黒い外套で身を隠した長身痩躯の男は、エルリア城下町から一時間程歩いた平原の岩陰で立ち止まる。
辺りを見渡して人が居ないことを確認した男は地面に魔法陣を描き詠唱を唱えた。
「『我と契約せし者よ、呼び掛けに応じ現れよ』」
光り輝く魔法陣から次々と姿を現す武装した野盗の一団。
召喚に応じた野盗集団が今か今かと戦意を激らせ、彼らの様子に男は口元を歪める。
「諸君、招集に応じてくれたことに先ずは感謝しよう」
感謝の意を告げながら男は野盗に指示を出す。
「諸君らには16時にエルリア城下町に攻め込んで貰う。危険な仕事では有るが、現在手薄のエルリアを攻め落とせれば野盗の国の建国も夢ではないぞ」
犯罪を善とする国を持つことが彼らの夢だ。夢の為に悪事に手を染める輩ほど扱い易い者はいない。
男は雄叫びを挙げる野盗を内心で見下すと。
「ラスラの旦那! もしも王族を捕えたらどうすりゃあ良いんっすか?」
野盗の一人がこちらの名を呼びレーナの処遇に付いて訊ねて来た。
邪神教団を壊滅に追い込んだオルゼア王の娘。彼女もまた強大な魔力とカリスマ性を持つ危険人物だ。
幼子とはいえ此処で死んで貰わなければ後々に邪神教団は壊滅的な被害を受ける。そんな予感にラスラは処遇を告げた。
「殺せ。生かしては後々の脅威になり得る。それにだ、レーナの死は他国に打撃を与えるだろう」
ラスラの冷徹な声に野盗は身を震わせながら嗤う。
「野郎ども! 出陣だ! ラスラの旦那の計画通りに俺達は動くぞ!」
先陣の頭目の雄叫びに野盗は四方に散らばるように進軍を開始した。
現在時間は十四時三十分。
計画決行まで時間は充分に有るが、野盗を使ってエルリア城下町を予定通りに四方から攻め込ませる。
そうすることでエルリア城の防衛に当たる騎士団は、市民の避難と守護の為に出陣する筈だ。
手薄のエルリア城に侵入しレーナに【死の呪い】を施しエルリアという国を壊滅に追い込む。
魔法大国エルリアの壊滅は他国の王族の戦意と対抗心を根本からへし折るには充分な効果を発揮するだろう。
しかし呪いを施すにも問題が有る。【死の呪い】は対象に触れること。
そしてもう一つーー問題は対象に呪いがどれほど効果を発揮するか、だ。
レーナのフルネームはオルゼア王とアリシア王妃しか知らず、前者はエルロイの魔法によって何処かに飛ばされ行方不明に。
後者は急死してしまいレーナのフルネームを知る手段が無い。
だが邪神から授かった【死の呪い】は解呪不可能の呪いだ。例え術者が死んでも解呪は出来ないが心中するつもりはない。
「呪いに即効性が無いとなれば……」
何処か遠くに逃亡する事で身の安全を測り、邪神教団との定時連絡はするが接触も避ける。
そうする事で自身の足取りを完全に途絶えさせ確実にレーナを殺す。
それが何年掛かろうとも確実に邪神復活に繋がる計画を遂行する。
ラスラが計画を頭に浮かべるとポケットが怪しげな光を放つ。
邪神教団の司祭間で連絡を取り合うための念話魔法陣を記した紙にラスラは、ため息を吐き肩を竦める。
「今は計画を邪魔されても困るからな。疑惑の有る貴様らと連絡を取り合う気は無い」
邪神教団は内部分裂を起こしている。残ってる司祭がどちらに属するのか、ヘルギム司祭は確実に自身と同じ過激派だがエルロイ司祭がどちらか判らない。
あのエルロイ司祭が立てた計画で邪神教団は壊滅的被害を受けたのだ。永年教団を支えた功労者にして設立者の一人だとしても信用などできない。
ーー信じたかったが無理だな。
それに計画の為にラスラは邪神教団の資金を無断で持ち出した。
豪邸を買い野盗崩れやそこら辺の荒くれ者を雇い、野盗を唆すには充分な資金だ。
エルロイ司祭が穏健派なら必ず資金の無断使用を理由に断罪するはず。
それではエルリアを落とす機会が遠く。
同時にラスラは判っていた。この計画があまりにも無謀で賭けに等しい危険な行動であることも。
安全策を取るなら戦力を整え、邪神の司祭選定を待つ。
しかしそれはエルリアを立て直す時間を与え、レーナに戦闘技術と魔法技術を与えることになってしまう。
何よりも尤も恐るべきは、忘却の呪いからオルゼア王が回復することだ。
戦力を整えている間にオルゼア王が帰還してしまえば、彼は即刻邪神教団の殲滅に乗り出すだろう。
だからこそ資金を持ち出してでもレーナだけは確実に殺さなければ邪神教団は何処かで致命的な損害を受ける。
その為だけに野盗崩れ、荒くれ者、自身に従う信徒を捨て駒に利用したのだ。
何としても成し遂げなければ。強迫観念に苛まれながらラスラは計画の妨げになる何かその見落としが無いか思案した。
ーー可能性は二つ有るな。
豪邸で一瞬だけ感じた気配と城下町で誤認した邪神の気配に思考を傾ける。
前者はエルリア魔法騎士団が潜伏させた騎士か、それとも自身が知らない第三勢力か。
あるいはエルロイ司祭が寄越した刺客の可能性も捨て切れない。
そして後者は自身の勘違いだ。勘違いでなぜエルリア城下町で邪神の気配を感じ取ったのか疑問が生じてしまう。
封印の鍵によって封じられた邪神と邪神眷属。彼等が自力でアトラス神の封印から脱すことは不可能だ。
ならあの気配は過去に邪神によって創造された悪魔なのだろうか?
ーーあの町に悪魔を使役する者が居るというのか?
そこまで思考を浮かべた途端、ラスラの背筋が凍る。
背後に聴こえるのは足音だけ。
気配も魔力も殺意さえ一切感じられないが確実に背後に何者かが居る。
ここまで気配を気取られず接近した何者かが、わざわざ足音を鳴らしてだ。
ラスラは息を調え振り向くーーそこに人の姿は無い。
だが確実に付近に何者が潜んでいる。
開けた平原、身を隠すには不向きなこの場所と環境で。
ラスラは警戒心を最大に自身の魔力を解き放つ。
何者かは知らないが計画の障害は排除する。確実に殺す意志を瞳に宿したラスラは漸く動き出す。
自身の計画を遂行させ邪神教団を次に繋げるために。