案内された地下室で雇主を今か今と待ち続けて数分。
大男は牢に閉じ込められた人々にフードの中で罪悪感に塗れた表情を浮かべていた。
金さえ有れば病気の娘を救えた、魔法大国エルリアに国籍を移して引越ていれば娘を救えたはず。
知らない土地で娘の治療と生活、それ事態は構わなかったがパルミド小国がそれを許さなかったのだ。
ただでさえ国益に乏しく貧しいパルミド小国、蔓延的に蔓延る汚職と腐敗に汚染された執政官や家臣が労働者を簡単に手放す筈も無い。
それでも大男ーー ゼオは医者が提示する金額を稼ぎ、薬を買うことで娘の延命を図ったが速くに気付くべきだった。
医者も金欲と権力にしがみ付く亡者だったということに。
ゼオが娘に与えた薬が効かないことに気付いた時には、医者は首都カイデスに逃亡し懇意にしていた貴族に保護されどうすることもできず娘は亡くなり、家財までも税金として徴収される始末。
復讐しても娘は戻らない。力も権力もない絶望感が次第にゼオの心を蝕むにはそう時間も掛からなかった。
何もかも失いヤケクソ気味に野盗に身を落とし、行商人から掠奪目的で襲撃もしたが結局娘の死に顔が罪悪感を刺激して掠奪もできず。
ーーな、にやってんだろうなぁ。
牢の中で身を寄せ合いながら啜り泣く少年少女達の姿がより一層ゼオの罪悪感を刺激するには充分だった。
だが一度選んでしまった道は簡単には引き返せない。此処に居る三十九人の雇われから誘拐された彼等を逃す術も無い。
無力な自分自身に心底嫌気がする中、地下室の階段の方から騒ぎ声が響く。
全員何事かと武器を手に出入り口に警戒を浮かべる。
緊張感から汗が流れる同業者達を尻目にゼオは冷静に此処が何処なのか思い出す。
ここは魔法大国エルリアのエルリア城下町だ。きっと城下町の騒ぎを聞き付けてエルリア魔法騎士団が出動したのだろう。
つまり此処に突入するのはエルリア魔法騎士団だ。大国の中でも充実した戦力と装備を備える騎士団を相手に自分達が生き残る術は無い。
地下室の階段から重い金属音が鳴り響く。それは犯罪者にとって正に死神の足音だ。
ゼオは敢えて武器を構えず、狼狽えるメイドに視線を移す。
雇い主と直接繋がりがありそうなメイドが、
「……入り口は我々しか知らない魔法で秘匿されてるはず」
震えながらそんな事を小声で口にしていた。
彼女に質問したいことは有るが、既にそれを許される状況では無かった。
金属音が既に目前のドアまで迫り、鞘から剣が引き抜かれる音が聴こえる。
ドアの外から僅かに聴こえる複数の吐息に雇われた同業者達とメイドが一斉に魔法の詠唱に入る。
開け放たれるドアに向けて地下室全体に構築された魔法陣が同時に騎士を迎え討つべく放たれた。
爆撃、火炎、雷撃、水流、突風、土の弾丸、闇の波動、呪いが込められた刃が騎士に向けて殺到する中、ゼオは地下室の入り口で別れた名も知らない同業者を頭に浮かべる。
あの人物は無事に逃げられたのか、それとも捕まったのか。いずれにせよ彼から発せられる此処の誰よりも濃密な血と死の気配を漂わせる彼なら簡単に捕まることは無いと思えた。
刹那の間の思考から現実に戻されたゼオは深く吐息を吐く。
爆音が地下室に鳴り響き煙が全体を覆い隠す。
流石のエルリア魔法騎士団も待伏せから四十に近い魔法を撃たれては為す術がない。
少なくとも同業者はそう判断したのか、額の汗を拭いながらこう呟く。
「は、はっ! 流石の騎士様もこれだけの魔法は防げねえよなぁ!」
「そ、そうだよな! まだ残ってたとしてもさっきみたいに待伏せすればいいんだもんな!」
楽観の声が次々に挙がる中、ゼオは煙の中で唯一真っ直ぐ動く影を見た。
体格と背格好からして此処に案内したメイドに不信感が浮かぶ。
ゼオが注意深くメイドの動向を注視すると、メイドが煙に紛れて最奥の壁に魔力を送り込む。
何かが引きずられる音に全員の肩が跳ね上がる。
地下室に一瞬だけ吹き込む風とその方向に流れる煙。
やがて晴れ渡る煙にゼオはしてやられたっと表情を歪めた。
最奥に向かったメイドは忽然と姿を消し、唯一の出入り口では全く無傷の騎士が拳を鳴らす。
「ふむ、メイドが居た気がするが逃げられたな……チッ、連中の手掛かりになるやと踏んだが」
腰に大剣を差した大柄の騎士が気になる事を発し、足を踏み抜き魔力を纏った拳を繰り出す。
到底届かない拳の間合い。一瞬、誰かが小馬鹿にしたような笑い声を上げたがーー気付けばゼオ達は壁に叩き付けられ冷たい床に倒れ伏していた。
何が起きたのかわからない理解不能の攻撃。そもそも騎士はどうやってあの数の魔法を防ぎ切ったというのか。
「やぁ助かりましたよラオ部隊長」
「防御魔法が間に合わなければ負傷者は愚か、地下室が崩れていたな」
「お前達、呑気に喋っていないで手と足を動かせ」
ラオ部隊長と呼ばれた大柄の騎士による指示に部下が動く。
両手を魔封じの枷で拘束され、誘拐された人々が解放される光景にゼオは安堵の息を漏らす。
それが騎士に聴こえていたのか。
「……後悔を抱え罪を清算したいならエルリアは協力を惜しまない」
救いにも等しい囁き声にゼオは眼に浮かぶ涙を堪え、自身の犯した罪の重さに首を横に振る。
「……あの子が生きてたらこんな父親を赦さない。きっとちゃんと反省しろって怒られるよ」
そう騎士に返すと彼は何も言わず、最奥の壁を調べに歩み始めた。
そして連行される途中でこんな会話がゼオの耳に届く。
「部隊長殿、暴動の件も調査しますか?」
「手薄のエルリア城と姫様が気掛かりだが、このまま捨て置くという訳にもいかんか」
「既にエルリア城の防衛戦力を市民の安全確保と事件調査に割いてしまってますからね……ああ、でも今日は彼女が来てましたよね?」
「オルゼア王の一番弟子……いや、彼女は騎士団長すら寄せ付けないがまだ学生だぞ」
ラオ部隊長は悩ましげな表情で目前の若い騎士に告げる。
「仕方ないか。フリオ、貴殿に部隊を任せる。俺は姫様の警護に当たる」
「了解致しました!」
そんな会話をゼオは囚人を乗せる荷獣車に乗せられ、今回の事件に関与した同業者と共に監獄町に送られるのことに。