目前に居る存在は一体なんだ? 刹那の末に漸く浮かんだ疑問にスヴェンは戸惑う。
通称使い魔と呼ばれる精霊とモンスターとも違う異なる存在。
悪魔に使役された魔法生物と言うべき存在だ。少なくともスヴェンは魔法に対する少ない知識でそう認識し、そして障害となり得る存在として挑むんだ。
ーー目の前のコイツは一体?
膝よりも低い小さな身体は毛に覆われ、頭部の耳がぴこぴこと動く。
そしてつぶらな瞳を潤ませながらも口には剣が咥えられている。
冷静に目前を観察したスヴェンは困惑し、やがて一つの結論に辿り着く。
ーーいや、待てよ。これ獣じゃねえかぁっ!!
そう、使い魔と呼ばれルーピン達を阻んだ存在は単なる獣だった。そこに二本足で立つという情報も追加されるが、あの毛並みと動物特有の牙はどう考えても獣以外の何者でもない。
事前情報で得ていた仔猫も単なる比喩表現かと思えば事実は見ての通り。
おまけにそれほどたいした魔力を感じられないのは上手く魔力を隠しているのか、それとも単にそこまで魔力量が多くないのか。
思考に没頭するスヴェンに使い魔が口に加えた剣を肉球の手で掴み、
「ははん? さては妾の可愛さに畏れを成したな!」
スヴェンにとって誰しもが可愛いと認める動物であろうともそれが可愛いとは思えないが、威勢のいい事を言う使い魔はやはり敵でしかない。
ーールーピン達はコイツの何処で戦意を消失したんだか。
いや、自身の感性が狂ってるだけで常人にとっては手が出し辛い手合いなのかもしれない。
結論を導き出したスヴェンは無言でガンバスターを構え、瞬時に使い魔との距離を縮め刃を振り抜く。
膝よりも小さな対象を狙う以上、ガンバスターの振り方が制限されてしまうのが少々厄介では有るが、それでもスヴェンは刃を使い魔の頭部に叩き付けるように振り下ろした。
だが、刃が頭部に当たる直前で使い魔は一瞬でその場から移動しーースヴェンは頭上に移動した使い魔に魔力を纏わせた拳を振り抜いた。
ガキィーンっ!! 使い魔から振るった刃を拳に纏わせた魔力が弾く。
弾かれた勢いで使い魔は床に着地しては、
「可愛い妾に対して攻撃は愚か、反撃までするなんて……異常者だわ」
罵声を浴びせてくる。
異常者と呼ばれてもおかしくはないのだろう。現にもしもこの場にミアやエルナが居たら後方で騒がれていたのがオチだ。
そんな小煩い光景を想像してしまったスヴェンは苛立ち混じりに舌打ちする。
「チッ、相手がどうあれ障害なら排除するしかねぇだろ」
「野蛮な人間だわ」
使い魔に野蛮と罵られた所で何とも思わない。それよりもっとスヴェンは背後に僅かに視線を向ける。
そこには既に本を開いたルーピンが居る。使い魔に悟られないように魔力を最小限に小声で詠唱する彼に、スヴェンは使い魔に突っ込むように地を駆けた。
時の悪魔と契約した使い魔もまた既存する武器、魔法が通用しない可能性は限りなく高い。
しかし通用はしないが決して無意味では無い筈だ。
スヴェンはガンバスターを振り抜き、地を走る斬撃を飛ばし使い魔は跳躍する事でまた避けた。
「頭上ががら空き……っ!?」
がら空きの頭上に魔法で生成された鎖が使い魔に迫る。
「ふん、少し驚いたけど主人様の護りで効かないわ!」
強気に魔法も効かないっと語る使い魔の注意が膨大な魔力を練り込むルーピンに向けられ、その隙を見逃すほどスヴェンは優しくは無い。
頭上に滞空する使い魔に斬り上げるように放ったガンバスターの一閃が走る。
「!? う、そ……斬られっ!?!?」
驚愕に染まりながら真っ二つに斬り裂かれた使い魔が床に落ちた。
スヴェンは使い魔に視線を向け、まだ生きてることに眉を歪めた。
「スヴェン、使い魔は簡単に死なない。いいや、正確には致命傷を負えば契約者のもとに戻る性質が有るんだ」
時の悪魔のもとに戻る性質。それは使えるかもしれない。
以前にミアは自身の魔力を他者に付与し残すことで、居場所を探る手掛かりを残した。
孤島諸島の遺跡で罠に落ちた時もミアは自身の魔力の残滓を残すことで居場所を知らせたことも。
つまり同じ要領で魔力を扱えば使い魔を辿って時の悪魔の居場所を探ることが可能かもしれない。
そんな結論にスヴェンは早速練り込んだ魔力を掌に集め、集めた魔力を糸のように細く形を作り変える。
ただ魔力の密度を細く形を作り変える以上、自身の魔力では結ぶ程度が精一杯で暗器には適さない。
他の使い道といえば追尾系の魔法に対してチャフとしてばら撒くぐらいか。
「その精密な魔力制御……何処で覚えたのかな? フィルシス騎士団長も出来た技術だけど」
「少し前にフィルシスから教わった」
魔力制御から魔力に形を与える方法は既にフィルシスから教わった技術だ。
魔力の刃と同じ要領だ。ただ問題は魔力を扱う以上、使い魔に目印を着けられるかどうかだ。
スヴェンは使い魔に魔力の糸を放つが、案の定と言うべきか魔力の糸は見えない何か阻まれ消滅した。
「……やっぱそう上手くは行かねぇか」
「スヴェンの魔力でもダメとなると、魔力自体の概念で阻まれてるってことだね」
質は関係ないとなればこれも想定通りだ。
スヴェンは諦めたように自身の魔力を引っ込め、消えかける使い魔に視線を向ける。
「……こんな傷を、よくも! 主人様に言い付けてやる!」
そんな情け無い言葉を残して使い魔は消えた。
転移魔法や空間魔法のように場と場を繋げる移動方法なら自身の魔力を飛ばし、転移した先に残る魔力の残滓を辿る方法も考えられたがーー甘くねぇか。
決して時の悪魔は姿を見せず、追跡に繋がる糸口を残さない。
「敵ながら天晴れだよ、たくっ」
「時の悪魔を褒めるのも良いけど、先ずは解体を進めようか」
スヴェンはガンバスターを片手に中心の床に刻まれた魔法陣に歩み寄る。
「どう解体すりゃあ良い?」
「君がさっき破った時の歪みと同じ方法さ。……まあ、本来なら物理的な手段でどうこうできる代物じゃないんだけど」
確かに実態が無い空間の歪みを魔力を纏わないガンバスターで斬り裂けたこと事態が異常だ。
本来なら刃は弾かれるか、素通りされるかのどちらかだろう。
「ってことは時の悪魔の性質に対して有効に働いてるってことか」
「使い魔、使い魔擬き。そして時の歪みを破った今なら確証としても充分さ」
確かにこれで杞憂は晴れたも当然だ。スヴェンは魔法陣の中心に立ち、そしてガンバスターの刃を突き立てーー四方に衝撃波を放つ。
四つに砕かれた魔法陣がガラスが破れた音と共に砕け散り、その場に衝撃波の痕跡だけが深々と遺された。
「これで解除されたのか?」
いまいち実感が湧かないことに疑問を口にすると。
「既に魔力の痕跡も魔力の流れも無いけど、あとは12時を待つだけかな」
ルーピンが腕時計に視線を落としながらそう答えーー二人はその場で時間が訪れるまで待機することに。