傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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27-2.尽きない疑問

 確かに自分達は魔道リフトで地下二階に降りた筈だった。

 エンケリア鉱山の坑道の中でそれは誰にも疑いようが無い事実だ。

 だというのに目前に続く筈の坑道の景色など跡形も無く、目前には一面広がる花畑がこの場に居る全員の眼に映る。

 

「コイツは魔法か?」

 

 スヴェンは魔法による幻覚を真っ先に疑う。

 同時に坑道内部の時間を弄り此処だけ過去か未来に繋がっている可能性が頭の片隅に浮かぶ。

 

「魔法以外でこんな現象は有り得ないよ」

 

 ルーピンの断言する声にスヴェンは戸惑うアドラ達を他所に周囲に視線を巡らせ、

 

「周りは花畑だが、風や外特有の開放感もねぇな」

 

 風も肌に感じられない。つまりこれは幻覚による魔法の可能性が高い。

 しかし初見で訪れたスヴェンにとってはこの状況は非常に厄介だ。

 土地勘も無い。覚えた地図も視覚情報も役に立たない。幸い魔力の気配は感じられるが、景色にばかり気を取られるわけにもいかない。

 

「お、おい……っ!」

 

 息を呑み込んで慌てた若い坑夫の声に全員が振り返る。

 狼狽えた若い坑夫が見詰める視線の先ーー降りるために使った魔道リフトの姿が消えていた。

 魔道リフト。それは魔法陣の魔力を動力源に魔法陣を足場に上昇下昇移動するための代物だが、それを誰にも気付かれず突然消し去るのは困難だ。

 その証拠に確かに魔道リフトから流れる魔力を感じている。

 

「魔力は感じんだ、眼に見えないだけでそこに在るんじゃねえか?」

 

「そ、そうなのか? 確かに魔道リフトの魔力は感じるが……よし、試してみる」

 

「鉱山長!? 試すなら自分がっ!」

 

 鉱山長に何か遭ったら。彼を心配した坑夫が名乗り出すが、アドラは片手を挙げて坑夫を制する。

 

「若い連中に任せられるかよ。スヴェン、お前にもな……それによ、何か遭ったとしてもだ。お前らの頭には坑道の構図が叩き込まれてるだろ」

 

 そう言ってアドラが全員に見守れる中、魔道リフトが在った場所にゆっくりと歩き出す。

 恐れを抱いた慎重な歩みに坑夫達が手汗握ってアドラの背中を見つめる。

 此処でアドラを危険な目に遭わせるのは依頼人のミアの意向に反する。

 だからこそスヴェンは密かに両足に魔力を流し、いつでも動けるように身構えた。

 ふとルーピンに視線を向ければ、彼もあとは詠唱を唱えるだけでいつで魔法が発動できる状態でじっと見守っている。

 

「……この辺りだったな」

 

 アドラが魔道リフトが遭った場所に踏み込んだ瞬間、彼の身体が前のめりに!

 スヴェンは地を蹴り飛び出すようにアドラの元に駆け出す。

 駆け付けたスヴェンにアドラが手を伸ばすが、彼の身体は眼に見えない空間に吸い込まれるように落ちた。

 だがスヴェンは彼の手を掴み、

 

「吸い寄せられてんのか」

 

 アドラごと見えない空間に引き摺り込まれる。

 光さえ届かない闇に堕ちた二人は眉を歪めた。

 無策に飛び込んでいたら此処で終わる。そんな言葉が頭に浮かぶが、スヴェンは冷静に息を吐く。

 

 ーー呼吸ができるってことは地中じゃねえな。

 

「『銀の鎖よ伸びろ』」

 

 空間の外からルーピンの詠唱が響き、空間に侵入した銀の鎖をスヴェンが掴む。

 

「魔道リフトが罠に早替りだって? 誰がこんな冗談みたいな現象を信じるよ」

 

「現に冗談みてえな現象に陥ってるのは俺達だがなっ」

 

 スヴェンは銀の鎖を目印に、左腕の腕力だけでアドラをルーピン達の方向に投げ飛ばす。

 すると彼の身体は空間から脱したのか、空間の外から人が衝突する音が響く。

 スヴェンは銀の鎖を引っ張りながら空間から無事に脱出し、

 

「危ないところだったね」

 

 冷や汗を掻くルーピンにスヴェンは肩を竦めた。

 

「悪魔ってのは油断ならねぇな」

 

 時の悪魔は誰にも悟られずに魔道リフトと罠をすり替えた。

 背後に感じる魔力の流れにスヴェンは眉を歪めながらため息を吐く。

 今こうして地に足を着けて立っていられるのも時の悪魔の気紛れか、それとも何らかの制約が有るのか。

 

「お前ら! 此処からは慎重に進むぞ!」

 

 スヴェンとルーピンが考え込むなか、罠を身を持って体験したアドラの注意喚起に坑夫達が深妙な面構えで頷く。

 

「さ、2人もそんな所で考え込んでないで先を急ぐぞ」

 

 考えても足を動かして歩み続ける他に選択肢は無い。

 スヴェンとルーピンはアドラ達に歩み花畑を進む。

 しかし意気揚々と歩き出したアドラ達を見えない壁が行く手を阻み、

 

「……ああ、そうか! 魔道リフトから降りてすぐの場所は二手方向に別れてるんだった」

 

 一先ず見えない壁に手を付けながら花畑空間を進むことに。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 アドラ達の記憶を頼りに花畑空間を進む中で判明したことが有る。

 一見眼に映る開放的な空間はただの幻覚に過ぎず、眼に見えない壁は手触りから土壁だという。

 つまり当初の推測通り目前の光景は幻覚で此処が坑道内であることには変わりない。

 しかしそこで引っ掛かるのが魔道リフトが罠に変わっていた件だ。

 

「アンタはどう考える? この現象とさっきの罠を」

 

「そうだねぇ、この光景は間違いなく幻覚だね」

 

「ただ魔道リフトに関しては魔道リフトを構成する魔法陣そのものを書き換えたか、魔道リフトの上に空間魔法を設置したか……」

 

 言葉を切ったルーピンが『いや、それでは……』っと小声で歩きながら思考に没頭し始めた。

 

 ーー疑問点が多いな。

 

 ルーピンが語った方法ならどちらも悪魔なら可能な方法にも思えるが、魔法を発動する際に必ず感じる魔力の流れが一切察知できなかった。しかしスヴェン達は間違いなく魔道リフトの魔力を感知していた。

 単純に時の悪魔が魔力の隠蔽に長けていたか。ルーピンの推測通り魔道リフトの上に空間魔法を設置することで魔力の流れを誤認させたか。

 それはそれで疑問が一つ解消できる。スヴェンは次の疑問に思考を巡らせた。

 時の悪魔が魔道リフトの魔法陣を書き換えたか、魔法陣の上に空間魔法を設置したか。

 遠距離から魔法陣の書き換えが可能なら魔法陣を利用した魔道具や設置式の魔法は全て罠に変わる事を意味する。

 これが一番最悪な答えだが、時の悪魔は魔道リフトが存在していた位置に時の魔法を使用した事も考えられる。

 後者に関しては希望的観測に過ぎず、それをする意味が薄い。

 

 ーーいや、そんな芸当が可能なら侵入者を排除する筈だ。

 

 少なくとも自分ならそうする事で侵入者に対するあらゆる危険性を排除する。

 そもそも時の悪魔がこちらを全力で排除したいなら魔道リフトの位置に関係なくあの場に居た全員を空間に落とすことも可能だった。

 そもそも上階から魔道リフトを使用した時点で時の悪魔はこちらを排除することも……。

 それこそわざわざ魔法陣を書き換えず、足場を丸ごと異空間の穴に替えてしまえば済む話だ。

 時の悪魔は使い魔擬きを多数配置し巻き戻りの魔法陣を守らせていたが、ルーピン達に危害を加える事はしなかった。

 同時に遠距離から魔法陣を弄ることも可能なら巻き戻りの魔法陣を人知れず修復することも可能なはず。

 今もこうして記憶を頼りに手探りで花畑空間を進んでいるが、スヴェンは自身で浮かべた思考の矛盾に気付く。

 

 ーー待て? 魔道リフトに空間魔法を重ねてねぇなら俺達が感じた魔力は何だ?

 

「魔力の隠蔽の中で発する魔力と全く同じ魔力ってのは可能なのか?」

 

「無理だよ、だから時の悪魔は魔道リフトに干渉してないっと結論が出せるんだ……ほら君もあの後に魔道リフトの魔力は感じてるだろ」

 

「……そうか。つまり時の悪魔に魔法が使われた事実は確かだが、それ以外は何も判らねえってことか」

 

「技術開発部門の所長として恥ずかしい限りだよ」

 

 この世には異世界も含めて理解が及ばない現象が数多く存在する。

 だからこそルーピンが判らないのも無理は無いことだ。

 

「単に2人の考え過ぎなんじゃ?」

 

 若い坑夫に言われてスヴェンとルーピンは互いに顔を見合わせる。

 確かにそう言われても仕方ない程に二人は考え込んでいた。だからこそ有りもしない方法を疑ったのかもしれない。

 警戒と疑うことは大事では有るが、それが妄想の域に達しては意味がない。

 スヴェンがわざとらしく肩を竦めて見せれば、アドラが若い坑夫に向かって告げた。

 

「警戒を怠るって言われたばかりだろう……現にオレは罠に嵌ったぞ」

 

「あれは確かに肝が冷えましたよ。だって足場が有るのに落ちるって現象を目の当たりにしたら目を疑いますって」

 

「そう言えば誰よりも真っ先に駆け出したのはスヴェンだったよな……常に警戒してるから動けたってことか」

 

 それに関しては確かにそうなのだが、単純な経験の差も有る。

 

「警戒したとして実際に身体を動かせるとは限らねえ」

 

「冷静さを欠き思考が遅れればそれだけ反応は遅れる。かと言って思い通りに身体が動くとも限らない、か。スヴェン、今までどんな経験をして来た?」

 

 アドラが鍛錬で培った経験じゃないっと見抜いたのか、探るような視線でこちらを見る。

 傭兵として殺しで培った経験など誇って語れるような物では無い。

 馬鹿正直に傭兵として戦争に参加し、戦場で敵を殺して経験を得たなどと答える必要は皆無だ。

 

「フィルシス騎士団長と今回の件に備えて鍛錬して来たからなぁ。多分そのおかげだろ」

 

 彼女の名を出せばスヴェンがどんな経験をしたのかなどは気にならず、アドラ達はフィルシスに鍛えられたという事実に得心を与えたようだ。

 先を歩くアドラ達の後にスヴェンとルーピンは歩き出した。

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