豪邸に入った二人はメイドの案内に従って廊下を進んでいた。
スヴェンは上階から鋭く魔力量の高い人物の気配、豪邸内から使用人と思われる気配。
そして地下から感じる複数の気配を察知しながら廊下を観察する。
骨董品で飾り付けられた豪邸の廊下は窓の外から覗けば、貴族の趣味による装飾と認識される事だろう。
廊下を歩くスヴェンと大男はメイドに北廊下の最奥に案内され、行き止まりの壁に大男が訝しむ。
目の前の壁はただの壁じゃない。魔法で隠蔽された壁だ。
豪邸を購入後に魔法で拡張したのか、それとも最初から隠し通路を設計していたのか。
後者に関しては邪神教団の協力者による物だと推察できるが、単に非常時の避難通路の可能性も捨て切れない。
推察するスヴェンの隣で大男がメイドに眉を歪めながら問いかける。
「おいおい、メイドさんよ行き止まりじゃないか」
「ご心配無くこちらで合っておりますので」
メイドが最奥の壁に手をかけ小さく詠唱を唱えた。
「『我が告げる、隠匿されし道よ現れよ』」
メイドの詠唱に応じて最奥の壁に魔法陣が浮かび上がり、壁が消え地下へ続く階段がその姿を現す。
驚く大男を他所にスヴェンは内心でため息を吐く。
相変わらず邪神教団は地下が好きなようだ。少なくともこれまで対峙した邪神教団の信徒も司祭も決まって地下を活動拠点に使っていた。
芸が無いとも言えなくも無いが、元々奈落の底で育った彼らにとって故郷と近い環境が好ましいだけなのかもしれない。
同時にスヴェンは地下から感じる六十に近い気配に此処で間違いないと結論付けた。
誘拐された人々と雇われの居場所は判明した、後は上階から感じる気配の持ち主を確かめるのみ。
その為にはこの場所から自然な形で離れるのが得策だ。
「あー、悪いが先に行っててくんね?」
「なんだぁ? 今更怖気ついたのかよ」
大男が強気な口調でそんな事を言うが、彼の足は震えていた。
この先に進めばもう後戻りできないと理解してか。スヴェンはそんな彼の震えを指摘せず肩を竦めるながら答える。
「トイレだよ」
「トイレかよ、じゃあしょうがない」
ーーコイツはマジで犯罪に向いてねぇなぁ。
人を疑いもせず、むしろこちらを気に掛ける眼差しまで向ける始末だ。
しかし彼には嘘でも引き返せなどと言う事は許されない。
スヴェンは外から動く複数の気配を感じ取り、来た廊下を引き返す。
此処に留まれる時間も残り僅かだ。早急に調べて離脱しなければ面倒になる。
戻って来た廊下の窓から外に視線を向け、豪邸の塀を登り庭に侵入する騎士団の姿と雑な警備にため息が漏れる。
既に侵入した騎士が茂みに身を隠しつつ、警備の死角から襲撃を仕掛けた。
剣の柄で後頭部を強打された警備は地面に倒れ、そのまま茂みに隠されるーー騎士甲冑の音で気付かれるとは思うが、まぁ騎士が相手じゃあ保たねえな。
スヴェンは背後の壁際からこちらの様子を窺うメイドの視線を感じ取りながら床を駆け出す。
▽ ▽ ▽
階段を駆け上がり、気配が移動してる様子に速度を速め廊下を駆ける。
だが廊下の部屋から出て来た使用人がこちらを見るやナイフを構え、
「主人様の下へ向かう者は誰で……っ?!」
言い終える前にスヴェンの拳が使用人の腹部に深く突き刺さる。
骨が砕ける音と共に使用人が床に倒れ伏す。
スヴェンは使用人からナイフ一式を奪い取り、気配がする二階北廊下の最奥の部屋に急ぐ。
感じる魔力量から司祭かそれに近い立場の人物かもしれない。当たりならそれで良し、外れなら拷問して情報を吐かせるだけ。
スヴェンがドアを蹴り開け最奥の部屋に入り込むが、そこには既に誰も居らず開け離れた窓から風が吹き込むばかり。
ーー気配が上から感じるってことは窓はブラフだな。
問題は何処から脱出したのかだ。スヴェンは周囲を見渡し部屋を観察する。
本棚の床には本棚を動かした痕跡も擦った後も無い。加えて魔法陣も無いため普通の本棚だ。
壁に飾れた絵画、剣を模った装飾品にも怪しい所は無い。
それなら遺す場所は暖炉だけ。
廊下から喧騒と聴こえる剣戟の音、慌しく駆け付ける金属音が響く。
時間が無い。スヴェンは閉めたドアをソファと横倒しにした本棚で塞ぎ、急ぎ暖炉を覗き込む。
すると暖炉の中は煙突を登るための梯子が隠されていた。
まだ気配は上から感じるが一本道の煙突を登り切る前に気付かれるかは賭けだ。
ドアを叩く音にスヴェンは梯子を急ぎ登る。
半分ほど登った辺りで轟音が、騎士がドアを突破したことを告げる。
しかし騎士が煙突に気付く前にスヴェンは梯子を登り切り屋上に出た。
梯子をナイフで切り落とし、後続の騎士が到着する事を防ぐ。
そしてスヴェンが屋上を見渡すとそこには誰も居なかった。
屋上から辺りを見渡せば、黒い外套で素顔を隠した人物が庭から脱する背後姿が見える。
背丈、気配と魔力は覚えた。後は騎士団に接触せず追跡するだけ。
スヴェンは自身の気配と魔力を極限まで抑え、屋上から助走を付けて近場の民家の屋根に飛び移る。
豪邸から離脱したスヴェンはラスラ司祭と思われる人物の尾行を開始するのだった。