城下町を適当にぶらつき歩く標的にスヴェンは屋根で身を潜める。
豪邸から脱出したラスラ司祭と思われる人物の尾行を開始したまでは良かったが、現在の標的からは豪邸で感じた膨大な魔力が感じられず。
未だ野盗に接触する様子も見られない。
魔力に関しては隠蔽することも可能だ。しかし問題は野盗の方だ。
野盗による城下町襲撃は十六時三十分に発生するが、その間にラスラ司祭は接触か指示を出し終えていなければ五分後にエルリア城の襲撃が厳しい。
事前に指示を出し終えているなら頃合いを見計らって殺害する事も可能だが。
万が一まだ指示を出していなければ、未来が変わってしまう。
装備も無しに単独でエルリア魔法騎士団を相手にできるほど自分は強くは無い。
何よりも失敗は許されない。だからこそ現代で得た情報を有効活用し、自身がラスラ司祭と成り替わる他に影響を最小限に留める方法もないのだ。
あれこれ悩んでも仕方なければ、標的の尾行を続け様子を見るしか現状で出来ることが無い。
露店に並ぶ商品を品定めする標的、ふとスヴェンは気付く。
ミントが過去に時間跳躍してから大人しいことに。
「(大人しいが何か有ったか?)」
「(ぼくは霊体、話し掛けらるまで大人しくしてようかなって)」
念話魔法が使えないスヴェンがミントと会話するには、こうして誰も居ない場所でしか話せない。
仕方ないと言ってしまえばそれまでなのだが、契約した関係であまり雑に扱うのも信頼関係に関わる。
「(そうか、霊体のアンタなら標的の正体が判るか?)」
「(ラスラ司祭って人間のこと知らないけど)」
「(邪神教団か判れば良いんだが、奴め町中に出た途端魔力を隠しやがったからな)」
「(それならちょっと調べて来てあげるよ)」
そう言って霊体のミントはスヴェンの身体から出ると真っ直ぐ標的に飛ぶ。
ミントが標的の背後に忍び寄りーー標的が突如背後を振り向く!
突然のことに硬直したミントと周囲を見渡す標的ーー奴はミントの、悪魔の気配に反応したのか?
考え込むスヴェンを他所に標的の口が動く。
屋根からはっきり見える口の動き。スヴェンは読唇術で何を発しているのか読み解く。
「あ?『悪魔の気配? 勘違いか、邪神様に似た気配がした気がしたんだが……』……当たりじゃねえか」
ラスラ司祭と断言できないが、標的は間違いなく邪神教団だ。
このまま尾行を続けるか、ミントに情報を引き出させるか。
いや、後者は時の悪魔が城下町に居ることを知られてしまう危険性が高い。
ただでさえ存在感が無いにも等しい霊体状態のミントに気付きかけたのだ。そんな危険な真似は犯さないだろう。
標的がまた露店の商品に振り返り、涙目のミントがこちらに戻って来る。
「(び、びっくりしたぁ〜)」
時折りコイツは悪魔なのかっと疑うことが有る。
これまでに接触した悪魔は自身の力に絶対の自信を持ち、余裕さえ感じられたがミントは普通に泣く始末だ。
スヴェンは抱いた疑問をグッと呑み込んで涙を流すミントに声をかける。
「(まあ、あれは無理もねぇな。俺だって驚いちまう)」
正直に言ってしまえば標的がミントの存在に気付きかけたのはこちらにも予想できなかった不意打ちだ。
だから驚くのも仕方ないっとフォローすれば、ミントが涙を拭う。
「(う、うぅ〜悪魔に対する気遣いが、身に染みるよぉ)」
「(余裕が出たな? なら早速アンタが確認して来たことを話せ)」
「(判ってるよ。彼は間違いなく邪神教団、それも邪神の祝福を宿してる)」
スヴェンは未だ商品を品定めしている標的に視線を移し、注意深く観察する。
しかし魔力が隠蔽されている影響か、邪神の祝福を受けているか如何かは全く判らない。
「(俺には判らねえが、アンタには判るのか)」
「(忘れたのかなぁ? ぼくの創造主は邪神とアトラス神だよ)」
「(そうだったな。ってことはアンタの中にも邪神に似た気配が漂ってんのか?)」
「(気配は無いけど、創造主の断片ぐらいは判るものだよ)」
ドヤ顔で語るミントにスヴェンはそういう物っと認識し理解する。
ミントの邪神に対する察知能力は新たに邪神の祝福を受けた司祭が現れない限り活用できないことを。
ますます現代に帰ってから契約を継続する理由も意味も見出せない。
やはりミントとの契約は今回限りで終わりだっと内心で結論付けたスヴェンは、漸く歩き出す標的に動く。
屋根から飛び降り、地面に着地しては人混みに紛れながら標的の尾行を再開する。
時折り暗示によって暴れ出す住人や店主が騎士に制圧され、暗示が解かれる光景を幾度なく眼にすればーー標的が歩む速度が早まる。
妨害と戦力の分散に利用していた住人が解放される光景に焦りを抱いたのか。
標的が城下町を囲む壁を飛び越えることで平原に出る。
ーー野盗と接触するつもりか。
スヴェンは壁の頂上から標的の移動先を見据え、誰にも悟られないように気配を殺しながら標的の後を追う。