28-1.過去の記事
夜空が輝き町の灯りが道を照らす中。
スヴェンは職人通りの路地裏を進み、人形屋を通り抜け近付く自宅に違和感を覚えた。
町の灯りのおかげで夜空でも鮮明に見える大穴が生じた自身の部屋の位置に足が止まるのも無理はない。
「いつリフォーム業者に頼んだ?」
デウス・ウェポンで不在中の拠点が爆破されることも、偶然来ていたシャルナとジンと傭兵同士の抗争で拠点が廃墟になることも経験済みだ。
慣れ親しんだ状況に冗談を口にしながら自宅に進む。
自身が不在中に何かが起きて部屋の壁に大穴が生じた。その原因が何であろうとも今はするべきことが有る。
スヴェンは庭で眠る黒いハリラドンに視線を向け、建てられた小屋のプレートに刻まれた『クロ』という文字に首を傾げた。
「エリナ辺りに名付けられたのか」
「今まで名無しだったの?」
サイドポーチから聴こえる時の悪魔の声にスヴェンは適当に相槌を打つ。
尤も相槌を打った所で瓶の中に居る時の悪魔には見えないだろうが。
そんなくだらない事を頭に浮かべたスヴェンはドアの鍵を開け、そのまま事務室に向かう。
真っ暗な事務室だが、ソファで寝るエリナの気配にため息が漏れる。
「おい、起きて部屋で寝ろ」
唸り声と共に瞼を摩ったエリナがこちらに気付く。
「うー? あ、帰って来たんだ」
まだ眠そうな眼差しだが意識は覚醒しつつあるようだ。
「フィルシスが送ったつう資料は届いてんのか?」
「あー、あの山のような調査報告書とエルリア通信なら事務室の引き出しに閉まってるよ……お兄さんの部屋は色々あって穴が空いたちゃったから」
何がどうなって壁が破壊される事態になったのか気になる所ではあるがーー一瞬だけ悲しみを帯びた声色から何かが有ったのだろう。
気に掛けてやるべきだが、エルナの表情から陰りや悲しみは見受けられない。
既に彼女なりに折り合いが付いているのだろう。
スヴェンは蒸返す訳にも行かないっと判断して引出しから事務報告書と資料を取り出す。
そしてテーブルの上に置かれた魔導ランプに魔力を流し込み灯りを灯した。
最初に事務報告書に手に取り、身体が透けて書類がテーブルに落ちる。
それを眼にしたエルナは驚愕に染まった表情で。
「お兄さん、何がどうなってそんな身体になっちゃったの」
原因を問いかける彼女にスヴェンは書類に記載された報告書に眼を向けたまま答えた。
「召喚魔法の弊害ってヤツだ」
「術者の生命力が弱ったり、死亡してしまうと召喚したものが消滅しちゃうのは知ってたけど……」
エリナの弱々しい声に敢えて視線を移さず、業務報告書に一通り眼を通し、エルリア通信と調査報告書を手に取る。
「まぁ、今は気にしても仕方ねえ。アンタは明日も授業があんだろ?」
「あっ! 明後日からエルリア北部で社会見学が始まるんだった!」
そう言ってエルナはソファから立ち上がりドアに駆け寄る。そして去り際に、
「そうだ。お兄さんの部屋の修繕は業者に頼んで有るから!」
そう言い残して二階の自室に向かった。
そういえばエルナ達はラピス魔法学院の寮に入っている筈だが、宿泊に関して割と融通が効くのか。それとも保護者のカノン部隊長が書類手続きを済ませているのだろうか。
ふとスヴェンはテーブルに置かれた一枚の案内用紙と紙に血で描かれた魔法陣の存在に気付く。
スヴェンは最初に案内用紙に視線を移した。
社会見学場所の白碧の町アルストでの社会見学参加にあたって参加者の名。
既にラウル達の名が記載されているため、三人は社会見学に参加したいのだろう。
必要なサインと旅費に関する記載と既に書き記されたカノンのサインともう一人分のサイン欄にスヴェンは羽ペンを取り出す。
--保護者が二人以上居る場合は二名のサインか。
スヴェンは手早くサインを書き記し、必要な旅費を金袋から取り出した。
エルナに書き置きを残したスヴェンは次に血で描かれた魔法陣、小さく書かれた『召喚契約は貴方の魔力を流す事で完了するわ』レーナの文字にスヴェンは迷わず魔法陣に魔力を流し込む。
すると血で描かれた魔法陣を通してレーナと魔力的な繋がりを得たような感覚が訪れる。
--あぁ、コイツが繋がりってヤツか。
誰かとの繋がり。それも仕事を果たす為なら悪くないっと感じながらスヴェンは改めて資料に眼を移した。
一七八九年三月十日。エルリア城下町で起きた事件に関する報告書。
騎士が各地に散らばりオルゼア王捜索を開始。
十時十二分、城下町各地で誘拐事件が発生。
エルリア魔法騎士団は早急に調査を開始、攫われた者は未遂を含め二十名にも及んだ。
野盗崩れと荒くれ者の寄せ集め集団、計四十名による実行だった。
彼らは雇われに過ぎず主犯も不明のまま。
主犯は事前に襲撃を計画しておりエルリア城下町の北区に地下室付きの豪邸を購入していたことが調査中に判明。
騎士団を突入させ誘拐された住民の救出、野盗崩れと荒くれ者の捕縛に成功するも肝心の主犯の姿は見えず。
誘拐犯捜索と同時刻、エルリア城下町では魔法で操られた市民による暴動も発生。
現場に急行した騎士によって洗脳解除が施されるも犯人の正体は掴めず。
十六時三十分。騎士団が犯人の捜索を続ける中、野盗集団による城下町襲撃が勃発しエルリア魔法騎士団は騎士を増員させ襲撃者を壊滅させる。
十六時三十五分。エルリア城に邪神教団の司祭が侵入しレーナ姫を襲撃。
現場に居合わせたラオ、シュミット、バルメクを始めとした部隊長及びラピス魔法学院の生徒フィルシスを交えて交戦開始。
護衛を伴い逃がされたレーナ姫の腹部を貫き逃亡せしめた。
以降二年にも及ぶ捜索も虚しく襲撃犯を捕らえること叶わず。
スヴェンは騎士団の報告書から視線を外す。
「揺動に出し抜かれってことか」
無理もないオルゼア王の捜索に人員を割かれ、城下町に発生した事件の対応に更に人員は割かれた。
そこにラスラ司祭は襲撃を仕掛けまんまと計画を達成させてしまったというのだ。
エルリア城下町で発生した事件は全て事前に準備された計画なら城下町に攻め込んだ野盗集団もラスラ司祭の仕込みだと推測が立つ。
エルリア城から少しでも騎士を減らし、本命のレーナを狙う。
よく有る犯行計画だが、恐らく実行までラスラ司祭は城下町の何処かに居たのだろう。
怪しげな人物が居れば騎士に職質されそうな気もするが。
民間の記者による視点から得られる情報は多い。スヴェンは続けてエルリア通信に視線を移す。
エルリア国民に悲しみが襲った。我々が敬愛したオルゼア王が邪神教団を名乗る宗教団体に襲撃を受け行方不明。アリシア王妃の死去がエルリア全土に駆け巡ったのだ。
オルゼア王とアリシア王妃の不在を受けてまだ五歳のレーナ姫が王族として国際を担うこととなり、四月十日に各地の行商人や坑夫、農家がエルリア城に集った。
新しい指導者による指示を聞く為にだ。
城下町の人々も集う人々の表情は暗い。かく言う私も……。
暗い心を引きずりながら集まった人々にオルゼア王やレーナ姫に対する取材を行う中、事件が起きた。
野盗と思われる集団と荒くれ者による誘拐事件の勃発だ。
混乱に乗じて不逞の輩が入り込むことはよく有ることだが、記者の直感が告げている。
これは誰かに仕組まれた計画の一つでは無いのかっと。
しかしエルリア城下町には外套で素顔を隠した者が非常に多く、どれも怪しく見えてしまうのだ。
発生した事件に騎士も対応が忙しく、一人一人の身元を確認してる余裕も無かったのだろう。
それにしても空気が重い。各地の国民が集まってる影響か魔力の気配も様々で誰の魔力か特定も難しい。
そんな状況でも的確に誘拐犯を全員捕らえ、人質を全員無事に救出する辺り流石と言ったところだ。
それでも事件は一つでは終わらなかった。
誘拐事件発生から同時に何者かに洗脳された行き付けの酒場の店主、人形師のご老人、アルセム商会の店員など様々な人物が一斉に町中で暴れ出していたのだ。
現場に駆け付けた騎士によって洗脳は解除され、顔馴染みの人物に取材を試みた。
すると全員が一様に外套のフードで素顔を隠した人物と出会った辺りで記憶が無いことを証言したのだ。
事件当時以前から正体不明の客人が何度か訪れていたそうだ。
--洗脳魔法か。詳しい時刻が判らねえと待ち伏せは難しいか。
スヴェンは一度記事から視線を外し、思考を巡らせる。
ラスラ司祭は事件発生以前から城下町を訪れ下準備を進めていた。
豪邸の購入、そこに雇った実行犯を集め--前もって洗脳魔法を施していた住民に改めて接触することで洗脳する。
当時のラスラ司祭は素顔を隠しているため誰にも正体が露見していない事は正に不幸中の幸いと言ったところか。
スヴェンは魔封瓶をテーブルに置き、
「アンタの魔法なら1789年3月10日に時間跳躍は可能か?」
「現代と過去に存在する人物との縁。これだけの情報が有れば後はスヴェンが行動に気を付けるだけだよ」
過去に飛び行うことは事実改変、即ちそれは過去の改変だ。
その影響を最小限に留める為には詳細な情報が必要だった。
「改変影響で知り合いが消滅していたなんざ、考えるだけでゾッとする」
「それだけ危険な魔法なんだ。もちろん対価は往復分、現代に帰還してから頂くよ」
「ソイツは構わねえが要求する対価はなんだ?」
「その話をする前に契約を済ませたいから出して」
ここで逃亡を計る気なら遠慮なくガンバスターで斬り裂く。
スヴェンはガンバスターの柄を掴みながら封魔瓶の蓋を開ける。
魂が瓶の外に解き放たれ、時の悪魔の魂が人の形を創り始めた。
最初に出会った時は中性的な顔立ちでスーツを着ていたが、目の前に現れたのは少女の顔立ちをした時の悪魔だ。
「性別の概念は無いけど、女の子の方が人間の雄は喜ぶんでしょ?」
「どこ情報だぁそりゃあ」
時の悪魔の巫山戯た言動にスヴェンは睨む。
そして怯えた表情でソファに座り込む時の悪魔にため息が漏れるのも仕方がないことだった。