傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

3 / 325
1-2.目覚める傭兵

 薬草の臭いとウールの柔かな感触、窓から入り込む暖かな風と視線にスヴェンは飛び起きた。

 同時に壁に立て掛けられたガンバスターを握り締めると、何処かで見た青髪の少女が驚いた様子で床に尻餅付いた。

 

「び、びっくりしたぁ〜。目覚めたら飛び起きちゃうんだもの」

 

 スヴェンは何故自分がベッドで寝ていたのかを思い出し、ガンバスターを背中の鞘に納める。

 

「……アンタは?」

 

「嫌ですねぇ、治療した私の顔を忘れちゃったんですか? これでも印象深い容姿だと自負してるのですが」

 

 青髪の少女は心外そうに言ってるがーー正直なところ彼女の容姿はあまり印象に残ってない。

 改めて少女を見れば、確かに綺麗な長い青色の髪と翡翠の瞳。それに華奢な身体付き程度の認識だ。

 服装はノースリーブの上着にローブ、そしてショートパンツに、ロングソックスとロングブーツといった身軽さを確保しながらも洒落に気を使った装い。

 静かに観察して出したスヴェンの答えは普通の少女だった。特に気絶前に会話していた姫と比べればなおさら。

 

「さっき会った姫と比べるとなぁ」

 

「うぐっ……そりゃあ魔法大国エルリアで随一の美少女と名高いレーナ様と比較されちゃねぇ?」

 

「エルリア? レーナ? あー、この国と姫の名か」

 

「お互いに名乗らずに問答を繰り返しちゃうだもん、あなたは誰なんだろうって不思議でしたよ」

 

 そういうば自己紹介もせず話しを進めていたなぁ。

 周りの連中もよく指摘しなかったとスヴェンは自分の愚かさに改めてため息を吐く。

 それだけ自分に余裕が無かったのだ、初歩と礼儀を忘れるほどに。

 

「そうだな、遅くになったが俺はスヴェン。向こうじゃあフリーの単独傭兵をやってる外道だ」

 

「スヴェンさんっと。後でレーナ様に報告するとして、私は治療師のミアと言います。倒れたあなたの面倒を任されてるわ」

 

「あー、そいつは手間をかけたな。言いそびれたが治療も助かった」

 

 遅れて礼を告げるとミアは何処か人を小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 

「おやおや、紅い瞳に三白眼で怖い顔、不思議な格好をしてますが意外と礼儀は持ち合わせてるのですね」

 

 黒いノースリーブの防弾シャツと黒ズボンは別段に珍しく無いだろう。ただ防弾シャツが弾力性と耐衝撃材質で造られている程度だ。

 

 ーー此処は異世界だったな、防弾性は珍しいか。

 

 にやにやと笑うミアをクソガキと認識しつつも問答を続けた。

 

「依頼を請けるに当たって礼節は大事だからな」

 

「その割に言葉遣いがなってませんが?」

 

「その辺はいいんだよ。要は互いに得をすりゃあいいんだ」

 

「ほほう? つまりあなたにとっての得は元の世界への帰還ですか」

 

 元の世界に帰還すること。

 それも当面の目的だが、それは協力関係を結ぶに当たり当然の前提条件だ。

 そもそもスヴェンはまだレーナから正式に依頼を請負ったわけでもない。

 特に交渉するに当たって異世界の適正価格も分からないのだ。知識も常識も文明も何一つ判らないままは危険すぎる。

 

「そいつは別件だな。勝手に呼ばれた身だ、帰還を願うのは当然の権利だろ」

 

 ーー三年待てば帰れるなら適当に過ごすのもいいかもな。

 

 レーナは返還に付いて依頼を請けることを条件付けしなかった。なら依頼を請けようが請けまいがこちらの自由だ。

 

「そうですね。姫様もその点は重々承知してますよ、それに帰還を望んだ異界人はすぐに帰してますからね」

 

 すぐ帰せる異界人と帰せない異界人の違いが有るのか?

 スヴェンは新しく生まれた疑問に眉を歪める。

 

「俺の場合は3年掛かるらしいが?」

 

「今回の召喚は戦闘ができる強者を指定した条件召喚ですからね……あなたの召喚には姫様の膨大な魔力と触媒を利用してるので、それに随分遠い異世界だったようですよ?」

 

「あー、つまり距離に応じて使う魔力量も違うと」

 

「そう理解して貰えると助かります。何せ私は召喚魔法を使えませんし専門外なので」

 

「なるほど? ま、詳しい話しは明日になるだろうが……幾つか質問が有る」

 

「私に答えられる範囲なら何でも答えますよ。あっ! スリーサイズとかはダメですからね!」

 

 わざとらしく身体を抱いて隠して見せるミアに、スヴェンは苛立ちを堪えながら質問した。

 

「今の季節は?」

 

「今は春で5月20日ですね」

 

 異世界なだけ有って時間の流れは大分異なるようだ。

 スヴェンは次に本題とも言える質問をぶつけた。

 

「今まで召喚された異界人はどうなった?」

 

 勝手に召喚して処分される。それが一番最悪の状況だが、ミアはなんとも言えない表情を浮かべた。

 困っているような表情に何か有る。それは必ず聞き出さなければならない。

 スヴェンは少々眼孔を鋭くさせ問い直す。

 

「どうした? 説明できねぇのか?」

 

「いえ、異界人はその……なんと言いますか、自由過ぎて大変なんですよ」

 

「具体的に頼む」

 

「……姫様の話しをろくに聴かず都市を飛び出して平原に、門から数メートル先でモンスターに殺されちゃったり」

 

 スヴェンはモンスターの存在を認識しつつ、困り顔を浮かべるミアの話しに耳を傾ける。

 

「そもそも異界人は魔法文明が無い世界から召喚されるのが大半で、先ずは魔法の素質に目覚め訓練を受けることから始まるんです」

 

 魔王救出ーー聞くからに急を要するかと思いきや、無駄な浪費と被害を避けている。スヴェンはそんな印象を受けた。

 

「そいつは親切だな」

 

「殺さずに生かして帰す。それが姫様の理念ですから、あとは困ったことに目覚めた魔力に溺れてこちらを裏切ったり、好き勝手生きたり、事件を引き起こす輩も結構居るんです」

 

 不本意な異世界に召喚され不満が爆発する。それも判るが、訓練を受けるということはレーナの依頼を承諾したということだーー魔力に目覚め、裏切るなどそれはあまりにも不義理だろ。

 同時に異世界召喚を行ったレーナの信用問題にも関わる。

 

「あー、その手合いはどうなる?」

 

「捕縛して記憶を消してから元の世界に強制返還ですかね。……重罪を犯した者はその限りではありませんが」

 

 いくら異世界から召喚した身とは言え、国民の優先度が高いのだとスヴェンは理解した。

 交渉次第では今後の身の振り方を改める必要性も有る。

 スヴェンが交渉ごとに置いて売り込めるのは、自身の戦闘能力の一点。

 こちらの世界でデウス・ウェポンの技術が何処まで通用するのかも確認しておく必要が有る。

 それとこの世界の言語は理解できたが、文字が読めるとも限らないのだ。

 スヴェンはいま把握しておくべき事柄を再確認すると、ミアが不思議そうな顔で覗き込んでいた。

 

「随分と考え事が長いんですね。何か不安とか、元の世界に愛する者を置いて来た! とかですか?」

 

 手振り身振りを交えた質問に若干呆れつつも答える。

 

「俺にそんや奴は居ねえよ。居るとしたら殺し損ねた標的ぐらいだ」

 

「物騒なお人ですねぇ。それで何を考えてたんですか?」

 

「文字が読めるのかどうかだとか、こっちの武器が通用するのかとかな」

 

「それでしたら食事の用意がてら書物を用意して置きますよ。あとは紙と羽ペンですかね」

 

「あん? 食事も出るのかよ」

 

「そりゃあ出しますよ。貴方はエルリア城に滞在する客人扱いですから」

 

 スヴェンは宿賃が必要無くて助かるっと安堵した。

 そんなスヴェンを尻目にミアは身を翻し、軽やかな足取りで部屋を出て行く。

 スヴェンは彼女が完全に部屋から遠ざかったのを確認し、机に置かれたサイドポーチと装備を確認した。

 エルデとの戦闘時にスヴェンは大半の装備を失った。

 サイドポーチの中身は三日分のレーションと治療キット。

 交渉時と素顔を隠す用のサングラス。

 ヒートダガーは根元から折れ、予備弾数も無い。

 幸いハンドグレネードとスタングレネード、空薬莢に雷管が残っているが、グレネード類は各種一つだ。

 おまけに弾頭も無いと来た。

 スヴェンは渇いた笑いを浮かべ、

 

「ジリ貧だな」

 

 現状を嘆く他になかった。

 

 ガンバスターに予め装填された.600GWマグナム弾は残り三発。

 補給の当てがない異世界で無駄弾を使わないに越した事は無いだろう。

 そもそも覇王エルデに射撃は無意味だった。彼女の異常なまでの身体能力ーーまさか荷電粒子による電磁加速が乗った.600GWマグナム弾を簡単に避られるとは誰にも想像できないだろう。

 おまけにエルデの繰り出した一撃で荷電粒子モジュールが破損してしまった。

 直そうにも修理道具は向こうの世界だ。何か修理の手立てを考えなければこちらの世界で保たないだろう。

 ジリ貧な装備にため息を吐くと、ふと脳裏にエルデとの戦闘が浮かぶ。

 

 素早い身のこなし、小柄な体格から想像もできない大地を砕く一撃。

 おまけにエルデが扱うヘルズガンによる正確な射撃とプラズマソードによる剣技が非常に厄介で、何度も死を覚悟したものだ。

 

「悪夢みてぇな戦闘だったな」

 

 振り返って見れば、よく自分は生きてたと感心すら覚える始末だ。

 

「まだ反動抑制モジュールが無事なのは儲けか?」

 

 元の世界に帰ったら損失分もしっかり請求しなければ割に合わない。

 そう考えるも、スヴェンは三年という期間を冷静に見つめ直す。

 三年も有れば向こうの世界では、スヴェンという男は死亡認定されているだろう。

 そもそもひと月も存命が確認できない人間は、政府機関が資金の凍結、傭兵ライセンスの凍結が決行される。

 仮に元の世界に戻ったら戻ったらで行方不明期間の経緯と説明も求められるだろう。傭兵ライセンスの再発効という面倒な手続き付きで。

 面倒臭いこのうえないが、こればかりはどうにもならないっと深いため息が漏れる。

 おまけに腹が減って仕方ないが、スヴェンは異世界の食事に何も期待してなかった。

 文明が発達してるデウス・ウェポンの食事ですら最低最悪レベルだ。

 天然食品はもう存在せず、全ての食材は人工による製造品。

 既に動物も絶滅し、生きている生物は人類とモンスターのみ。

 

「ゴム並みの肉、紙みてぇな食感の魚はなぁ」

 

 また何度目かのため息が漏れるとドアが開く。

 その瞬間、スヴェンの鼻が香ばしく豊かな香りを捉えた。

 

「スヴェンさん、お待たせしました〜」

 

 意気揚々とトレイに食事を乗せたミアは、サイドテーブルにトレイを乗せる。

 皿に盛られた焼いただけの獣肉、贅沢にも様々な野菜をふんだんに使ったスープ、そして湯気を放つ焼き立てのパン。

 スヴェンは困惑したーー俺の知ってる料理じゃない!! 

 困惑を浮かべるスヴェンにミアは微笑んだまま動かない。

 一先ずスヴェンは、フォークで焼かれた獣肉を刺す。

 ほんの僅かな力加減でフォークが肉厚の獣肉に突き刺さる! おまけに穴から留めなく溢れる脂に眼を見開く。

 スヴェンはこの世の物とは思えない獣肉、いや未知の食材に驚愕を隠せなかった。

 

「な、に!? 俺の知ってる肉は中々ブッ刺さらねえんだが!」

 

「えー? どんなお肉なのよ、おっと失礼しました、うっかり素が出ちゃいました」

 

 素の彼女が出す態度にスヴェンは気にした素振り、いや未知の料理の存在を前にして一切気にもならない。

 

「あ? 素のアンタでいいよ。敬語で接されても窮屈だ」

 

 そう告げながらスヴェンはいよいよ未知の料理を口に運ぶ。

 ひと口噛めば歯がソレを容易く噛みちぎり、肉汁と香料がスヴェンの口内に一瞬で広がる。

 スヴェンはゆっくりと噛み締め、そしてスッーと涙を流した。

 

 ーーはじめてだ。こんなに食事が旨いと感じたのは!

 

 涙を流したスヴェンにミアが眼を見開く。

 同時に彼女から憐れみの眼差しを向けれる。

 

「い、今までどんな食事を? これまでの異界人は多少驚くはするけど、そこまで大袈裟じゃなかったわ」

 

「……食事? アレはそんな高尚な領域じゃねえ。俺が食ってたのは……一体なんだろうな?」

 

 スヴェンも訳が分からなかった。

 人生で食べ続けていた料理と信じていた物が、実は違う紛い物だった真実を前に食に対する常識が儚くも脆く崩れ去ったのだ。

 今まで食べていた肉は肉を騙るーー子供がその場の思い付きと勢いで無計画に造った工作品程度に自身の世界の食文化を罵った。

 

「よく分からないけど、悲惨なのは想像できたよ。……その武器とか見てると文明は発達してるように見えるけど」

 

「……発達してんのは科学だけだな。飯はこっちの方が圧勝だわ」

 

 そもそも比較の土俵にすら立てない。

 それが両方の世界で食べた食事に対する評価だった。

 スヴェンは味わうように、そして噛み締めるようにゆっくりと食事を続け、食べ終える頃には心が満たされていた。

 デウス・ウェポンは長い年月による遺伝子の進化と科学技術により人類の平均寿命を五百歳に引き伸ばした。

 人類の発展と進化の代償とも言うべきか、一万年前に動物は絶滅し、当時栄えていた食文化が失われてしまった。

 幾ら技術が凄かろうと人に幸福を齎す食事を蘇らせることは無理だった。

 

「俺はぁ、食事で心が満たされたのははじめてだ」

 

「そ、そう。でも今日から毎日食べられるよ」

 

「異世界、最高かよ」

 

 温かく旨い食事が食べられるなら報酬などどうでも良いとさえ思えた。

 それでもスヴェンが帰還の意志は変わらないのだが……。

 

「腹も膨れたところで……」

 

 スヴェンはミアが持って来た書物を開く。

 見た事も無い言語による文字列にスヴェンは、そっと本を閉じた。

 

「読めねぇ」

 

「じゃあ勉強が必要だね。明日の姫様との謁見後、私が直々に教えてあげるわ!」

 

 文字の読み書きならこの国の誰にでもできる。

 そう思ったが、ミアという少女はレーナの命令に従って行動してるのだろう。

 恐らく彼女に与えられた任務はスヴェンの監視。

 スヴェンはガンバスターを壁に立て掛け、

 

「そんじゃあ明日から頼む」

 

 さっそくふかふかなベッドに身を沈めるのであった。

 その際、ミアが何か言いたげな視線を向けていたが、今のスヴェンは気に留める余裕も無く、彼はそのまま浅い眠りに就く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。