傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-13.後は任せて

 雨が降る中、メルリアの中央広場に有る魔法時計が昼を告げる鐘の音を鳴り響かせる。

 スヴェンとミアの二人は昼時にも拘らず他の客が居ない酒場を訪れ、テーブル一杯に大量注文した料理に舌鼓鳴らしている頃だった。

 

「いやぁ、スヴェンは案外大食いなんだね」

 

 さも当然のようにスヴェンの隣席に座るヴェイグに、スヴェンは嫌そうに表情を歪ませる。

 

「招いた覚えはねえぞ」

 

「招かれずともわたしは何処にでも現れるさ。しかし、主催者の誘いを断って此処で食事するなんて本当につれないなぁ」

 

 残念そうに肩を竦めるヴェイグにスヴェンの表情が益々歪む。

 そんなスヴェンにミアは苦笑を浮かべ、ヴェイグに訊ねた。

 

「えっと、ヴェイグさんはパーティの主催者でしたよね? 良いんですか、主催の人がこんな場所に居て」

 

「パーティは昨晩で終わったからね、わたしが此処に居てもなんの問題もないのさ」

 

 なるほどとミアが納得する中、スヴェンは彼に対して一つ質問をぶつける。

 

「そういやぁ、この町のガキ共は邪神教団に誘拐されてたらしいな。そんな状況下でパーティってのはどうなんだ?」

 

 ヴェイグは眉一つ動かさず、

 

「先月からこの町でパーティを主催すると取引先は愚か、様々な顧客に招待状を送っていた。事件の発生が二週間前ともなれば、遠方の招待客はこの地を目指して移動してる最中だった」

 

 淡々と答えた。

 彼の言う理由にも納得ができるがーー判断材料も少ない状況でコイツをこれ以上疑うのは危険だな。

 それにアルセム商会会長という立場を持つヴェイグに、スヴェンの目的を知られるのは危険に思えたからだ。

 尤もスヴェンがヴェイグを頑なに疑うのにも理由は有る。

 邪神教団が何者からか武具の支援を受けている。その第三者か仲介人の存在が明るみに出ない限り、相手が誰であろうとも油断できないからだ。

 今は彼に対する疑念と疑心は忘れよう。

 スヴェンはヴェイグに抱いた疑心を消しながら肩を竦める。

 

「中止もできねえから開催する他になかったと。主催者ってのは大変だな」

 

「信用にも関わるからね。もちろん子連れの招待客にはこちらで用意した護衛を付けさせて貰ったけどね」  

 

「抜かりなしか。……で? アンタはなんで俺達と飯を食ってんだ? それも人のもんを勝手に」

 

 スヴェンは何食わぬ顔で羽獣のハチミツ漬け焼きを食べるヴェイグに青筋を浮かべる。

 

「良いじゃないか。食事は大勢で分かち合うものだろう? 君もそう思うだろ、愛らしいレディ」

 

 目元を隠し、愛想笑いを浮かべるヴェイグにミアも愛想笑いで返す。

 ミアの反応は意外だった。普段から美少女を自称する彼女がヴェイグの社交辞令に乗らないことが、心の底から意外に思えたからだ。

 スヴェンは愛想笑いを浮かべ続けるミアに耳を傾けた。

 

「ヴェイグさんは口達者ですね。目も見えないのにそうやって泣かせて来た女の子は多いんでしょうけど」

 

「これでも未だいい相手と巡り合わなくてね。いやはや、中々出会いというのは難しいものだね。それに目が見えずとも美しいかどうかは判るものさ」

 

 視覚情報を得られずどうやって判断しているのか。疑問に感じるが……ヴェイグの経験による分析能力だと考え、疑問を頭の中から追い出した。

 やがて羽獣のハチミツ漬け焼きを完食したヴェイグは椅子から立ち上がり、

 

「それじゃあわたしはこれで失礼させてもらうよ。君達が旅の出会いに恵まれる事を祈ってるとも」

 

 そんな事を言い残して立ち去った。

 目が見えないにも拘らず、誘導杖も無しに確かな足取りで進むヴェイグの背中を見送る。

 そして漸く去ったヴェイグの代わりにアシュナが現れ、

 

「やっとご飯食べられる」

 

 厄介者が立ち去ったと言わんばかりに適当な料理を口に運ぶ。

 スヴェンはそんなアシュナに視線を向け、

 

「そういや連中は監視員がどうの言っていたが……どうした?」

 

 質問に対してアシュナは咀嚼していた食べ物を呑み込んでから答える。

 

「簀巻きにして騎士団に預けた」

 

 予想していたアシュナの行動と判断にスヴェンは舌を巻く。

 アシュナは殺さず無力化という選択肢を選んだ。敵となれば誰構わず殺してしまうスヴェンとは違い、まだ幼いながらもアシュナの方が利口的に思えた。

 しかし、無力化した邪神教団が生きている点にはどうしても懸念が拭えないのも仕方ないと言える。

 

「いい判断だが、連中に悟られてはねえか?」

 

 正体が露見していないか。それがスヴェンにとって最大の懸念だった。

 その意味でも訊ねるとアシュナは胸を張って、

 

「気付かれる前に気絶させたよ」

 

 悟られてはいないと主張した。同時に褒めて欲しそうな眼差しにスヴェンは眼を背ける。

 

「褒めてもらいてえならミアに頼め」

 

「ケチ。でもミアでいいや」

 

「あれ、もしかして私で妥協された? でもアシュナは偉いよ、本当に。あの時スヴェンさんを連れて来てくれなかったらどうなってたことか」

 

 自爆をまともに食らって薄れ行く意識の中、スヴェンは自身を抱えてミアの下に跳ぶアシュナの姿を見た。

 小さな身体で大の大人を運べる腕力が何処に有るのか? そんな疑問も有るが、結局アシュナとミアに生命を救われた事実には変わりないのだ。

 

「あん時は世話になったな」

 

「それがわたしの仕事」

 

「そうかい、次もその調子で頼むわ」

 

 正直に言えばスヴェンはミアとアシュナの同行を快くは思っていなかった。それはいくらレーナの采配であってもだ。

 しかしミアとアシュナの何方が欠けていれば、スヴェンは最初の町で早急に脱落していたことになる。

 結果論に過ぎないが、こうして生き永らえた事実が二人を認めざるおえないのだ。

 スヴェンは感謝の言葉を浮かべたがーー性に合わねえ。

 決して頭に浮かんだ感謝の言葉を口にすることはしなかった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 注文した料理を食べ終え満腹による幸福に満ちた頃、スヴェンは改めてアシュナに訊ねる。

 

「ラオには報告したのか?」

 

「したよ。今頃騎士団が地下遺跡に向って異界人と子供達の回収に動いてると思う。あと伝言を預かってるーー」

 

「『この地の事は任せて旅を続けるといい』って」

 

 確かにラオの伝言を聴いたスヴェンは頷き、同時に思案する。

 まだ地下遺跡内部に潜伏している邪神教団とラオ達が鉢合わせになる危険性も十分に有るが、気絶させた子供を全員連れ出すには騎士団が適切だった。

 それにとスヴェンは思う。地下遺跡内部に放たれた亡者の処理、邪神教団の死体の処理も彼らに任せていいと。

 後始末中の地下遺跡を一時的に封鎖する必要も有るだろう、それを円滑に行えるのは信望も厚い騎士団に置いて居ない。

 そもそも異界人に施設を一つ封鎖する権限も信頼も無い。

 

「そんじゃあ後の事は任せて、俺達はのんびり過ごすとするか」

 

「それが良いよ。正直スヴェンさんは戦える状態でも無いし、今日一日ゆっくり療養しなきゃ」

 

 治療魔法で重傷は治ったが、失った血液と体力は戻らない。

 これ以上の労働は本来の目的そのものに支障をきたしかねない。なら今日は療養に専念させ、メルリアを出発するに限る。

 

「なら明日にでも此処を発つか」

 

「メルリアの次は、ハリラドンで一日かけてルーメンっていう農村だね」

 

 ルーメンに到着するまで一度野宿を挟む。下手をすれば守護結界の領域外ーーモンスターが蔓延る地域で野宿を迎えることになるだろう。

 スヴェンは野宿の危険性を充分に理解したうえで、

 

「流石にハリラドンも一日中走れねえか」

 

 一日走れればどんなに楽か、そう愚痴るとミアが困り顔を浮かべる。

 

「無理だよ。どんな悪路でも踏破しちゃうけど、脚も速い分脚にかける負担もすごくて最大六時間しか走れないんだ」

 

「……充分過ぎるな」

 

 ハリラドンが乗り物として重宝されている理由の一旦にあ触れ、感心せざるを得ない。

 ふとミアが不安そうな視線を向けている事に気付き、スヴェンはそんな視線を鬱陶しいと感じながらも理由を聞く。

 

「何が不安なんだ?」

 

「えっと、ルーメンは前に異界人に酷い目に遭わされて……それで異界人を嫌うようになったからトラブルは避けられないかなって」

 

「……まあ、仕方ねえだろ。他人とは言え異界人が引き起こした問題は俺達異界人に巡り回って来るもんだ」

 

 スヴェンは『非常に面倒臭いこの上ないがな』と付け加え、もう一つ気掛かりな点が頭に浮かぶ。

 それはラオ達が気にしていた紫色の髪をした女性のことだった。

 ラオ達は接触したのか、それとも既に町を離れたのか。あるいは邪神教団と接触し同行したのか。

 スヴェンにはその点が気掛かりで、しかし確かめようがない状況にひと息吐く。

 そしてふと酒場の窓から外に視線を移すと、涙ながらに子供を抱き締める大人達の姿が映り、

 

「案外速く片付いたんだな」

 

 何となくその光景を眺めるが、何の感情も湧かない。単なる第三者の視点に過ぎない感想にスヴェンはゆっくりと視線を外した。

 その視線の先に何か言いたげなミアの様子に、

 

「何か言いたそうだな」

 

 誰も酒場に居ないからこそスヴェンは質問した。

 するとミアはぽつりと呟く。

 

「今回邪神教団が誘拐した子供達の中には、アメを媒介に洗脳魔法を施された子供達も居るから……その子達はまだ親の下に帰れないんだなぁって」

 

「そいつはアトラス教会に任せるしかねえだろ。……だが、洗脳魔法を解除した後が大変だろうな」

 

「後が大変ってどういうこと?」

 

「ガキが手に握っていた短剣には血痕が付着していたろ、それも人を刺殺した量のな。洗脳時に意識が残っているかどうかにもよるが……一度殺した罪悪感は忘れらねえもんさ」

 

「……精神面のケアもアトラス教会に任せるほかにないなぁ。傷付いた精神は治療魔法で癒してあげることもできないから」

 

 項垂れるミアにスヴェンは何も言わず、ただ黙って思い悩むミアを見守った。

 彼女の悩みに外道のスヴェンが何かアドバイスするのも違うと思えたからだ。

 とは言え、食事も済んだ状態でいつまでも酒場に留まっては店員に不審にも思われるだろう。

 

「悩むのは良いが、そろそろ行くぞ」

 

 そう呼び掛けるとミアは立ち上がり、そしていつの間にか姿を消していたアシュナに二人は思わず顔を見合わせては苦笑が漏れた。

 一先ずメルリアの地下遺跡に潜伏していた邪神教団は壊滅した。その残党や亡者と異界人は魔法騎士団に任せ、二人は明日に備えサフィアに戻る。


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