十六時、エルリア城下町に戻ったスヴェンは何食わぬ顔で人混みに紛れながらエルリア城の裏手を目指す。
城下町を護る外壁とは別に城壁に囲まれたエルリア城の侵入には、城壁を登る他に手段はない。
城壁から庭に降りて城の外壁を登り、レーナが居るであろう謁見の間を目指す。
そこにはきっと騎士や謁見に訪れた住民、行商人も居ることだろう。
スヴェンはエルリア城が近付く中、辺りから聴こえる声に耳を傾けた。
『誘拐犯が捕まったらしいけど、主犯はまだなんだってよ』
『あちこちで暴動も起きてるし……一体何が起きてるのよ』
『分かんないけどさ、オルゼア王を襲ったって連中が何か企ててんのかな』
『え、じゃあ狙いは姫様ってこと?』
『分からないけど、騎士団も居るんだから心配ないんじゃないかな』
主犯と暴動に対する不安の声。今回の事件がオルゼア王を襲った邪神教団の犯行と推測する者の声にスヴェンは感心を示す。
現代の情報が有るから先に知ってる状態だが、情報が無ければオルゼア王の件と今回の件を結び付けることは中々難しい。
だが、勘が鋭い者は手薄のエルリア城に対する計画的犯行だと気付くのだろう。
それでも騎士が居るから。彼等なら事件を解決してレーナの安全を護る。
信頼関係から生まれる楽観視ーー今までのエルリア魔法騎士団の功績と信頼が隙を生む要因となるのは、仕方ないとも言える。
誰の責任でもなく、ましてや回避が難しい隙だ。
仮に城下町に切れ者が居るならまた結果は違ったのだろうが、それでも切れ者は複数人必要だ。
スヴェンは思考を他所に目前に迫るエルリア城を見上げる。
ーー姫さんをこの手で傷付ける、か。
幼子の腹部を拳で貫く。それが戦場ならスヴェンは今まで通り難なく熟る。
だが見知った顔、自身の召喚契約者のレーナを。あの心優しい少女を傷付けることにスヴェンの心は珍しく葛藤を抱いていた。
それでも心を冷徹にやり遂げなければならない。
ーー他に方法を模索する時間もねぇか。
野盗がエルリア城下町を襲撃するまであと十分も無い。
それに魔法を修得していない自身だからこそ、今回の雑な成り替わりが成立する。
魔力を操りそれらしい詠唱を唱えながらレーナの腹部を貫くことで、現代でラスラがやった方法を模倣する。
そうすることでレーナが呪いを受けた事実だけを改変ーーいや、他にも少なからず影響は出るだろうが小さな改変は影響を及ばさねえはずだ。
未来を改変してしまう重荷と重積が今更になって重くのしかかる。
戦場ではじめて重要な任務を任された時以来の緊張と僅かな震え。
改変に対する覚悟はしていた。いや、違うのだ。
震えや重責は改変に対するものではない。スヴェンは自身の胸に手を当て眼を瞑る。
浮かぶのは眩しい笑みを浮かべるレーナだ。なぜあんなに笑顔が眩しいのかは未だ判らないが、彼女の笑顔が陰る姿も傷付く姿を見たくない。
ーーあぁ、そうか。傷付けることを恐れてんのか。
はじめてだ。誰かを傷付けることを恐れるのは。
実の両親を殺す以前から凍り付いた心が確かにレーナを傷付けることに対して罪悪感や悲しみを訴えている。
悲しみは三度経験し、罪悪感は覇王エルデに対して躊躇いと共に経験した。
そして今度はレーナを傷付けることに対する恐れを心が理解している。
それでもスヴェンは心を殺して非情に徹する。何処まで行けども自身は傭兵であり、心や欠けた感情が埋まった所で本質が早々変わるものでもない。
むしろ今は冷徹な判断力と思考力が必要だ。
迷いを断ち切りエルリア城に向けて一歩歩み出すと、四方から爆音が響き渡る。
視線を向ければ爆破された外壁から武装した野盗が手当たり次第に市民にその刃を向ける光景が眼に映る。
改変の影響を最小限に留める代償は過去で変わらず凶刃によって傷付けられ、殺され、心に傷を負う者達だ。
四方で起こる野盗に対する市民への攻撃に対してスヴェンは無感情のままエルリア城の裏側を目指す。
エルリア城から出陣する騎士、城下町で調査中だった騎士が野盗に対して分散する今こそが潜入の好機だ。
それを逃してしまえば何の備えも支援も無くレーナを襲撃することは不可能だ。
それでも手練れが多く残っているのは明白。
ーー気合い入れて行かねえと簡単に討ち取られるな。
特に特殊作戦部隊がどの時期から設立されていたのか不明瞭なため、彼等の奇襲を警戒する必要も有る。
スヴェンは注意すべき点を頭に浮かべ、裏側の城壁を足場に一気に駆け上がった。
城壁の頂上から見える城下町の戦闘、あちこちで立ち昇る煙と魔法。
そして逃げ惑う市民と襲い来る野盗に反撃する市民、騎士と野盗の魔法が飛び交う光景にスヴェンは視線を逸らす。
傭兵としての血が騒ぐ。あの場に、自身が求める居場所が
在ると。
だが、今は優先すべきことが有る。自身が生きる場所よりもーーレーナの命の方が大切だ。
スヴェンは騎士が駆け出す中。城壁から飛び降り中庭を駆け出す。