対面に座る時の悪魔は気を持ち直したのか、芝居かかった手振りで語り出した。
「性別の概念は無いけど望む通りに身体を作り変えられる。ほら、人間と悪魔の子は魔族と呼ばれてるだろう」
性別の概念が無い悪魔と人が交わり魔族が誕生した。その経緯は蓋を開けて見ればなんて事はない。
悪魔が番いに対して性別を合わせていたに過ぎなかった。それは理解できるが何故わざわざ時の悪魔が少女の姿になるのかは理解できない。
「それとこれと何か関係あんのか?」
「ぼくは君とミアって子の会話を聴いていたんだ。すると君は比較的穏やかだった、つまりぼくも女の子の姿になれば君は多少優しくてくれるんじゃないかと」
悪魔が人に優しさを求めるとは。人外の生物に優しさを求められた時、どう選択するのが正解か。
いや、そもそも外道に優しさを求めること自体が間違いだ。
「優しさと縁遠い俺に求めんなよ、ってか早いところ契約を済ませてぇんだが?」
「むぅー!! 君はこれからぼくの契約者になるんだから少しは甘やかしてくれても良いんだよ!?」
本音はそこか。スヴェンは時の悪魔に呆れた眼差しを向ける。
「契約ってのは姫さんが呪いを受けた事実を改変する間だけだ」
「えっ!? そんな短期間でいいの!? ぼくは時の悪魔だよ? 誰しもが欲する絶大な力を持った悪魔なんだよ!」
他者から与えれる力に興味が無い。
仮に力を得たところで使い道が無ければ持て余すだけの力に何の意味があるというのか。
「どうでも良いが、契約が完了した後は自由に過ごせばいいだろ。それこそ空間の中で自堕落によ」
そう告げると時の悪魔は思案顔を浮かべ、何か思い付いたのかにんまりと笑みを浮かべた。
嫌な予感しかしないが、一々ツッコミを入れていては時間の無駄だ。
「あー、契約には何が必要だ?」
「最初にぼくに名前を付けてよ」
少なくともジギルド司祭は複眼の悪魔をそう呼んでいた。それとも契約方法に種類が有るのか?
「名付けが必要なのか? 以前悪魔を使役していた奴は通称で呼んでいたが?」
「それだと力の半分も借りれないよ」
過去に時間跳躍するなら時の悪魔から本来の力を借りる必要が有る。
名付けというのは苦手だが、こればかりは仕方ない。
スヴェンはなんて名付けるか迷いながら時の悪魔の髪に視線を向け、
「じゃあミントで」
名付けると時の悪魔は笑みを浮かべた。
「うん! 単純だけど気に入った! 今日からぼくはミントだ!」
「それで? 次はどうすりゃあ良い? それともこれで契約完了か」
「いやいや、次は契約者の血と魔力が必要だがら接吻か吸血どっちがいい?」
本来ならどちらも御免被りたいが、それではいつまで経っても契約が結べない。
スヴェンは仕方ないっとため息混じりで魔力を込めた左腕を差出す。
すると不服そうな眼差しでミントは左腕に齧り付く。
牙を突き立て魔力を含んだ血を吸われる感覚にスヴェンは無表情無心で、確かにミントとの繋がりを感じる。
レーナと違って不快感でしかないこの繋がり。それは恐らくスヴェンにとって必要だから結び、時がくれば捨てられる脆い繋がりに過ぎないからだ。
そんな思考を浮かべているとミントは左腕から口を離す。
「ぷはっ! 業の深い血と濃度の濃い魔力……あぁ、満足だよ」
高揚感を浮かべるミントにスヴェンは辛辣な視線をぶつける。
「他人の血を吸って高揚するなんざとんでもねぇ変態だな」
「と、時の悪魔に向かって変態とはなんたる言い草だ!! ……ま、まぁともかくこれで契約は完了だよ」
終えてみればあっさりだ。契約の中には調伏が必要な存在も居ると書物に記されていたが、名を与えて魔力を含んだ血を吸わせるだけで完了する契約というのも楽なものだ。
いや、あまり他人に名付けるという行為はしたくは無かったが、レーナを救うためなら自身の意志を捻じ曲げる必要が有る。それが今回訪れたに過ぎない。
「さっそく時間跳躍と行く?」
「いや、その前に確認しておくが……他に時間跳躍に必要なもんはあんのか?」
「過去に存在する人物との縁……スヴェンはもう手に入れてるよね」
レーナと契約召喚を交わしたいま、自ずと過去に存在しているレーナとの縁もできたということか。
スヴェンは自身にできたレーナとの繋がりが時間跳躍の道導になるなのだと理解する。
「そうか、なら後はアンタに払う対価だけか」
「対価の支払いはスヴェンが現代に帰還した時に……スヴェンの寿命を貰うよ」
ミントは悪魔らしい笑みを浮かべ、スヴェンはわざとらしく肩を竦める。
五百年も生きる人間が支払う寿命なんて安いものだっと内心で皮肉を浮かべながら。
そしてスヴェンは背中のガンバスターに視線を移す。
無手では過去に飛びラスラ司祭を殺すには心許ないが、それでもガンバスターは過去において嫌でも目立つ。
過去に持ち込み、ラスラ司祭を殺害した後に何処かに隠して置くという案も有るが恐らく取りに戻る余裕は無いだろう。
何せ過去でやろうとしている事は傭兵にとってあまりにも無謀で馬鹿げているからだ。
「仕方ねぇ、ガンバスターは置いて行くか」
「ぼくの魔剣を貸す?」
「目立つだろ、それに武器ってのは向こうから近付いてくるもんさ」
戦場でも近付く敵兵から装備を奪い利用して来た。過去でもそれと同じことをすれば如何とでもなる。
だが、そこでひとつ注意しなければならない事が有る。
スミスの焼印が記された武器を使用してはならない。
それを過去で使用し、現場に血痕付きのスミス製の武器が残されていれば有らぬ容疑がブラックに向けれてしまうからだ。
「色々考えてるみたいだけど、ぼくは霊体としてスヴェンに付いて行くことしかできないからね」
「それでも構わねえが、俺が指示を出したら元の時代に即時間跳躍しろ」
「分かったよ……むふー、対価を要求する時が楽しみだなぁ」
ミントはそう言って楽しげに笑った。
スヴェンはそんな様子のミントを気に留めた様子を見せず、魔道ランプの灯りを消してガンバスターをソファの側に置いてから横になる。
「悪魔に休眠が必要か如何かは判らねえが、明日は9時に動くんだ。その間は休んでろ」
ミントに休むように告げると対面のソファから寝息が聴こえる。
随分と寝付きの速い悪魔だと感心しながらスヴェンも浅い眠りに付くのだった。