ルーピンと村の中を歩くスヴェンは、前回と同じく村中から響く喧騒の音に眉を歪める。
「死者が出た状態で魔法陣を解体すりゃあ死んだままか」
それが自然の摂理であり普通のことだが、今のエンケリア村の村人はタガが外れている状態だ。
そんな状態で魔法陣を解体すれば少なくとも村人に死者が出る。
「説得が先になると思うけど、それで構わないかな?」
既に殺人という快楽に溺れた手合いを見逃すというのも気が引けるが、依頼人の意向に沿うのが傭兵だ。
どの道ルーピンの判断は正解だ。邪魔をする村人を説得し余計な妨害のリスクを減らす意味でも。
「いざって時に邪魔されんのは面倒だからな」
村の把握を兼ねて暴れている村人の説得にスヴェンは同意を示し、早速ルーピンの後に続く。
小屋から村の中心に位置する時計塔広場に到着し、騎士と刃を交える村人の姿が視界に移る。
「我々の邪魔をしないでいただきたい!」
「うるせぇ! いつまで経っても解放なんてできない癖に偉そうにっ!」
不満から来る主張だが村人は協力する気は無いようだ。
村人は騎士に対して剣を袈裟斬りに振り抜くが、鍛錬を積んだ騎士は身体を動かすだけで刃を避ける。
鎧に掠ることも無い刃に村人は舌打ちを鳴らし、更に剣を振り回す。
だが刃は風を斬るだけで騎士に掠りもしない。
息を乱す村人とそんな彼を冷静に見詰める騎士。最初から鍛錬を積んだ騎士を相手に一般の村人では勝負にもならない。普通ならそうだが、此処は時間が巻き戻る時獄内部だ。
死すらも無かったことにされる空間で村人が自爆しないとも限らない。
「クソ! 死んでもどうせ元通りなんだっ!」
激昂と共に村人の下丹田の魔力が異常に膨れ上がる。
魔力暴走ギリギリを維持すれば莫大な身体能力強化に繋がるが、一歩でも制御を誤れば暴走した魔力が周囲を巻き込み爆発する。
一度喰らった身、あの時はミアが居なければそのまま死んでいた。
スヴェンは半ば反射的に村人の前に飛び出し腹部に拳を叩き込む。
「ガッ!」
腹を押さえながら地面に倒れる村人にため息を吐く。
「自爆も躊躇無しか」
「それだけ死生観が狂ってるってことだよ……あー、君はこの人が目覚めたら巻き戻りの解除に目処が経ったと説得して欲しい」
「本当ですか!? では他の村人にも知らせて参りますよ!」
騎士はよほどそれが朗報に思えたのか、気絶した村人をそのままに駆け出して行ってしまった。
置いて行かれたスヴェンとルーピンは互いに顔を見合わせため息を吐く。
「行っちまったな」
「はぁ〜喜ぶのは良いけどもう少し落ち着いて欲しいものだね」
気絶した村人もしばらく目を覚ますことは無いだろう。スヴェンは時計塔の時計を見上げーー十時か、あと二時間は有るな。
現在時刻を確認した上でルーピンに一つ訊ねる。
「そういや村には鐘楼は無かった筈だが……」
「昔は有ったそうだけど、老朽化に伴って取り外したそうなんだ」
過去の村には有った鐘楼にスヴェンは訝しむ。
巻き戻りの魔法発動時に無いはずの鐘楼の音が確かに聴こえた。
あれは単に刻限を告げるだけの物なのか、それとも過去に時を巻き戻す過程で過去から鐘楼の音だけが現代に聴こえているのか。
そもそも鐘楼の音には何も意味はないのかもしれない。
スヴェンはすぐさま鐘楼を疑問点から外し、次は足元の地面に視線を落とす。
「この真下に魔法陣が在るのか……アンタの小屋近くから地下水路に入ったが、魔法陣に向かう魔力の流れは感じなかったな」
「恐らく魔力の流れを悟られないように遮断してるんだ。それに時の悪魔ほど強大で膨大な魔力を感じられないのは可笑しなことだろ?」
確かに悪魔も邪神眷属やフィルシス、とにかく魔力量が膨大な者ほど遠くからでもその魔力を感じることができた。
しかし時の悪魔は居場所を結界か何かで遮断してるとすれば、やはりなかなか侮れない手合いだ。
強者特有の慢心もどんな者を迎え討つという気概も無い。むしろ己の目的に余計な行動を挟まず、確実に目的を達成するために潜むことができる非常に厄介な敵だ。
厄介な敵だが任務や仕事に対する堅実性は傭兵として好感が持てる。
同時にこうも考えられる。
「無駄な行動をしねぇってことは既に時の悪魔は目的を達成したか、アクションを起こす必要がねぇ状態ってことか」
「それとも行動の真っ只中で誰にも邪魔をされたくないとかだね……そこでやはり疑問に浮かぶのは契約者だ」
一体誰が何の目的で時の悪魔を契約したのか。それこそ時の悪魔と契約できたなら魔王アルディアの救出に名乗りを挙げてもおかしくはない話だ。
しかしエンケリア村を時獄に封じ込め、時間を巻き戻す魔法陣を仕掛けている以上はやはり時間を要する目的が有るのだろうか。
「単なる愉快犯ならとっくに狂っても不思議じゃねぇな」
「契約者が既に廃人で時の悪魔はただ契約の願いを叶え続けてる……その可能性も捨て切れないけど、問題はどれだけの規模に対して対価を要求してるのかだね」
「人伝に聴いた話だが、特定人物を指定して逃げ続ける契約だとかは寿命を対価に要求されるそうだ」
「運命に干渉して特定人物を近付けさせないってことなら……確かに支払う代償として寿命を要求されても不思議じゃないね」
スヴェンは対価に付いてあれかれ思考を巡らせるも、人が寿命の次に支払える対価は自身の魂か、何年分かの魔力を担保に支払う他に思い付かない。
「……うん、考えても時間が足りないね。次は此処から一番近い村長の自宅に行ってみようか」
「村長はまともか?」
「まともさ。むしろ積極的にこの事態を解決しようと協力的だね」
「ミアの両親も協力的だったが、村人との連携も必須か」
あまり一般人の村人を頼りたくないが、特殊な環境化では現地住民の方が土地勘に明るい。
特に鉱山の探索には坑夫達の協力が必要不可欠だ。
「これまで村人達と探索可能な範囲を調べたけど、結果はこの通りさ」
頭数を用意してと使い魔擬きを突破できず時間だけが過ぎては巻き戻る。
そんなことの繰り返しで次第に協力者の数は減り、精神は荒み地面で気絶している村人のように理性が外れてしまったということか。
スヴェンは現在の状況を改めて再認識した上で、
「村長のあいさつも良いが、レイの家族にも伝言を頼まれてたんだったな」
レイの家族に付いて訊ねる。
「レイ? あーラピス魔法学院で極めて優秀な成績を誇る生徒のことかな」
「今は時獄発生から3年経過してエルリア魔法騎士団の小隊長に就いているな」
「3年となると卒業して程なくして結果を出したってことかな。いやはや天才というのは末恐ろしいねぇ」
それを所長の立場に居るアンタが言うのか? スヴェンはそう言いたげな眼差しを向けるもルーピンは気にせず歩き出した。
「そうと決まれば早速朗報も含めて村長夫妻に知らせないとね」
ルーピンの後に続いたスヴェンは、ふと頭に浮かんだ思考に苦笑を浮かべたるのだった。