スヴェンが去ったエンケリア村でミアは最愛の家族の下に戻り、
「ただいま〜」
もう寝てるであろう両親に小さな声で帰宅を告げる。
二階の寝室に向かうべくリビングを通り過ぎた時だ、
「あら〜ミア、今日はもう寝るの?」
背後から声をかけられ肩が跳ね上がる。
振り向けば優しく微笑む母ミリファの姿に高鳴る鼓動を落ち着かせ、ため息混じりに訴える。
「脅かさないでよ」
「ごめんなさいね、まだ眠れそうになくてあなたを待っていたのよ」
「そうなんだ……あ、3年ぶりだもんね、話したいこと聴きたいこと沢山有るよね」
「リビングでお父さんも待ってるわ」
リビングに戻るミリファの後に続いたミアは、アドラとミリファの対面に座り改めて両親を見詰める。
三年前と変わらない容姿、対して自分は背が伸びて学院を卒業し成人もした。
思えば三年間の思い出よりも今年体験した思い出の方が色濃く鮮明に浮かぶ。
両親が聴きたい話は何か、以前は自然と話題が出たものだが三年ぶりとなると照れ臭さが生じて何から話すべきか迷う。
「えっと、何から聴きたい?」
「そうねぇ、改めてお祝いするけど先ずは卒業と成人おめでとう」
聴きたいことよりも真っ先に祝福の言葉をかけられ、目尻が熱くなる。
この三年間、故郷の村人達と両親の救出を目的に行動していたがーーきっと心の何処かでは暖かく祝って欲しかったのかもしれない。
だからこそミアは笑みを浮かべる。
「うん、ありがと」
じっとこちらを見詰め父の視線。きっと愛娘の成長を実感して感涙しているのだろう。
そう思ってアドラに顔を向ければ、
「……背は伸びたが、胸は母さんに似て成長しなかったな」
娘に対してセクハラ紛いの発言をする狼藉者にミアは遠慮なく拳を放つ。
父の顔面にめり込む拳と追い討ちをかける母の肘打ちにアドラは苦しげな声で唸る。
「いい拳だ……いや、悪かったよ。だからそんなに睨まないでくれ」
「はぁ〜しょうもないお父さんは無視して……私から質問良いかしら?」
「何から聴きたいの?」
「スヴェンから聞いたのだけど、異界人と共に魔王様を救出したんだってね」
きっとスヴェンのことだ自身が同行していた事は伏せているのだろう。
でなければ異界人では無く、スヴェンを名指しするはずだからだ。
「うん、治療師兼旅先の案内人として同行したよ。けっこう大変な旅でね」
最初にメルリアの事を話そうと口を開きかけたその時だ。
「旅の話は後でも聴けるわ。私が聴きたいのはその異界人とどんな関係なのかよ」
異界人との関係性について訊ねられた。
何と答えるべきか。スヴェンの名を伏せながら正直に答えた所で両親は察してしまう。
ならばここはスヴェンの名を伏せつつ答える他にない。
「えっと〜その人とは単に同行者の関係で、魔王様の救出が終わってそれきりかなぁ」
「何ヶ月も旅をして何も無かったの?」
スヴェンとは異性として何も起こらず、むしろ彼がこちらに気を遣ってトラブルを徹底して避けていた。
「会話はほとんど必要最低限だったし」
「そう? 私達に気を遣ったとかじゃないわよね?」
確かに両親の無事を確認するまでは恋愛ごとはあまり考えないようにしていた。
そもそも自分自身の恋愛に疎いのも原因で一概に気を遣ったからとは言えない。
「そんなんじゃないよ。ただ私が恋愛に疎いだけ」
「あら〜じゃあスヴェンは如何かしら?」
彼の名に肩が跳ね上がると同時に頬に熱が宿る。
なぜ母はそこでスヴェンの名を出すのか。たまらず父に視線を移せば、
「会ったら拳で語り合う必要があるか?」
なぜか闘志を燃やして握り拳を作っていた。
「やめてよ? スヴェンさんは色々と忙しいんだから」
「そうよあなた、恩人に対して暴力はいけないわ」
そもそも父がスヴェンに拳を放った所で、彼は避けるか組伏せる光景が浮かぶ。
「それで? スヴェンとは如何なの?」
「ど、如何って訊かれてもビジネスパートナー程度の関係だよ」
現状の関係に付いて答えると母はつまらそうにため息を付いた。
なぜ露骨にため息を吐かれなければならないのか。解せないっと不満の視線を向ければミリファは、
「スヴェンは色々と抱えたそうだけど、真面目で硬派な人なんてそうそう居ないわよ? それに嫌いじゃないんでしょ」
探せばいくらでも居そうな気がするが、スヴェンに関しては正直に言えば嫌いじゃない、むしろ好感は有る。
ただ恋愛に繋がるかと言えばそれも違う。まだスヴェンのことは知らない事の方が多い。
それに以前は相棒として支えたいとも考えていたが、リノンと出会って理解してしまった。
スヴェンを支える相棒は亡くなった
「……頼りになる大人って感じかなぁ」
「ふふっ、そう。娘の側に頼れる大人が居ると安心できるわね」
母は何かを確信したようだが、わざわざ否定しては相手の思う壺だ。
ーーほんと私がスヴェンさんを異性として……っ、今は吊り橋効果になっちゃうから考えないようにしないと!
「他に聴きたいことは無いの? 私からもう無いわよ」
この母親、さては娘の恋愛沙汰を肴にするつもりだったな? そう理解した頃にはミアに眠気が襲う。
「そろそろ寝たら如何だ? 話は……しばらくゆっくりするんだろ?」
「うーん、村人の精神治療を終えたらエルリア城に戻るよ」
「それなら問題ないな」
晴れやかな笑みを浮かべるアドラにミアは相槌を打ちながら椅子から立ち上がる。
「それじゃあお父さん、お母さんおやすみ」
三年ぶりの就寝のあいさつを告げてから自室に向かった。
▽ ▽ ▽
三年ぶりの自室は以前と変わらず、埃は愚かシワ一つないベッドのシーツを見るにどうやら母が定期的に掃除してくれていたようだ。
「久しぶりの部屋……久しぶり過ぎて少し違和感を感じるなぁ」
ここは確かに自分の部屋だが、城暮らしが長ったせいか廊下から聴こえる足音も使用人や騎士達の話し声も聴こえない。
月明かりとオオフクロウの鳴き声だけが聴こえる。
エルリア城と比べて静かな部屋に違和感を感じてしまったのだろう。
「なんか少しだけ寂しいなぁ」
寂しさを胸に感じながら寝巻きに着替えたミアはさっそくベッドに潜り込む。
眼を瞑ると頭にスヴェンの背中が浮かぶ。
何処か遠くへ一人だけで行ってしまいそうな孤独な背中。
手を伸ばそうとも決して届くことの無い遠い背中。
最初の頃は彼の背中からそんな印象を受けていたが、気付けば彼の周りには人が集まっていた。
本人は嫌そうに顔を顰めているは居るが、それでも決して蔑ろにしない辺り存外人が良いのだ。
そんな彼の事を考えるだけで胸が熱く鼓動し頬に熱が宿る。
眼を見開きがばっと身体を起こす。
ーー待って! 冷静になろう私っ!
そうだ、冷静にならなければならない。
彼は依頼でエンケリア村を救ってくれた。そう依頼でだ。
そこに感謝こそすれど間違っても恋愛感情など浮かべるのは違う。
それは状況と結果が齎す吊り橋効果でしかない。
吊り橋効果で付き合った男女は様々だが、二、三年も付き合えばその熱も冷めやすいと云う。
ミアは胸の鼓動を落ち着かせるべくゆっくりと息を吸い込む。
少しだけ熱が冷める。
「頭の中をお花畑にしてる場合じゃないのに」
いまレーナはかなり危険な状況だ。
呪いによって意識不明の重体に陥ったレーナ、そして彼女の状況に連動する形でスヴェンにも異変が起きている。
いや、スヴェンに限らず異界人や竜王にも異変がおきているのだ。
いつレーナが呪いによって命を落としてもおかしくない状態だ。
彼女の死は彼女が召喚した異界人、そして召喚契約を交わした竜王の消滅を意味する。
竜王に関してはそういう契約を結んだそうだが、異界人に関しては謂わば仕掛けだ。
召喚者の生命を脅かす異界人に対する対策、自身の生命と魔法陣に結び付けた召喚魔法が使用されている。
だからレーナの死で異界人も消滅してしまう。
身体が透けるなど既に兆しが現れていることから残された時間が残り少ない。
レーナとスヴェンの危機に次第に不安が胸を駆け巡る。
ーーもしも二人が居なくなったちゃったら?
嫌な想像ばかりが頭の中で浮かんでは消えてゆく。
最悪な想像。レーナとスヴェンの死にミアの頬に涙が伝う。
不安で涙を流した所で自分にはどうする事もできない。
涙で視界が歪む中、ミアはスヴェンの背中を。エンケリア村から帰還する彼の背中を思い出す。
消滅してしまうかもしれない状況のはずが、彼の背中には一切迷いなど感じなかった。
むしろ自身のやるべき事をやる。それが当然と言わんばかりの足取りで決して立ち止まることなどしなかった。
彼は死を恐れていない。むしろ最後まで諦めずに抗おうとしている。
それに方法が無い訳では無い。だから彼は諦めず最後まで行動に移す。
捕獲した時の悪夢がレーナを救う鍵だ。
ミアは時の悪魔に複雑な感情を浮かべながら改めて眼を瞑る。
レーナとスヴェンの無事を祈る。
またレーナ達と笑い合える当たり前の日常を。スヴェンが無茶をしないように。
ミアはいつの間にか寝てしまったのか、朝日が部屋に差し込んでいた。