地下水路の中央で待機すること三時間が経過していた。
あの鐘楼の音も魔法陣が再展開されることもなくただ悪戯に時間ばかりが過ぎ去る。
スヴェンはルーピンに振り返り無言で涙を流す彼に視線を移す。
漸く時間が進み時の悪魔の捜索に入れる。三年も時間を掛けてやっと一歩前進したことに対して流す涙は、スヴェンが口にして良いことでは無い。
スヴェンがエンケリア村に突入して約九時間、それに対して三年の時間を費やしたルーピン達の苦労は部外者が気軽に口にしてはならないからだ。
ルーピンが涙を流すのも自由だが、次に時の悪魔が動き出す前に動く必要が有る。
「地上に戻って次は鉱山の探索か」
立ち止まっていて何も始まらない。それはルーピンも理解しているのか、眼鏡を退けて涙を拭う。
「……一旦地上に戻ってご飯を食べよう。鉱山の探索はそれからでも遅くないよ」
確かに腹は空いている。それに無理をして探索したところで上手く事は運ばない。
むしろ坑夫達と協力するなら飯の席が効率的か。
「協力してくれる坑夫を呼んで飯でも食うか?」
「それは名案だね、アドラと彼を慕う坑夫達を呼ぶからスヴェンは酒場で待っていてくれ」
酒場の場所は民家通りに在ることは知っているが、そもそもこの状況で営業しているのか。
「……酒場やってんのか?」
疑問を口にすればルーピンは楽しげに口元を緩めた。
「憂鬱を晴らすには酒という良薬が何よりさ。それにこれまで酒は幾ら飲んでも減ることは無かったからね」
巻き戻りが発生していたから食糧危機に陥らず、酒を始めとした物資に気を配る必要が無かった。
だか巻き戻りの魔法を解体したいまは村に備蓄された物資と時間との勝負だ。
物資が尽きる前に時の悪魔を討伐。それができれば村は何事も無く解放されるがーー物資が底を尽き、時の悪魔の討伐に時間を掛ければ村はまた地獄に逆戻り。
むしろ巻き戻りが発生するよりも悲惨な状況に陥るかもしれない。
「……村の備蓄は充分なのか?」
「その辺はベルサック村長が管理しているから何とも言えないけど、エンケリア村をはじめ食糧は備蓄する決まりなんだ」
災害、飢饉に今回のような事件に備えての蓄え。何処の世界でも変わらない政策にスヴェンは安堵し、ルーピンと共に地上に戻った。
▽ ▽ ▽
十二時三十分を迎えたエンケリア村は村人達の声で賑わいを見せるが、相変わらず空は鉛色だ。
スヴェンはルーピンに言われた通りに酒場に足を運び、
「おや、身知らない客人だねぇ……あぁ、そうかいお前さんがベルの若造が言っていた客人だね」
左眼に眼帯をした老婆にスヴェンは頷く。
何処か歴戦の戦士を彷彿とさせる佇まいの老婆にスヴェンは、
「ここでルーピン達と落ち合うことになってんだが、酒は充分か?」
そんな当たり障りの無い質問に老婆はにやりと笑う。
「当然さ、坑夫共が1週間飲んだくれても問題無い程度にはねぇ」
「酒豪でも居るかよ」
「そりゃあ鉱山長と妻、若い連中なんかはね」
酒豪のアドラとミリファの間に産まれたミアが下戸というのも、遺伝子の残酷さを理解しているスヴェンにとっては差して驚くべきことでも無い。
むしろ酒に強い二人で良かったとさえ思うほどだ。
「そりゃあ心配無さそうだな」
「それで、お前さんも酒は飲むんだろ?」
口に咥えた煙草に魔法で火を着けながらそんな質問を。
「いや、今回は飯食って鉱山の探索を進めてぇ。あんま猶予が有るとも思えねえしな」
老婆は煙草を吸いながら木製のジョッキを拭き、
「いい読みだねぇ。確かに村にはそれなりの備蓄は有るさ、ただそれも万全じゃな……廃人になった連中にも食わせにゃあならんとなれば持って1週間だ」
ベルサック村長から食糧の備蓄量に関して話を聴いていたのか、老婆は覇気を宿した眼差しで虚空を睨む。
大手を広げて喜べないが、村人にとっては確かに大量の備蓄量。一週間以内に時獄が解除されるという楽観も有るだろう。
一週間という日数を猶予と捉えてはならない。
それは時獄解除後から行商人から食糧を買い付けるまでの期間を含めての日数だ。
「時獄を2、3日以内で解除しねぇと拙いな」
「エンケリア村から一番近い村で10日さね」
「転移クリスタルはどうだ? アレなら騎士団の詰所からエルリア城まで一瞬だろ」
「小型転移クリスタルと大型転移クリスタルの転移先記録は1年しか記憶されないのさ」
「……そうだったのか、となれば小型転移クリスタルは定期的に使うべき代物ってことか」
「そうさねぇ、だから猶予は1週間だ」
突き付けれた猶予にスヴェンは顔色一つ変えず、
「どの道坑夫達と探索に乗り出すにも飯を食わねぇと話にならねぇな」
酒場に近付く足音に視線を向けて告げれば、老婆が火にフライパンをかける。
「ルギナ婆さん! 飯と酒をくれ! 10人前だ!」
ドアを勢いよく開けたアドラの威勢の声が酒場に響き、ミリファがそんな彼に『仕方ない旦那』っとでも言いたげな視線を向けていた。
「いま用意してやりたいところだがねぇ。酒は一先ずお預けだよクソガキ共っ!」
「……あー、なるほどルギナ婆さんが言うんだからお預けにした方が良いな」
「えぇ!? 俺達は鉱山長の奢りでタダ酒が飲めるって聞いたから来たのにぃ」
次第に挙がる不満の声にアドラ、ミリファ、ルーピンが苦笑を浮かべ、ルギナが若い坑夫達をひと睨み。
「タダ酒はお終いだよガキ共、酒が欲しかったら飯食って鉱山でも探索して来なっ!」
ルギナの怒声に若い坑夫達は黙り、大人しく席に座り始めた。
そして人数分のピリ辛トマトパスタ、羽獣の胡椒焼き、たまごサラダが瞬時に並べられ、スヴェン達はそこそこの交流をしながら遅めの昼食にありつくことに。