十月十日の朝、スヴェンは鞘に納めたガンバスターを持ってエリシェを訊ねた。
「今日は早いね、竜血製のガンバスターの整備は充分だよ」
いつでも戦闘で使えるっと誇らしげな表情で語る彼女にスヴェンはゆっくりと首を横に振る。
「いや、今日はこいつも預けに寄ったんだ」
ガンバスターを差し出すとエリシェの表情が不安そうに歪む。
ボディガード・セキリュティの業務上、武器は必須だ。それなのに命を預ける武器を全て預けることにエリシェは不安に感じてしまったのだ。
彼女の表情からそう理解したスヴェンは無愛想な表情で。
「今回の仕事は現地調達が望ましくてな……あーっと、ラウル達もしばらく社会見学で留守にするそうだ」
武器を預ける理由をぼかし、留守をエリシェに頼む。
「留守ぐらい構わないよ。なんなら爆破されたスヴェンの部屋も掃除しておくけど」
「悪いが頼む」
なぜ爆破されたのか聴かない辺り、エリシェもある程度の事情は把握しているのだろう。
いや、そもそも部屋が爆破される事態だ。職人通りの住人は既に事の詳細を把握していると考えた方が良さそうだ。
「スヴェンが次に何処に行くのか判らないけど、気を付けてね? 騎士団もなんだか余裕が無さそうな感じもするし」
騎士が発する空気にエリシェなりに何かが起きたと感じている。
だがレーナの、レヴィの友人でもある彼女に教えるわけにはいかない。
レーナがヴェルハイム魔聖国で倒れたと知れば、あらぬ誤解と混乱を招く。
聡いエリシェには不要な心配だが、他はそうはいかない。
特に異界人の身体が透けてしまう状態だ。異界区の異界人が騒ぎ出しているはず。
しかし異界人の混乱はレーナから呪いを受けた事実を取り除くまで収集が付かない。その間の対応は騎士に任せるしかない。
「姫さんとオルゼア王が不在で緊張してんだろ。いや、案外寂しがってんのかもしれねぇな」
「そうだと良いけど……うん、きっとそうだよね」
不安を抱いても仕方ない。そう笑みを浮かべたエリシェはガンバスターを受け取り、
「それじゃあ預かるからいつでも取りに来てね」
不安感を拭えないのか、何処かぎこちなく微笑んだ。
あまりエリシェを心配させるものではないが、こればかりは配慮どうこうで片付く問題でもない。
他人を不安にさせたくないなら武器を手に取るな。それが尤も手っ取り早い方法で、スヴェンには到底選べない選択だ。
「おう、短期で済む仕事だからな。案外今日明日には竜血製のガンバスターを取りに戻れるかもな」
「そうなんだ。でも無茶はダメだよ?」
スヴェンは頷くことで答え、スミスを立ち去る。
▽ ▽ ▽
スミスにガンバスターを預けたスヴェンは次に大通りの洋服屋を訪れ、黒地の外套を選ぶ。
素顔が完全に隠せる外套が好ましいが、棚にはフード付きの外套が見えない。
仕方ないとスヴェンは近場で棚を整理する店員に声をかける。
「フード付きの外套は無えのか?」
「フード付きの……それでしたら当店の倉庫にございますが、布地の色は如何なさいますか?」
「黒が好ましいな」
「黒……失礼ですが防寒着ようで?」
わざわざ棚に陳列されていないフード付きの外套を求めるスヴェンに不信感を抱いたのか、店員は警戒心を隠しながらそんな事を問う。
店側としては行き過ぎた警戒心だが、素顔を隠せる外套は犯罪に使用されるケースも多々有る。
それを考えれば店員の警戒心は正当と言えるだろう。
だからこそ彼の警戒心に不快感は無く、むしろ好感さえ持てる。
スヴェンは店員の警戒心を解くために用意していたボディガード・セキリュティの名刺を差し出し、
「今度の夜間護衛で入用なんだよ」
嘘は付いていない。事実今後に備えて暗闇に紛れ易い外套はどの道必要だからだ。
あとは倍率スコープとロングバレルをガンバスターに装着すれば暗闇から襲撃者の狙撃も容易い。
今後訪れる依頼の想定しながらそんな事を考えていると、
「あっ、これは失礼しました!」
店員は慌てた様子で倉庫に駆け込む。
周囲を見渡せば怯えた様子でこちらを避ける客と店員の様子にスヴェンは肩を竦める。
「……顔に出てたか?」
独り言をぼやきながら棚に陳列された外套を吟味する。
どれも丈夫かつ防寒製に優れた外套だ。これに防弾性能が有ればなお完璧なのだが、そんなコートはデウス・ウェポンでしか扱ってないだろう。
スヴェンは少々防弾性のコートに懐かしさを感じながら戻って来た店員に振り返る。
「お待たせしました! こちらでよろしいでしょうか?」
フード付きの黒い外套を受け取ったスヴェンは、さっそく試着する。
丈夫でフードは素顔に完全に隠し、外から見れば正体が露見する恐れも無い。
何よりも刃を通し難い程に丈夫な造りだ。
「気に入った。コイツを二着貰う」
「かしこまりました!」
こうして黒い外套を二着買ったスヴェンは、一旦自宅に戻り一着をクローゼットの中に収納してからエルリア城下町の外に向かう。