語り終えた時の悪魔にスヴェンとルーピンは困惑しながら戸惑う。
「無理もないよ。いずれ訪れる未来に戸惑うのもね」
そうじゃない。既に時の悪魔が語る未来は訪れ難いからだ。
だからこそスヴェンは時の悪魔とルーピンにこれまでの事を詳細に語る。
自身がレーナに召喚されてから今日までのことを。
「……まあ、少なくともアンタの視た未来から若干外れてると思うが?」
「若干どころじゃないけどっ!?」
一歩でも間違えれば何処かで邪神眷属復活に繋がっていたのは事実だ。
自身の存在の有無は関係ない。
人間一人の存在の有無が世界に与える影響は僅かだからだ。
現在と時の悪魔が視た分岐点は恐らくフェルシオンでアイラ司祭の討伐。
そして邪神教団の手に封印の鍵が渡ることを阻止したかどうかだ。
そこで大きく分かれたのだろう。
しかし厄介なことに絶望の未来に繋がる要因は他にも有った。
ミルディル森林国で邪神眷属の復活。
事実ミルディル森林国では不完全ながら邪神眷属の復活を許し決して少なくない被害が齎された。
それにまだ無視できない要因が残ってることも事実だ。
レーナは近い内に発現した呪いで死ぬ。
もしかすれば既に呪いが発現し、レーナを蝕んでいるかもしれない。
「……あぁ、そっかぁ。ぼくが視た未来は変わってるのか、村のみんなには悪い事しちゃったなぁ」
「廃人者が出てる以上、アンタの行動に対して村人が理解を示すかは難しいだろうな」
「赦されようなんて思わないよ。それに君達には語ったけどぼくが知った絶望はぼくの胸の内にしまっておく……ほら知らない方が幸せだろ?」
そもそも未来視で知った事を村人に伝えたとして信じる者はそう多くは無いだろう。
人というのは予言に関して大半は半信半疑でその時が訪れるまで信じようとはしない。
むろん中には対策を取る者も居るが、結局の所はその時が訪れて漸く真実だったと認識される。
「ま、アンタの話は与太話程度に適当に聴き流されるのがオチだな」
「ゔっ、昔の人間は悪魔と天使の助言を素直に聞き入れたのに……はぁ〜悲しいなぁ」
「悲しむのは自由だが、時獄は解除すんだろ」
「もう必要ないと判ったからね……それにやっぱりぼくには空間の中でひっそりと暮らす方が性に合ってるんだ」
時獄を解除したら晴れて自由の身だと語る時の悪魔にスヴェンは淡々と語る。
「悪いがまだアンタを自由にする気はねぇよ」
「ぼ、ぼくを実験に使う気なのっ!?」
「そっちも悪くねぇが、時獄を解除した後にアンタと契約を結びてぇ」
契約に関して告げると時の悪魔は興味を抱いたのか、瓶の中で上下に動き始めた。
「契約、ぼくと契約してどうするつもり? これでもぼくは一度も契約を結んだ事は無いんだけど」
「契約してアンタの力で11年前のエルリア城下町に時間跳躍してぇんだよ」
「……ぼくにかかれば時間跳躍も簡単だけど、往復分の対価は必要だし何よりも対象がその当時の出来事を知らないと飛ばさないよ」
なぜそんな条件を貸すのか。それは過去に遡ることで自身が取る行動が現代に影響を及ぼす。
過去に遡るということの意味を理解した上でスヴェンは答える。
「俺が変えてえのは姫さんが呪いの受けた事実だけだ」
「簡単に言うけど難しいよ?」
その方法は既に考えては有るが、まだ十一年前のエルリア城下町に関してスヴェンは知らない。
出来事に対する矛盾を過去の住民に指摘され、また記憶に残るような行動も控える必要が有る。
「考えは有るが……とにかく先ずは時獄を解除することが先だ」
「……まあ良いよ」
そう言って時の悪魔が魔力を操作すると、突如空からガラスが破れる音が響き渡る。
一瞬だけ眩い光がスヴェン達を飲み込み、気が付けば窓の外に変化が訪れていた。
夕暮れだった空は夜空に変わり、木は紅葉に染まり、窓を開ければ秋の風が吹き込む。
外を一通り見渡し時獄から村が解放されたことに実感を得たスヴェンは、自身の身体に訪れた異変に気が付く。
点滅するように透けたり戻ったりする身体。突然の変化にスヴェンは戸惑うことなく冷静に結論を導き出す。
「……姫さんが危ねえ状態だと異界人にこんな影響が出んのか」
「……いや、姫様が召喚、召喚契約を交わした者全てに影響が出てる筈だよ」
時の悪魔が視た未来で竜王が消滅した原因は、レーナの死亡によるもの。
だからこそスヴェンは理解してしまった。竜王はレーナという人間の少女、たった一人の一生と運命を共にするつもりなのだと。
長く生き続ける最強種の王だからこそ死に時を求めたのかもしれない。
スヴェンは自身の憶測に息を吐く。これは単なる妄想の域に過ぎず真実な異なるかもしれない。
「時獄を解除したから村の時間は現代の季節と同じに変化、ただ村人の歳は3年の前のままだけど」
「ルーピンを見てみろ? こう見えて俺より歳上だぞ」
「えっ? 人間の成長は速いとは思ってたけど、緩やかな人も居るんだねぇ」
「比較対象にされてもねぇ〜いや、それよりも君に変化が訪れたという事は猶予は少ないみたいだね」
「あぁ、俺はミアに報告したあと騎士団の詰所を経由してエルリア城に戻るつもりだ」
「ふむ、僕はもう少し村に留まって他に影響が無いか調べてから戻るよ……それにしてもまさか1日で解決するなんてね」
言われてみれば時獄突入から一日しか時間が経過していない。
二度も時間の巻き戻りを経験し、鉱山の探索。それから時の悪魔に転移され対峙ーー時の悪魔がスヴェンを転移させなければ解決まで時間が掛かっただろう。
「そこの悪魔が俺を転移させた影響がでけぇな」
「だって、3年って単語が聴こえたから居ても立っても居られなくて」
小さな声で弱々しく語る時の悪魔にルーピンがおかしそうに吹き出した。
「これじゃあ本当に臆病な引きこもり悪魔だ……うん、村人にはそれとなく伝えておくよ」
「出来れば威厳を保つ方向でお願いしたいんだけどぉ」
戦闘中に泣き叫ぶ悪魔に威厳など無いに等しい。
内心で浮かんだ言葉を飲み込んだスヴェンは、封魔瓶を持ち上げ玄関に歩き出した。
「急ぐ必要もありそうだからな、アドラ達には仕事を終えたから帰ったとでも伝えておいてくれ」
「……判ったよ、ただ状況が落ち着いたらまた来ると良いよ。この村は宴会好きなんだ」
スヴェンは考えておくとだけ告げ、夜のエンケリア村を歩き出した。
吹き込む秋風を身に受けながら真っ直ぐ騎士団の詰所に向かう途中で、
「スヴェンさんっ!!」
ミアの涙声に思わず足を止め、背後に振り向く。
頬に涙を流しながらこちらに駆け寄るミアにスヴェンは、いつでも避けられるように身構えーー自身に訪れる異変に避ける事を辞めた。
するとミアはスヴェンの身体をすり抜け、地面に派手に転ぶ。
「いったぁ〜っ!? 避けること……っ!? その身体、やっぱりっっ」
泣きながら叫ぶミアにスヴェンは元に戻った右手を差し出し、
「姫さんがやべぇらしいな……掴めるか?」
ミアが差し出された右手を掴み立ち上がる。そして無遠慮に身体をベタベタと触り始めた。
「うん、まだ触れる……って、ああもうっ! 村が解放されて嬉しくて泣いちゃったのに、姫様のことが心配でそれにスヴェンさんも危ない状態でっ! もう感情がぐちゃぐちゃだよっ!」
「チッ、煩えなぁ。夜に騒ぐなよ」
「相変わらず辛辣だし!」
どうやら感涙は既に引っ込み、落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
「時獄からの解放、時の悪魔の捕獲も完了した。これでアンタから請けた依頼は完了だな」
「うん、お父さんとお母さんは元気で安心したけど……後の治療は私の出番だね」
「まあ、俺はすぐにエルリア城に戻るが……アンタにとっちゃあ3年ぶりの故郷なんだろ? しばらくゆっくりしたらどうだ」
「報酬の支払いまだだけど?」
ミアのことだ、報酬を未払いなどという契約違反は犯さないだろう。
「報酬の支払いは後でも構わねぇさ」
「それじゃあ私の気持ちが収まらないけど……でもさ、少しだけ抱き締めて良い?」
なぜ抱擁を求めるのか理解ができない。故郷の村は解放したのだからもうミアが抱える不安など無いだろうに。
男は黙って女性を受け止める度量を見せろと聞くが、血に汚れた身体で抱擁するつもりなど起きない。
「悪いがそいつには応えられねぇな」
「固いなぁ。普通なら美少女の抱擁は喜ぶべきなんだけど」
「抱擁なんざよりも怪我した時に治療魔法で癒してくれりゃあ良い」
「そうだったね、私とスヴェンさんは一応ビジネスパートナーだったもんね……まだ頼られてないけど」
笑顔で握り拳を作れても正直反応に困るというのが本音だ。
「俺よかガキ共がなぁ」
「あ〜姫様の件の知らせを受けた時に少しだけ小耳に挟んだけど、あっちはあっちで大変だったみたいだよ」
また不在の時に依頼が舞い込んだのか。それはそれで構わないのだが。
「大人にしか対処できねぇ厄介ごとじゃなきゃ良いがな」
「うーん、聴いてる範囲だと襲撃に遭ったみたいだよ」
「依頼人絡みか、それとも邪神教団絡みか……どの道いまから帰るんだ、真相はアイツらに聞くとするか」
「もう少しゆっくりしてって言いたいけど、姫様が危険な状態だもんね。あっ、フィルシス騎士団長がスヴェンさんの自宅に必要になりそうな荷物を届けさせたって」
過去の事件が詳細に記載されたエルリア通信か。
そこまでお膳立てされたのなら早速情報を閲覧しなければ、時間が浪費され手遅れになる可能性が高い。
「判った……っとその前にアンタは11年前にエルリア城下町に居たか?」
過去に居たかどうかを訊ねるとミアは思い出すように唸り、
「あの時はお父さんの仕事の関係でお母さんと一緒に行ったけど……うーん、確か迷子になって誘拐されかけてぇ、長身痩躯の人に助けて貰ったようなぁ?」
朧げながらエルリア城下町に居たこと、誘拐されかけた事を語った。
ミアに関しては何処かのお人好しが助け出すだろう。スヴェンはそう考えながらも自身の行動が齎す影響を念頭に入れた。
下手をすればスヴェンが現代で関わった人物が数人消滅する危険性が無いとは言い切れない。
スヴェンはそう考えた上でミアと別れ、騎士団の詰所の転移クリスタルでエルリア城に帰還するのだった。