傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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3-14.ミアの独白

 鳥の囀りに目が覚める。

 備え付けの時計に眼を向けるとまだ朝の五時だ。

 二度寝したい所だが、スヴェンがいつシャワーを借りに来るか分からない。

 ミアはベッドの上で起き上がり両腕を伸ばす。

 

「う〜ん、早起きも悪くないかなぁ……うぇ?」

 

 ふと視線を動かすと椅子に座っていたアシュナと目が合い、情けない声が漏れる。

 アシュナは先に朝のシャワーを浴びたのか、湯気に包まれ濡れた髪をタオルで拭き取りながら、

 

「先に借りたよ」

 

 そう言っては白髪の髪を雑に扱う。

 折角の綺麗な白髪がもったいないと感じたミアは、アシュナに手招き。

 誘われるがままに近寄る彼女の頭からタオルを取り、目の前に座らせてから丁寧に髪を拭き取った。

 

「折角の髪がもったいないよ」

 

「めんどい」

 

 かわいい分類に入るアシュナはどうにも髪をぞんざいに扱う傾向に有るようだ。

 

「髪は女の命なんだから丁寧に扱わないと、素敵な大人になれないよ」

 

「……がんばる」

 

 彼女は大人に対して強い憧れを抱いている。それはオルゼア王への恩義から早く大人になりたい現れなのかは判らない。

 それでもまだ十歳のアシュナはよくやっていると思えた。それこそ治療以外で役に立たない自分とは違って。

 同時にミアは昨日の地下遺跡の事が頭に過ぎるーーもしもあの信徒に思いの丈をぶつけなければスヴェンが自爆に巻き込まれる事も無かったのかもしれないと。

 

 ーー思い返せば思い返す程にあの行動は軽率だった。

 

 アシュナの髪を拭き、乾かしながら後悔と反省の念が胸を締め付けると。

 

「ミアの治療魔法は凄いね」

 

 ぽつりとアシュナからそんな声が呟かれた。

 

「うーん、治療魔法は私の唯一の取り柄だからね。例え手足が千切れようとも元通りに繋げることもできるよ」

 

 

「才能の塊」

 

「逆に治療魔法以外はできないんだけどね」   

 

 自身の長所を伸ばすためにミアは人体構造を学び、その甲斐も有って外的要因の怪我なら癒せる程に。

 治療魔法が二人の役に立つなら喜んで使うが、それは同時に二人が負傷する事を意味する。

 動きが素早く注意深い二人ならそう簡単に負傷するとは思えないが、スヴェンに至ってはまだ魔法に対する経験が薄い。

 いくら元の世界の戦闘経験がーーそこまで考えた瞬間にこれまで戦闘で見せたスヴェンの顔が浮かぶ。

 

「……っ」

 

 ミアは息を呑み、手を止めた。

 そんな様子にアシュナが顔だけ向けては不思議そうに首を傾げる。

 スヴェンに対する印象、付き合い始めて一週間過ぎた自分と僅か数日のアシュナが受ける印象の違い。

 改めてその違いを再認識しておこうとミアは思案顔で訊ねた。

 

「アシュナはスヴェンさんにどんな印象を感じた?」

 

 突然の質問にアシュナは戸惑いを浮かべ、それでも彼女が答えるにはそう時間を要さなかった。

 

「敵に徹底して容赦無い鬼畜非道、群れるのを嫌がる狼?」

 

 表現に悩んだのか首を傾げた。

 確かにスヴェンは人と交流することを嫌がる。むしろ必要最低限の交流に留めている印象だ。

 それは元の世界に帰ることも起因しているのだと思っていたがーー違う、彼の本質がそうなのだ。

 確かに一匹狼という印象も受けるが、生きる事に直結する知識を貪欲なまでに取り込む。最初は生き抜く手段に対して勤勉な男性という印象も受けたがそれも違う。

 

「ミアはどんな印象? それともこれ?」

 

 アシュナが無表情ながら手でハートを形作る。

 確かにアシュナも恋愛に興味を抱く歳頃だが、それは無いと手を振り否定した。

 

「私が彼に抱いた印象は、タイラントや邪神教団と戦ってる時の彼はまるで此処が自分の生きる場所、居場所だと言わんばかりに楽しそうだった。うん、恐くはないんだけど言葉で表現できない印象かな」  

 

「そうなの?」

 

 アシュナの問いに頷き、ミアはスヴェンに対して考え込む。

 はじめてスヴェンの底無しに冷たい瞳の理由が分かった時でも有る。

 スヴェンは戦いの中でしか生を実感できない人なのだ。

 それが死闘であればあるほど、激しい戦場であればあるほどにスヴェンは生を実感できる。

 タイラント戦で見せたスヴェンの心の底から渇望していた居場所を得たようなーー楽しそうな凶悪な笑みがそう感じさせるのだ。

 そして地下遺跡の戦闘の時もそうだ。通路が亡者に埋め尽くされた時や、自爆に巻き込まれる直前でさえ。

 邪神教団の魔法が集中的に降り注いだ時もーー彼は確かに生を実感していた。

 恐らくスヴェンの表情の変化は無意識だと思うが、敵を撃ち倒した後のスヴェンが見せる瞳は、また底抜けに冷たい眼差しに戻るのだ。

 また居場所を失った寂しげな印象さえ受ける背中ーーなぜスヴェンさんはそんな感情を宿すの?

 ミアはスヴェンの過去に疑問を向けた。どんな過酷な環境だったのか、どんな経験をしたのか。 

 同時にノルエ司祭に告げられた警告が頭に過ぎる。

 

『あれは殺しに生きる哀しきモンスターだ。人の愛情など到底理解できない、戦うことに以外に意義を見出せない男だ。君がそんなモンスターに同行を続ければ、君自身に身の破滅を齎すだろう』

 

 人を見る眼を持つ司祭の言葉は、スヴェンをモンスターと評する程の過去が秘められているのだとミアはなんとなく察しーー破滅だろうと姫様の為を想えば怖くないわ。

 ノルエ司祭の警告を頭の中から追い出す。

 長く、それとも一瞬か。思考に耽っていたミアにアシュナの一言が現実に引き戻す。

 

「スヴェンは可哀想?」

 

 アシュナの憐れむような視線を否定する。

 

「それはスヴェンさんにとって最大の侮辱じゃないかな。彼は傭兵でそういう生き方しかできないかもだけど、それを自分で選んだのは結局のところ彼本人だから」

 

 スヴェンに対して恐怖を感じなければ憐れみも浮かばない。

 むしろ彼に見えた本質は戦場を彷徨う一匹狼。

 そんなスヴェンだからこそ、危険な魔王救出もやり遂げられるのかもしれない。

 それにレーナは言っていた『彼は私の立場を憐れみも否定もしない人だ』だと。

 その人の在り方や本質をスヴェンは重視しているのだと。

 そう内心でレーナと話した事を思い出していると、

 

「難しい事はよく分からないけど、なんとなく分かった」

 

 小難しい表情で眉間に小皺を作った彼女を小さく笑った。

 折角の可愛い顔がこれでは台無しだ。将来早めの老け顔になってしまう。

 

「小難しい話は終わりにして……はい、もう良いよ」

 

「ん、ありがと。ミアもシャワー浴び来たら?」

 

「そうさせて貰う。スヴェンさんとシャワー室でかち合ったら大変なことになっちゃうしね!」

 

「それは無いと思う」

 

 冷ややかで冷静なアシュナのツッコミにミアは黙り込み、そのまま着替えを手にシャワー室に向かう。

 その後、支度を済ませ程なくしてスヴェンがシャワーを借りに部屋を訪れーー彼の支度完了と共にメルリアの地を旅立った。

  

 ……出発前にレーナに報告書を送る事を忘れずに。


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