って昔から体術と魔力操作も優れていたわよ」
「そうだったな……しかし3年かぁ。3年の間に彼氏は出来たのか? 出来たなら是非とも紹介して欲しいものだが」
存在すら不確かな彼氏に明確な殺気を浮かべるアドラにスヴェンは率直に告げる。
「俺が知る範囲で彼氏が居るなんて話は聴いた事は無かったな」
「そうかぁ! そうかぁ! まさかスヴェンがっ! なんて事は無いよな?」
親が子を想う気持ち。自身とは無縁の感情を見せるアドラにスヴェンは答える。
「俺とアイツはビジネスパートナー兼依頼人と雇われの関係だ」
最もボディガード・セキリュティに治療を都合して貰う契約は交わしているが、まだ活用する機会が訪れていないため前者は関係性としては薄いだろう。
「きっとミアのことだから私達の事を考えて彼氏を作れなかったのよ」
確かにミアは故郷の事で悩んでいたが、恋愛沙汰に関しては本人がどう考えているかは判らない。
「まあ娘の恋愛事情はこの件が終わってからアンタらが聴けばいいことだな」
「それもそうか……しかし、スヴェンはどうやって侵入出来たんだ? オレ達もルーピン所長の指示であれこれ試してみたが脱出は無理だった」
外部からも出られない時獄。完全な隔離状態の時獄を突破など異界人にしか出来ない。
「あー、レーナ姫が召喚した異界人なら現状問題なく通れる」
異界人の存在に疑問を浮かべながらこちらを凝視する二人にスヴェンは二人に自身が把握している範囲で、魔王人質から救出に至るまでの流れを大まかに話した。
自身が魔王救出に関わった事を伏せつつ、ミアが魔王救出に貢献したことも加えて。
「お、オレ達の娘がそんな活躍をっ!?」
「異界人と共に……その異界人って誰なのかしら?」
「さあ? 数居る異界人の誰かとしか知らないな」
「そう? まあいいわ、外が大変な事になっていたのは把握したし……そろそろルーピン所長の居場所に付いて話しましょうか」
スヴェンはミリファから告げられた情報に椅子から立ち上がり、
「早速合流してみるか……服ありがとな」
二人に礼を告げた。
「時が巻き戻る前に時の悪魔を討伐できなかった時は、またうちを訊ねな」
自分という部外者が巻き戻りにどう影響を受けるのかは未知数だが、アドラの親切心にスヴェンは頷く事で答えた。
そしてミアの自宅を後にしたスヴェンは村中から響く喧騒と爆音を背に目的の場所に歩み出す。