しばらく地下水路を進むとスヴェンの耳に鋭利な風切り音が届く。
二人分の気配を感じられるがそれ以外に気配は感じられない。
しかし気配は二人分にも関わらず魔力は二人どころか複数感じる。
気配は感じられないが魔力は悟れる。誰かが時の悪魔と交戦しているのか、それともミアから聴いた時の悪魔の使い魔か。
スヴェンは気配の方向に駆け出しながらミアの言葉を思い出す。
『スヴェンさん、時の悪魔は眼にした者から戦意を奪い虜にしてまう使い魔を使役してるそうだよ。なんでも仔猫らしいけど、油断せず気を付けてね』
なぜ眼にすれば戦意消失というのは良く判らないが注意しながら討伐に当たるべきだ。
スヴェンがより強く警戒心を宿しながら速度を早める。
地下水路の十字路を気配と戦闘音のする方向に進み、しばし直進しては右手の通路に曲がる。
村全土に張り巡らされた複雑に入り組んだ通路を音と気配頼りに駆け抜ける。
しばし走り続けるスヴェンの耳に通路の曲がり角から響く戦闘音が届く。
ガンバスターを鞘から抜き、そのまま曲がり角を曲がったスヴェンは二人の人物と交戦する存在に思わず足を止めた。
一人は白髪の騎士。もう一人は茶髪に眼鏡をかけた痩躯に本を構えた若い男性。
そして二人が応戦する謎の存在に眼を疑う。
ソレは時計の顔をした頭部に蠢く影のような身体を持つモンスターとも悪魔とも違う存在にスヴェンはガンバスターを構えた。
白髪の騎士が魔力を纏った一閃を払い、石柱ごと謎の存在を斬り裂く。
石柱は両断され崩れる中、謎の存在には刃が通っていないのか。それとも実体が無いのかは判断が難しいがーー謎の存在が騎士と若い眼鏡の男性を煽るように周囲を飛び跳ねる。
ーー時の悪魔か? いや、悪魔特有の気配はねぇ。情報とは異なるが……使い魔なのか?
人をおちょくる謎の存在の正体が判らない。判らないが若い騎士と不意に眼が合う。
彼はこちらに驚いた様子を見せ、
「おお! そこの若者! 見ない顔だがソイツの討伐を手伝ってくれ!」
連れの若い眼鏡の男性に告げる。
「構わないですよね、先生!」
「構わないよ、それに彼とその武器の材質は見た事が無いからね」
スヴェンは謎の存在にガンバスターを一閃し、謎の存在が刃を大袈裟に怯えた様子で避ける様子を決して見逃さずーー先生と呼ばれた彼に訊ねた。
「先生ってことはアンタがルーピン所長か?」
彼は眼鏡を掛け直し、本を媒体に魔法陣を描く。
「いかにも技術開発研究所の所長をしてるルーピンだ」
簡潔に答えたルーピンにスヴェンは眉を歪めた。
技術開発研究所の副所長のクルシュナを差し置いて所長に任じられたルーピンは、少なくともクルシュナよりは歳上か近いと想像していたが実際は想像以上に若く、内心で驚いてしまったのは無理もないことだった。
ルーピンはスヴェンの反応に苦笑を浮かべつつ魔法陣から鎖を放つ。だが鎖は変則的な動きで謎の存在に迫るが、鎖は身体をすり抜けて壁に突き刺さる。
謎の存在は白髪の騎士とルーピンを煽るように身体をくねらせた。
「なんなんだアイツは? まさか時の悪魔なんて言わねえよな?」
「いいや、アレは時の悪魔が魔力で生み出した使い魔擬きだね」
使い魔ですらない擬きにスヴェンは眉を歪める。
時の悪魔の魔力で生み出された使い魔擬き。それが事実ならこう考えれらる。
単純に実体を持たないから攻撃が当たらないのでは無く、時の悪魔の性質を受け継いでるために既存の方法では当てることすら不可能なのだと。
リノンやフィルシスは時の悪魔の性質を概念の護りと呼称していたがーーあぁ、実際に当たらねえ所を目撃しちまえば何もかも如何でも良くなるな。
捻じ曲げれた物理法則、ルーピンが放った魔法すらすり抜ける絶対的な護り。
既存の方法が一切通じない存在が時の悪魔の戯れに生み出され、村の地下水路に巣くっているとなれば村人の心が折れてしまうのも無理はないことだ。
特にこんな存在と三年も同じ空間で過ごすして正気を保つ方が難しい。
「擬きでも精神を摩耗させるには充分ってことか」
「理解が速いね? それとも異世界は技術分野が進んでるのかな」
「それなら期待できるが、若者よ。時間も惜しい……討伐して見せてくれまいか?」
スヴェンは使い魔擬きに対してガンバスターで居合いの構えを取る。
使い魔擬きから敵意は感じられないが、こちらを警戒して間合いに入ることは無い。
それだけ未知の材質で製造されたガンバスターが恐いのだ。
時計の頭部から表情は判らないが影の身体は震えている。少なくとも感情を持った生命体であることに違いはない。
未知の存在である使い魔擬きを観察したスヴェンは、そのままガンバスターを鋭く振り抜くことで孤月を描く斬撃を放つ。
音を置き去りに飛んだ斬撃が使い魔擬きを通り抜け、使い魔擬きの縦に一閃が走る。
使い魔擬きは不思議そうに首を傾げながら、頭部から真っ二つにされた胴体ごと通路に崩れた。
肉体が魔力によって構成されている影響か、魔力が粒子となり身体から抜け出る。これはモンスターの死体と同じ現象だが、それでも使い魔擬きはモンスターとは違う。
それを確信したのは使い魔擬きが涙を流しがら消滅する姿を見せたからだ。
「使い魔擬きってのは泣くんだな」
ルーピンに視線を向けながら聞けば、彼も驚いた様子で眼鏡を掛け直しながら口を開いた。
「おちょくることは有ったけど、まさか死に際に涙を見せるなんて……これは3年間では得られなかった貴重な資料だよ」
知的好奇心は有るが、彼の瞳は全く別の感情を宿していた。
目の前で幼子を殺す結果を示してしまった。そんな後悔を感じさせる眼差しにスヴェンは何も言わず、白髪の騎士に視線を移す。
「それで? アンタらは此処で時の悪魔の捜索を?」
「あ、あぁ……さっきの使い魔擬きと遭遇率の高い方に絞って探索してたんだが、奥に進もうとすれば邪魔をされる。そんなことの繰り返しばかりだった」
「邪魔をするってことは進まれて困るからか……それとも、単にガキの悪戯心か?」
「それはあまり考えたくないねぇ……」
ルーピンはため息混じりに右腕の魔法時計に視線を落とし、
「そろそろ時間か、君が巻き戻りにどう影響を受けるのか未知数だけど……無事に巻き戻れたらボクの小屋で会おう」
そんな事を口にした瞬間、鐘楼の音が村全土に鳴り響く。
エンケリア村に存在しない鐘楼の音が響き渡り、刻限を告げる。
時間切れを、時の悪魔発見に至らなかった事実と非力な現実を。
スヴェンは目前に生じる光景に眼を疑う。
無数の時計が逆時計周りに高速で回転する空間、既に居ないルーピンと白髪の騎士。
背後に生じた時間が遡る異空間に冷や汗が浮かぶ。これに引き込まれてしまえば巻き戻りに巻き込まれる。そんな確証を得たが。
確証を得たところで不可視の奔流が全身を襲い、スヴェンは押し戻されてなるものかと抵抗するもーーそれは正に無駄な抵抗だった。身体は呆気なく弾き飛ばされ、スヴェンは時間が遡る空間に吸い込まれてしまう。
ーーこうしてスヴェンは一度目の巻き戻りを体験した。