ラスラが振り抜く魔力の刃をスヴェンが魔力を纏わせた拳で弾き、斬り返す魔力の刃をまた弾く。
その度に脇腹の傷口から血が流れ出る。
鮮血が平原を汚しラスラの口元が歪む。明らかな愉悦感と目前の勝利、だが容赦の無い攻めは決して油断していない現れ。
まだ向こうはこちらに隠し種が有ると踏んで警戒しているのだろうが生憎と隠し種はもう無い。
有るのは傭兵として培った経験だけ。スヴェンは真横に薙ぎ払われる魔力の刃をナイフで受け止める。
ナイフの亀裂が広がる中、魔力の刃を弾き返したタイミングでナイフが砕け散る。
スヴェンは舞う破片を魔力を流し込んで親指で弾く。
鋭利な破片が高速でラスラに次々と突き刺さり、僅かな血が舞う。
ラスラが魔力の刃で剣戟を繰り出しながら、
「破片で反撃……面白いことをする!」
称賛に近い感情を露わに語り出した。
スヴェンにとって破片を使うことも当たり前のこと。故に称賛とは受け取らず無言でラスラの剣戟を捌きながら思考する。
これで武器は使い切った。また障壁が展開されたら今度は自身の残りの魔力と拳で突破するしかない。
じり貧な状況、時間もそうかけていられないが焦りは禁物だ。
戦闘で焦る者は早死にする。常に冷静を心掛け相手の攻勢を一つ一つ確実に防ぐか避ける。
ラスラの剣戟を防ぎ、避け確実に拳を叩き込む。
「らちが明かないなっ!」
幾ばくかの攻防に痺れを切らしたラスラが魔力の刃に更に魔力を送り込む。
大剣サイズまで形成させたラスラは大振りに振りかぶる。
あの魔力量は拳では防ぐことは叶わないが、大振りゆえに振り抜きが遅い。
動きが遅いからこそ生じる隙を見逃すほどスヴェンは甘く無い。
拳に纏った魔力を操作し魔力の糸を細かく形成する。
人を両断するほどの強度も無いが、動きを一時的に止める事は可能だ。
スヴェンはラスラに駆け出しながら指先で密かに魔力の糸を操る。
振り抜かんと腰を軸に捻るラスラ。
スヴェンは魔力の糸をラスラの腰から両腕にかけて伸ばし絡め、一気に引っ張ることで絡め取る!
魔力の糸に人を拘束するだけの強度は無い。だが一瞬だけ動きを止め隙を作ることは可能だ。
腰を捻った体勢で動きを止めたラスラは、
「動かん……なんだ? 何をした?」
困惑に口元を歪めた。
極限まで細めた魔力の糸は透明も相まって肉眼で視認が難しいが、魔力を使っている以上は察知も可能であり魔力の視覚化を利用すれば視認できる。
魔力の刃を維持することに精神力と集中力を割いているラスラが、困惑した状態で最適な選択を取る可能性は充分に有り得るが既に遅い。
スヴェンの手刀がラスラの胸を貫き心臓を掴む。
「がはぁっ……お前は、一体、誰なんだ?」
ラスラの最後の問い掛けにスヴェンは答えない。
血反吐を吐き散らしながらラスラの口元が歪む。
ラスラが残された僅かな時間で魔力を過剰に操作する。
それは魔力暴走を引き起こすための魔力操作だ。自身諸共自爆で道連れにする魂胆にスヴェンは冷徹な眼差しで掴んでいた心臓を握り潰す。
そのまま腕を引き抜き、夥しい鮮血が舞い絶命したラスラが地面に倒れる。
スヴェンはラスラの頭部に足を挙げ、そのまま踏み抜くことで彼の頭部を潰した。
これで平原に倒れているラスラの死体は誰なのか判らない。
エルリア魔法騎士団では正体不明の惨殺死体として処理されるだろう。
「……次はエルリア城か」
エルリア城に振り向くと霊体のミントが疑問を顕に問いかける。
「ここまでする必要有るの?」
ラスラの殺し方に疑問が生じるのは仕方ないことだ。
心臓を潰した時点で片付いたにも関わらず更に頭部を踏み潰す。到底まともな人間が行う殺し方じゃない。
「過去改変を最小限に留めるためにだ」
「えぇ? だってラスラを殺した時点でレーナって人が呪いを受ける事実は無かったことになってるよ」
「エルリア城襲撃事件そのものが起こらない影響ってのは予測が付かねえ」
「それは……まあ人間は苦難や無力を体験して成長するって言うけど」
エルリア城出撃事件で間違いなく多数の目撃者が居た。
その中にはフィルシスも居たことは彼女の口から語られている。
それにレーナは寂しさから竜王を召喚契約したと聴くが、襲撃事件をきっかけに王族として民を護り抜くために竜王を召喚契約した可能性が高い。
「念には念をだ。俺は今からラスラを名乗りエルリア城を襲撃する」
「……ぼくは契約者に従うよ。でもその前に傷と汚れは治さなきゃね」
そう言ってミントが詠唱を唱える。
「『時よかの者が負いし傷を消し去りたまえ』」
スヴェンの足元に出現した魔法陣から時計が現れ、時計の針が逆巻に動くと脇腹の傷口が最初から無かったかのように消えた。
治療魔法とも根本的に違う巻き戻しの応用。傷口を対象を時間を限定的に戻す魔法にスヴェンは息を吐く。
「……便利なもんだな」
「擬似的な不老不死だって夢じゃないよ! どう? ぼくと未来永劫暮らすのも悪くないと思うんだけど」
奪う側として人は生が許す限り生き続けて殺した者に対して贖罪を果たす義務が有る。
だがそこで不老不死になるのは違う。それは正に生命と殺した者に対する冒涜だ。
人を殺した挙げ句の果てに不老不死に成り下がるようではモンスターと変わらない化け物だ。
「冗談抜かせ、人ってのは限り有る命が有るからこそ輝くもんだろ」
スヴェンはミントの誘いを一脚しラスラの死体を探る。
彼も自身の素性が露呈することを恐れたのか、身分証や正体に繋がる物は所持していなかった。
しかし彼は連絡手段を用意していたが、これを利用しない手はない。
スヴェンはラスラのポケットから魔法陣が刻まれた紙を取り出す。
そして魔法陣に魔力を流し込み、喉を調整する。
『やっと出たか。ラスラ、お前は今何処で何をしている?』
エルロイの声にスヴェンはラスラの声で応答した。
「エルリア城だ」
魔法陣越しからエルロイの困惑ととも取れる息遣いが伝わる。
『……なに? エルリア城だ、と? ……お前、それで資金を持ち出したのか』
「ああ、計画はまもなく完了する。だから邪魔するな」
『今は立て直しが急務だろうに……それで仮に計画が完了した所でどうするつもりなんだ?』
「しばらく連絡を断ち身を隠すさ、そうだな足が付くと面倒だ。定時連絡にも応じることは無い」
『……そうか、お前の席は残して置く。ほとぼりが冷めたら戻って来い』
エルロイがそう言って向こうから念話魔法を切られたのか、彼の息遣いも魔法陣から聴こえない。
スヴェンは魔法陣が刻まれた紙を細かく破り捨て風に流す。
これで現代では確実にラスラは消滅し、過去の時間軸では生死不明となる。
尤も現代でラスラは邪神教団と十一年も直接接触することを避けていた。
その点を考慮すれば今回の雑な策が通る。
だが、ラスラが十一年の間に接触した人物に着いては調べようもないければその人物の人生が歪もうが、レーナを救う条件下ではどうする事もできない。
スヴェンは思考をほどぼとにエルリア城下町に引き返す。
あとは野盗の襲撃に乗じてエルリア城に潜入するだけ。