傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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26-3.巻き戻り

 気が付くとスヴェンは上半身裸でエンケリア村の門に立っていた。

 いつどのようにしてこの場所に飛ばされたのかもはっきりと記憶に刻まれている。

 いや、むしろあんな超常現象を見せられてはそう簡単に忘れることはできない。

 時の奔流に呑み込まれ、エンケリア村の過去を巡る時の中をスヴェンははっきりと眼にした。

 

「……村人は3年もあの光景を見せ続けられたのか」

 

 遡る時を見続ければ精神が狂っても仕方ないっと考えていたが実際に体験して判る。

 まだ狂う方がマシだ。廃人になるよりは欲望に溺れてしまった方が楽なのだ。

 

「……考えても仕方ねえ、まずは夫妻からまた服を借りねえとな」

 

 スヴェンが門からミアの自宅に向けて歩き出すっと、こちらに向かって走って来るアドラに思わず足を止める。

 

「無事に巻き戻れた事を喜ぶべきか?」

 

 シャツを片手に苦笑を浮かべるアドラにスヴェンは肩を竦めた。

 

「時間空間の迷子になるよりはマシだな」

 

「確かにな、それよりもルーピン所長には会えたか?」

 

「地下水路で一度な。この後は小屋で話を聴くことになってるが……」

 

 詳細を聴くにも時間を有する。活動できる制限時間が限られている中で。

 スヴェンは改めて時計塔に視線を向け、九時を示す時計の針に息を吐く。

 制限時間は三時間。三時間も有れば熟練した傭兵部隊なら作戦行動を済ませることも可能だが、タイムアウトはやり直しを意味するなら探索は正確かつ迅速に行わなければならない。

 

「そうだった。シャツを渡すために急いで来たのを忘れるところだったな」

 

 スヴェンはアドラから手渡されたシャツに着替え、

 

「悪いな……また次も頼む」

 

 アドラに礼を告げてはルーピン所長の小屋に全速力で駆け出す。

 

「……速いな、あの速さなら3分もかからないか」

 

 ▽ ▽ ▽

 

 小屋を訪れたスヴェンは、山積みの資料を崩さないように気を付けながらルーピンが座るソファの対面に座った。

 

「そういや、まだ名乗ってなかった」

 

「あの時は急ぎだったからね。それじゃあ改めて君の名前を聴かせてもらおうか」

 

「遅くなったがスヴェンだ」

 

「スヴェン……異界人のスヴェンか。改めてよろしく頼むよ」

 

 ルーピンが差し出した握手に応じる。

 一見細くか弱そうな腕だが、見かけに反してルーピンの握力は中々のものだった。

 

「意外と力が有るんだな」

 

「所長の立場になると荒事は付いて回るからね」

 

「まだ若いってのに苦労してんだな」

 

「若いって言ってもボクはこれでも35歳なんだけどなぁ」

 

 五百年を生きるスヴェンからすれば、やはりルーピンはまだまだ見かけ通りの若い部類に入る。

 しかしテルカ・アトラスでは中年に部類されるのだろう。

 

「歳上だったか……いや、あいさつはこの辺にして詳細を聞きてぇ」

 

 スヴェンが急がせるように促せば、彼はソファに座り直し組んだ手の甲に顎を乗せ語り出した。

 

「調査結果を話す前に君は時の悪魔に付いてどの程度知ってるのかな?」

 

 既に知ってる情報を話されても意味は無い。時間が有限ならなおさらに。

 

「俺が知ってる情報は時の悪魔がアトラス神と邪神に産み出された悪魔ってことと、使い魔を使役していること。後は既存の魔法と武器が通じないってことだな」

 

「おや、突入前に調べたんだね」

 

 感心した様子で笑みを浮かべるルーピンにスヴェンは首を横に振る。

 

「いや、情報屋を営む悪魔からミアが情報を仕入れたおかげでな」

 

 情報を齎したのはミアだ。彼女が双子の悪魔から情報を買わなければ話が長引いていただろう。

 

「そうか、調査の過程で打ち立てた仮説が事実だったことが証明されたよ」

 

「独力で辿り着けるもんでもねぇと思うが……あー、それで時の悪魔の居場所か契約者に付いては何か判ったのか?」

 

「どっちも不明のままなんだ。時間が巻き戻る状況で3年も調査したけど、3時間以内に鉱山全土を調べ切るには時間が足りない」

 

 限られた制限時間の中で鉱山から時の悪魔を探し出し戦闘する。

 あまりにも現実的では無いからこそルーピン達は探索範囲を絞った。

 使い魔擬きと遭遇率が高かい地下水路を優先的に。それでも成果が伴わないのは倒せない敵に妨害されたからだ。

 

「地下水路に時の悪魔が潜伏してる根拠は他に有るのか?」

 

「時間の巻き戻り。アレは村の中心の時計塔を基点に発生しているんだ……アレだけの規模の現象なら先ず魔法陣を展開しなければ不可能に近いからね」

 

 使い魔擬きが何かを護るように妨害するのは起点となる魔法陣に近付かせないため。そこに時の悪魔が居る可能性を示すには充分な根拠となり得る。

 だが相手は悪魔だ、それに展開された魔法陣に直接魔力を送らずとも魔法を発動させる事は可能だ。

 現に守護結界などは術者の魔力を一度受けるだけで永続的に発動する。それこそ条件付きで発動する魔法も実際に存在している。

 それを踏まえれば目指すべき場所に時の悪魔が居ない方がずっと高い。

 

「アンタはそこに時の悪魔が居ねえことは確信してんだな」

 

 魔法を当たり前のように使える住民が気付かない方がおかしい。その事を指摘するとルーピンは深妙な眼差しで答えた。

 

「そうだね、そこに時の悪魔は居ないよ。だけど居ないからこそ都合が良い」

 

 制限時間が限られている状態ではまともに時の悪魔と戦うのは危険過ぎる。

 それこそ三時間以内で発見し、追い詰めてあと一歩のところで時間切れなど笑えない状況だ。いや、むしろ時の悪魔に警戒され時獄を遺したまま何処かに逃げられる。

 

「時の悪魔を確実に追い詰めるなら確かに不在が好ましいな。ってか時間を操る手合いを相手にしながら魔法陣の解除ってのは厳しいな」

 

「恐らく魔法陣の解体も君が必要不可欠だしね、それじゃあスヴェンの負担が大き過ぎる」

 

「……魔法陣の解体にも魔力が通じねぇと?」

 

「使い魔擬きの性質を考えるとねぇ」

 

 何処までもテルカ・アトラスの住民にとって時の悪魔は無敵だ。

 そんな手合いを相手にしなければならない現状にスヴェンとルーピンは深いため息を吐いた。

 

「はぁ〜先ずは魔法陣の解体ってのは理解したが、時の悪魔の動機は何だ?」

 

「それがさっぱりなんだよね。エンケリア村で危険な古代遺物が発見されたなんて事実は無いし……何を考えて時獄に村を封じ込めたのかは直接聴かないと判らないよ」

 

 動機は不明のまま。しかしエンケリア村が原因では無いことは確かなようだ。

 村に原因が無いとなれば他に考えられることは一体何か? スヴェンは思考を巡らせ一つだけ浮かぶ。

 

「……魔王アルディアの人質が原因か?」

 

「……まさか時の悪魔が邪神眷属の復活を危惧して?」

 

 ほぼ無敵に近い時の悪魔が邪神眷属を警戒するのだろうか? 

 二人はあれこれ考え込むものの、一向に浮かばず時間だけが過ぎていく。

 このままでは時間の無駄だと思考を切り替えたスヴェンは、

 

「他に巻き戻り、時獄が解除されて困る奴は居るのか?」

 

 村人に妨害される可能性を踏まえた上でそう質問すれば、ルーピンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「罪を犯して後に引けない者、擬似的な不老不死の体現。この状況を利用した魔法の研究。少なくとも村の若者達は時獄を解除されて欲しくないみたいだ」

 

「魔王アルディアの凍結封印が原因か?」

 

「たぶん不安なんだと思うよ。スヴェンも不安の一つや二つは有るだろ」

 

 先行きが不安だから時獄を解除されたくない。

 それは単なる甘えに過ぎない。

 時獄の外で当たり前のように毎日を生きる者達は流れる時間から逃げることさえ叶わないのだ。

 

「……不安になろうが結局解消できるのは自分次第だろ。それに魔王アルディアは無事に救出されてる」

 

「それは何よりの朗報だね……あぁ、きっと姫様は無茶したんだろうなぁ」

 

 彼女が無茶をしたからこそスヴェンは此処に居る。尤もレーナにとっては賭けに近い召喚だったが、無茶の部類に入っていないのだろう。

 

「無茶と思ってすらいねえな」

 

「我らが姫様は相変わらずかぁ。それはそれで安心だけど、うん複雑だね」

 

 国民の一人としてレーナに無茶をして欲しくはない。ルーピンの心情を理解したスヴェンはソファから立ち上がる。

 

「今回は時間的に中途半端に終わるが、どうする?」

 

「村を案内するよ、巻き戻る度に合流する事を考えたらね」

 

 確かに村全体の詳細を知ってる訳じゃない。

 次は何処で合流っと言われてもその度に場所を捜す必要が有る。

 それでは少々面倒でもあれば時間が惜しい。

 スヴェンは立ち上がって歩き出すルーピンの背中に続き、村を探索することに。

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