紫色の炎が灯る中央区画の礼拝堂に辿り着いたスヴェンとミアは、準備万全と言わんばかりに待ち構える二人組に眉を歪めた。
だが邪神教団の二人組の片割れ、ランズもスヴェンとミアに眉を歪めていた。
「テメェは昨日の」
タイラントとの戦闘時によじ登った荷獣車の屋根で目撃した男だと判断してガンバスターを構える。
何処かで監視はされると推測していたが、まさかあの時点で戦闘を見られていたとは。
スヴェンは敵の周到さに舌を巻きながらランズの言葉に耳を傾ける。
「なぜお前達が此処に? まさかいらぬ正義感で来たとでも言うのか」
「単なる観光で来たが、亡者共に襲われてな」
恍けるように答えるスヴェンに、ランズは仇を見る眼差しを向け憎悪を吐き出した。
「何を言う! よくも俺達の同志達を殺してくれたな!」
ランズの激しい憎しみの眼差しにスヴェンは首を捻る。
確かに此処に到着する道中で邪神教団を一人殺したが、スヴェンはわざとらしい態度で煽るように嘯く。
「あぁ、邪神に対する信仰心を見せながら死んで逝ったぞ? 良かったじゃねえか、死んで邪神の贄になれんだからよ」
ランズは怒りから強く握り締め、その拳を白く滲ませ、
「ならば貴様の魂も邪神様の贄に捧げてやろう!」
腰から曲刀を引抜き、同時に側で控えていた信徒が短剣を抜き放つ。
スヴェンとミアは武器を構えつつ魔力に意識を集中させ、相対する二人の身体から魔力が駆け巡る様子に身構えた。
ーーどんな魔法が飛ぶ? 亡者か、それとも攻撃魔法?
スヴェンの思考とは裏腹に信徒が素早く中性的な声で魔法を唱える。
「水よ充せ!」
信徒の目前に構築させる魔法陣に魔力が集い、水流がスヴェンとミアを襲う。
だが二人はその場を跳ぶとこで水流を避け、礼拝堂が瞬く間に水浸しになる様子に眉が歪む。
「礼拝堂を水浸しにして窒息を狙うつもり?」
訝しむミアに信徒が小馬鹿にした様子で鼻で笑った。
この水は単なる布石でしかない。その証拠に攻撃魔法としては威力も低い水流だった。
単体で効果の薄い魔法は別の魔法と組み合わせることで真価を発揮する。
スヴェンはそんな話しをレーナから聴いた事を思い出す。
ーー今になって思い出すってことはぁ、コイツはヤベェな。
スヴェンが両足に力を込める頃にはランズが曲刀を掲げ、
「何をしようが遅い! 紫電よ走れ!」
曲刀に展開される魔法陣から紫電が迸り、スヴェンは冷汗を浮かぶミアの下に跳びーー彼女を片腕で抱えながら天井まで跳躍。
ガンバスターを礼拝堂の天井に突き刺し宙にぶら下がると、水浸しになった礼拝堂に紫電が走る!
普通なら下に降りれば感電、耐えられたところで身体が痺れ満足に身体が動けずに殺されるだろう。
そこまで判断したスヴェンは、魔法陣を足場に宙に浮かぶ彼らに舌打ちした。
「流石に自爆してくんねえか」
「す、スヴェンさん。この状態で打つ手は有るの?」
スヴェンは下で既に魔法の準備を終えている二人を睨みつつ、タイミングを伺う。
ミアを抱えたまま魔法を避け、ガンバスターで天井を破壊すること。
この状況を打開する方法はそれと、礼拝堂を破壊できるハンドグレネードの使用ぐらいだ。
「身動きもできぬまま二人仲良く死ね」
「恋人同士で邪神様の贄に!」
スヴェンは信徒の発言に青筋を浮かべ、ミアは突然の言葉に動揺から瞳を揺らす。そんな二人をお構い無しにランズと信徒は同時に詠唱を唱える。
「「炎よ爆ぜろ」」
形成された魔法陣から爆炎が灯り、二人に容赦なく放たれた。
だがスヴェンは着弾よりも早く、助走を加えながら天井に突き刺したガンバスターを引抜き、爆風の勢に乗って壁を足場に天井を斬り裂く。
そのまま天井から礼拝堂の屋根に登り、片腕で抱えていたミアを屋根の床に落とす。
尻餅付いたミアが痛みからスヴェンを睨むが、
「連中が来るぞ」
斬り裂いた天井の瓦礫を避け、屋根に跳ぶ二人にスヴェンはそのままガンバスターを縦に振り下ろした。
キィィーン! ガンバスターの刃が曲刀の鋭利な刃で受け止められるが、魔法陣を足場に形成したランズの顔が歪む。
下は未だ電流が流れる水浸しの礼拝堂だ、そこに叩き込まれればどうなる?
スヴェンの凶悪な眼差しにランズの肝が冷える。
「貴様ぁ!」
スヴェンはそのまま力任せにガンバスターを振り切り、ランズを魔法陣ごと礼拝堂に叩き落とすーーだが、
「仕方ない人」
そんな中性的な声と共に落下したランズの身体が魔法陣によって受け止められ、信徒がミアに迫る。
短剣の刃が風を斬り、凶刃がミアに振り抜かれる。
素早く鋭い凶刃をミアは難なく木製の杖の持ち手で刃を受け止め、
「スヴェンさんはもう一人の方を!」
一度杖で短剣の刃を押し返し、素早く引き寄せた杖で信徒の顎を殴り飛ばした。
スヴェンはたたらを踏む信徒を尻目に、再び屋根を目指して上昇するランズにガンバスターの銃口を構える。
.600LRマグナム銃は残り五発だが、此処で確実に目撃者を消すーースヴェンは身構えるランズに躊躇なく引き金を引く。
ズガァァン!! 一発の銃声が地下遺跡に響き渡り、弾丸がランズに迫る。
ランズは曲刀で受け止める事を試みたが、弾丸が曲刀の刃に触れた直後、刃が粉々に砕けーーグシャリ!
まともに.600LRマグナム弾を受けたランズの身体が右肩から左腰にかけて消し飛んだ。
ランズは絶叫を挙げる暇も、懺悔も邪神に祈る暇さえ与えられず絶命し、その遺体は電流が流れる水浸しの礼拝堂に落ちた。
遺体は激しく感電し、煙とと共に焼け焦げた臭いが屋根まで届く。
スヴェンは次に始末すべき標的に冷酷な眼差しを向けた。
「このぉ!」
ミアは怒声と共に杖の先端で信徒の腹を殴り、更に床に突き立て杖を軸に信徒の頭部に踵落としを喰らわせていた。
腹部による打撃と頭部に生じた衝撃によろける信徒、ミアはそこに畳み掛けるように押し倒しーー信徒の首を杖で押さえ付ける。
ギシギシっと信徒の首が軋む。だが、ミアの腕力では信徒を完全には抑え付けられずーー信徒はミアの腹部を蹴り飛ばすことで彼女を退かせた。
「ゲホ、ゲホッ……この女!」
「うぐっ……美少女のお腹を蹴るなんて最低」
スヴェンはどっちもどっちだっと内心で突っ込みつつ、信徒の背後からガンバスターの刃を向けた。
ガンバスターの刃が信徒の肩に喰い込み、血が滲み出る。
「質問だ。アンタらを殺せば亡者は消えるのか?」
信徒は決して短剣を手放さず、忌々しげな眼差しでスヴェンを睨む。
完全に殺意がミアからスヴェンに逸れた。
これ以上ミアがコイツの標的にされることはないだろう。なにせ相方を殺したのはスヴェンだからだ。
「一度呼び出した亡者は消えない! 異界人こそ、我々の同志をどうした! 監視していた同志を!」
スヴェンは昨日町に入ったタイミングで監視されていたと悟りーーアシュナの気配が途絶えた時が有ったな、恐らくそん時には監視とやらを片付けたのか。
後で彼女が手を汚してしまったのか確認するとして、スヴェンは信徒の質問に答える。
「あぁ、一人残らずこの手で殺した。俺は単なる異界人の旅行者でしかねえが、鬱陶しい奴は簡単に殺しちまえる狂人だ」
「我々と同類なら邪神様を崇め、我々の野望の為に手を貸せ。そうすればお前の好きな殺しができる、この町の人間だって一人残らず」
スヴェンは未だ強気に出る信徒に呆れからため息を吐く。
心惹かれない誘いの言葉。口説き文句としても落第点の戯言だ。
スヴェンがこのままガンバスターを振り下ろせば、信徒の身体は容易く両断できる。
にも関わらず信徒から殺意は感じるが、焦りの様子がまるで無い。味方が一人殺されている状況下でだ。
まだ何か有るのだとスヴェンは警戒を宿し、信徒の魔力の流れに注視する。
すると何か魔法を放つ準備なのか、下丹田から全身に魔力が巡り廻る様子が視認できた。
「……無駄な抵抗はよせ。アンタは情報を吐いて死ぬだけでいい」
「何を今更。我々は死を恐れない! いや、この町の連中ごと巻き添えにしたって……!?」
からんっと鋼鉄が床に落ちる音が響きーーバチィィーン!! と頬を引っ叩く音が聞こえた。
スヴェンが視線を向けると、信徒の手から短剣を落とした上で、頬を引っ叩いたミアの姿が有った。
「ふざけないで! 過去に封印された神様の為に色んな人の生活を滅茶苦茶にして! この町の子供達だって攫って、邪神を信仰したいならひっそりと誰の迷惑もかからないところで勝手にやってよ!」
ミアが邪神教団に対する明確な怒りを向けていた。
彼女と知り合ってはじめて本心から見せた感情の色に、スヴェンはある意味で安堵した。
彼女は本心を隠し打算で愛想笑いを浮かべるだけの少女では無いのだと。
しっかりと感情に乗せ、想いをぶつけられる普通の少女なのだと。
ミアは自分のような外道とは違う、真っ当に平和の中で育った普通の少女だ。
「勝手にだと? 我々が、先祖が今までどんな想いで地の底で邪神様の復活を望んだか、何も知らない癖に!」
信徒は怒りを爆発させ、身体を巡っていた魔力が異常に膨れ上がるのをスヴェンは見逃さずーーそのままガンバスターを振り抜き、信徒の身体を両断した。
両断された遺体が床に崩れ落ちるーーしかし、死んだ筈なのに奇妙なことに魔力の巡りが止まらない。
それどころか魔力が膨張するように膨れ上がりーー拙い!
スヴェンはミアを庇うように屋根から突き飛ばし、
「す、スヴェンさんっ!?」
ミアは身体が落下する中、呆然と見ていることしか出来なかった。
スヴェンが魔力暴走を利用した禁術による自爆に呑み込まれる瞬間を。
激しい轟音が響く地下遺跡の中でミアの絶叫に似た悲鳴が響き渡った……。
更に爆音を聞き付けた複数の足跡が暗い地下遺跡に忙しなく反響音を奏でる。