礼拝堂の屋根から落下し、信徒の自爆を逃れたミアは瓦礫の山を必死の形相で掻き分けていた。
瓦礫の破片で手を傷付け血を流そうがお構い無しに、
「スヴェンさん! 何処に居るの!? 聞こえていたら返事をして!」
足音がこちらに近付く中、ミアはスヴェンの名を叫ぶ。
だが返事は無く帰って来るのは近付く足音、それも複数の音だけだ。
まだ足音と距離を感じられるがそれも時間の問題で、早急にスヴェンを発見しなければ。
此処でスヴェンを死なせる訳にはいかない。そもそも彼に庇われ、死なせてしまっては自分が同行した意味も無くなってしまう。
ミアが手を休めず瓦礫を掻き分ける中ーードサッと、音が聞こえそちらに視線を向け声を失った。
「っ」
大量の血が石畳みの床に流れ、視線の先にはアシュナと床に倒れたスヴェンの姿だ。
衣服は丈夫な造りなのか、自爆を受けたにも拘らず損傷も無い。おまけにスヴェンが肌身離さず首にぶら下げている装飾品も無傷だった。
だが、スヴェンの状態は酷いものだったーー爆発の衝撃波により全身に負った火傷、骨折と変色した両腕、更に夥しい出血量、恐らく幾つもの臓器が損傷を受けている。
スヴェンのあんまりな姿に言葉を失い呆然と見詰めるミアに、
「この人の治療を」
アシュナの呼び掛けに、漸くミアは現実に引き戻される。
此処で何もしなければそれこそスヴェンが死ぬ。それではレーナの願いも果たされず、また新しい異界人に運命を委ねるだけの日々が始まる。
それでは自分が同行した意味も無くなってしまう。
頭の中で駆け巡る想いと共にミアは横たわるスヴェンに駆け寄り杖をかざす。
下丹田の魔力を最大限に巡らせ、
「アシュナは影で護衛をお願い」
「こっちに向かって来てるよ?」
確かに邪神教団かアトラス教会か、何方か分からない者達がこちらに向かっている。
今からスヴェンの治療に専念すればミアは動けなくなる。その状態で敵に遭遇すれば始末される恐れも有るが、スヴェンならきっとこの状況下でもアシュナの存在を隠すことを選ぶだろう。
「あなたは私達の切り札よ、だからスヴェンさんのことは任せて」
言われたアシュナは釈然としないまでも従う他に無いと判断したのか、その場から姿を消す。
ミアは改めてスヴェンの状態を観る。まだわずかに息が有り、治療魔法で再生不可能な損傷を負ったわけでは無かった。
ーーこれならまだ間に合う。
「死に誘われし者に癒しの水と風よ再生の加護を」
詠唱と共にスヴェンの下に魔法陣を形成させ、ミアはスヴェンの体内に意識を集中させる。
全身火傷にあらゆる内臓器官の損傷と骨折に、ミアは眉を歪め、全身火傷と損傷した内蔵器官、骨折した箇所に治療魔法を施す。
魔力の消耗も多いが、一度に治療するには火傷も損傷箇所、骨折に止血と再生を同時に行うのが最適かつ迅速な治療方法だ。
やがてミアの治療魔法を受けた細胞が活性化現象を起こし、スヴェンの身体が脈動する。
治療魔法を受けるスヴェンの身体から全身火傷が消え、負っていた傷口が塞がり顔色に活力が戻る。
やがて血が止まった様子にミアは一息吐く。
「これで出血死の心配は無いかな」
あとは本人の気力次第となるが、例え治療が完璧でもスヴェンはすぐには動けないだろう。
いくら治療魔法による再生を施したとはいえ、失った血液は複元できない。
損傷した内蔵や骨折だって、魔力と細胞、人が持つ生命力に働きかけて活性化させ治療したに過ぎないのだ。
「急いで運ばないと……うっ、お、重い〜」
ガンバスターを握り締めたスヴェンはミアの腕力では中々持ち上げられずーー両脚を持って安全な場所に移動しようとした矢先に。
「そこで何をしてる!」
白いフードで顔を隠した集団ーー邪神教団の一団がミアに向けて既に魔法陣と武器を構えていた。
動けないスヴェンと攻撃魔法も防御魔法も使えないミア。絶対絶命の窮地にミアは背中にスヴェンを隠す。
「えっと観光に訪れたんですけど、突然爆発が発生して彼が巻き込まれちゃったんです」
杖を下ろして見せると、信徒がミアの足元に風の光弾を放った。
風の光弾が石畳みの床を砕き、破片がミアの頬を掠る。
頬の傷口から薄らっと血が滲む。
ーーやっぱり見逃してくれないか。
ミアはアシュナに頼るという選択肢を最初から排除した上で、どう切り抜けるか思考に思考を重ねた。
打開策も浮かばない中、先頭に立つ女性の信徒が怒鳴る。
「此処で指令を出していたランズとユーヘンはどうした!」
何方も知らない名だが、恐らく彼女の言う二人はスヴェンが始末した信徒だ。
「貴様らか? 我らを異教徒に通報したのは?」
通報する必要も無く邪神教団の潜伏先は露見していた。そもそも彼らが子供達を攫わなければ。ミアは出掛けた言葉をグッと呑み込み、手の震えを悟られないように抑えた。
「どっちも知りませんが、子供達が誘拐されたのは知ってますよ?」
「誘拐した子供か。それなら我らの背後を見るといい」
言われて漸くミアは、邪神教団の集団の背後に虚な瞳で立ち尽くす子供達の姿に気が付くがーー嘘でしょ?
子供達が握り締めた短剣に滲んだ血と彼らの衣服に付着した返り血をミアは嘘だと思い込みたかった。
なおも虚な瞳で虚空を見詰める一人の少女が呟く。
「パパ、ママ、わるいひとをおいかえしたよ? だからおいしいあめをちょうだい」
少女の言葉にミアの眉が歪む。
邪神教団は子供達に禁術を使った。それもアメを触媒にした洗脳魔法を。
なんて卑劣な連中だ。ミアは内心で込み上がる怒りを隠し、
「御褒美は後だ。さあ答えろ! 貴様らの目的を!」
叫ぶ信徒にミアは杖を強く握り締める。
治療魔法では子供達の洗脳は解けない。アトラス教会に連れて行き、浄化魔法による集中治療が必要だ。
そもそもこの場をどうやって切り抜けるか、公明も見えない状況だーーアトラス教会の信徒が駆け付けてくれたら。
だがそんな希望は訪れず、ミアの背後から立ち上がる音が耳に届く。
「……めんどくせぇ」
言動に殺意を滲ませるスヴェンにミアは狼狽えた。
本来ならまだ動けるまで回復もしていないのだ。なら何故彼は立ち上がれる?
疑問と当惑を浮かべるミアを他所に、スヴェンが歩き出す。
「待って、戦うつもりなの?」
スヴェンはミアの問いに答えず目の前から姿が消えーー集団の中心から突如鮮血が舞う。
「同志が邪神様の元へ召されたぞ!」
集団の中心に突然姿を現したスヴェンが、ガンバスターを薙ぎ払い、周辺に居た信徒の命を刈り取った。
それをミアが認識したのは信徒の叫び声を受けてからだった。
ミアは鮮血が舞う様子を呆然と眺めることしか出来なかった。
信徒の集団がスヴェン一人に攻撃魔法を集中させるも、魔法による弾幕を前に彼は足を一歩たりとも止めずーー弾幕を掻い潜り一人、また一人と葬り去る。
体内に魔力を巡らせ素早い動きで集団を翻弄させ、時には信徒の魔法を利用して同士討ちに持ち込ませ、接近戦に切り替えた信徒をガンバスターで叩き斬る。
返り血に金髪と衣服を汚し、確実に信徒の数を減らして行く。
そんなスヴェンの表情は楽しげでーー目の前に広がる戦場が本来居るべき場所だと言わんばかりに、彼はガンバスターを振り回していた。
戦場の中で存在の証明、生を実感してる様子にミアは眼を背けず、スヴェンの背中を目で追う。
やがて信徒の指示で前に出る子供達にミアが息を呑む。
頭の中で最悪の想像が描かれ、ミアは叫ぶ。
「ダメ! その子達を殺しちゃダメ!」
「強要されたガキ共にはこれで充分だ」
返って来た返答。スヴェンは短剣を手にした群がる子供達の背後に回り込み、一人一人に手刀で意識を刈り取った。
ミアははじめてスヴェンを誤解していたのだと悟る。
常々自分を外道と評していた彼なら子供を手に掛けることすら厭わないのだとーーだけどそれは間違いだった。
スヴェンは子供の制圧を終えると、今度は血濡れた表情でにやりと邪神教団に笑みを浮かべる。
その様は『今から一人残らず殺す』と宣告してる様で、信徒は恐怖に顔を青褪めさせた。
ガンバスターを片手に近付くスヴェンを前に、信徒の一人一人が恐怖に震え後退り、
「ま、待て。此処は互いに無かったことにしないか?」
一人が情け無い声で命乞いを発し、
「あー、降伏する奴は捕虜って扱いが適切だがーー」
見逃してくれると油断した信徒の一人がスヴェンに近付くーーその瞬間、ガンバスターの刃が近寄った信徒を頭部から斬り裂いた。
「ソイツはこっちの世界の暗黙の了解だが、生憎と俺はこっちのルールをよく知らねえ。まぁ、ガキ共に殺しを強要させたクソ共には必要もねえよな」
その言葉を皮切りにスヴェンはこの場に集った信徒をーー重傷を負った筈にも関わらず一人で殺し尽くしてしまった。
しかし、一人だけ石畳みの床で尻餅を付いた信徒にスヴェンはガンバスターを振り下ろさず、
「ガキ共は治るのか?」
「あ、あぁ。異教徒ーーアトラス教会なら洗脳魔法を解ける。連中は我々の敵だが腕に関しては信用できる」
「へぇ。それで? 此処に侵入したアトラス教会はどうした?」
「異教徒狩りを指導しながら子供の保護、そこに亡者を差し向けた」
「連中は全滅したのか?」
「ま、まさか……あの程度の戦力で全滅できたら苦労はしない」
アトラス教会はまだ地下遺跡内部で亡者を相手に足止めを食らっている。
おまけに保護した子供達と一緒に。
ミアは彼らが全滅してしまったのでは? そう考えていたが、無事な報告に安堵の息を吐く。
「アンタらは統率が取れてるようで、統括者らしき者は居なかったな」
「……そ、それは命に替えても答えられない」
「随分と仲間意識が高えな……質問を変えるが、一体どうやって三千人のガキ共を気付かれずに攫った?」
「……町で無料でアメを配ったんだ。魔薬と洗脳魔法で作り上げたアメを……みんなタダには弱いからな、喜んで食べてくれたさ」
何故三千人の子供が飴を食べたのかも理解ができた。タダという甘味に惑わされ、無警戒に食べてしまったーーつまり邪神教団は以前から飴屋を経営して、以前から住民から信頼を得ていたってこと?
一度に子供が誘拐されたのも洗脳魔法に予め命令を施しておいたのだろう。
スヴェンは聞き出したいことを充分に得たと判断したのか、信徒にガンバスターの刃を振り下ろした。
これ以上の問答は無駄で、自爆を警戒して早急に片付けたとも思える。
事実ミアからしてもスヴェンの判断は適切だと思えた。邪神教団が抱く邪神に対する信仰心は狂気染みているが、死を目前にしても決して口を破らない意志が有る。
だからスヴェンはいくつか質問したのち始末したのだ。
しかしこの場に集った邪神教団は全滅したが、地下遺跡内部にまだどれだけの信徒が潜んでいるのか。
ミアは考えるだけでも億劫に感じながら、急ぎスヴェンに駆け寄る。
「スヴェンさん!」
ふらつく彼を支えると、スヴェンの瞳がまた底抜けに冷たい瞳に戻り、
「……一旦撤収した方が良いな」
自身の身体の状態、敵の戦力を把握した冷静な判断で告げる。
殺しに対する余韻も一切感じさせない様子にミアはため息を吐いた。
ーー私はとんでもない人の同行者になったなぁ。
彼に対して宿る複雑な感情に眉が歪みつつも、ミアはスヴェンに愛想笑いを向ける。
「気絶させた子供達はどうするの?」
「それこそラオ達に丸投げでいいだろ。俺達は単なる旅行に来てんだからよ」
確かに小隊で来ているラオ副団長達の方が子供達を安全に運び出せるだろう。
そう考えたミアはアシュナの居る方向に顔を向け、
「ラオさんに伝言をお願い」
そう告げると、アシュナの気配が遠くのを感じる。そしてスヴェンに振り向く。
「スヴェンさんは安静! これ以上動くと本当に死んじゃうよ!」
「あぁ、血を流し過ぎた。一度シャワーでも浴びて腹一杯に飯を食いてえもんだ」
スヴェンはミアから離れ、蹌踉めく身体を引き摺りながら歩き出した。
どうにも彼は一人でやろうとする性が有るらしい。
知らない知識は誰かに頼る反面、戦闘面は誰にも頼ろうとはしない。それは自身が治療魔法しか扱えないから、頼りにならないからーーそう思われてもしょうがない。
だけど重傷を負った状態で誰も頼ろうとしない姿勢。そんなのは認めないし、何よりも何の為の同行者か分からなくなるではないか。
だからミアは蹌踉めくスヴェンの身体を支え、
「治療師の前でそんな無茶は認めないよ」
「……そうだな、アンタが居るんだ。此処はアンタにも頼るべきだったな……地上まで頼む」
スヴェンは自身の身体の状態をよく理解してるのか、素直にミアに身を預けた。
こうして二人は道中で鳴神タズナが未だ気絶していることを確認してから一度地上に戻り、亡者の腐臭が染み付いた身体を清めるのだった。