傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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29-7.過去の決着

 最小限の魔力を騎士剣に纏わせながらレーナを守護する氷結の大精霊に迫る。

 一瞬で間合いを詰めたスヴェンに氷結の大精霊は一切動じることも無く、むしろ余裕さえ感じさせる不敵な笑み浮かべ語り出す。

 

「凡人、3分間だけ相手にしてやろう」

 

 ただ冷静に冷徹に凍りの槍を大量に出現させた。

 無言詠唱から唱えられた魔法と生じる冷気が謁見の間を包む。

 この程度の冷気で身体が凍て付くことは無いが、窓に生じる結露に警戒心が向く。

 

 --無言詠唱ってことは僅かな水分から凍りを創れんだろうなぁ。

 

 大精霊なら自然を操ることなど動作もない。

 刹那の一瞬、浮かべた思考を頭の隅に魔力の刃を形成したスヴェンはそのまま凍りの槍ごと一閃を振るう。

 魔力の刃によって砕ける凍りの槍--宙を舞う凍りの破片が次々と形状を変えた。

 スヴェンが咄嗟にその場から跳躍する事で離れると凍りの棘が先程まで立っていた場所を貫く。

 斬撃を放つために構えを取れば、今度は頭上に影が現れる。

 僅かに視線を向ければ巨大な氷塊が頭上に出現していた。

 謁見の間を覆い尽くすほどの巨大な氷塊。床に降り立った瞬間、それはスヴェンの死を意味する。

 しかし何もしなければ結局は押し潰され肉片にされるだけ。

 だが床にはラオ、フィルシスと気を失う三人の騎士が居る。彼らを巻き込むことはレーナが許さない。

 

 --単なるこけ脅しって考えは危険か。

 

「氷結の大精霊、それだとみんな巻き込まれちゃう!」

 

 幼いレーナの叫びに氷結の大精霊が僅かに視線を移す。

 

「我が契約者の生命は絶対。血の匂い濃き襲撃者に慈悲は無し」

 

 冷たい眼差し。召喚契約者に向けるにはあまりにも冷たい眼をしているが、魔力の流れから確かな繋がりが有る。

 繋がりが有るがレーナは召喚対象の意識を完全に縛ることはしていないようだ。

 かと言って制御不可能という訳でも無いらしい。

 レーナの瞳に浮かぶ一筋の涙に氷結の大精霊が眼を見開く。

 

「あっ! あっ!! 涙目にならないでっ! ちょっと召喚されて気合いが入り過ぎただけだからねっ!?」

 

 焦る氷結の大精霊が氷塊を消したが、その代わりと言わんばかりにスヴェンの四方を凍りの刃が囲む。

 

「踊れ踊れ!」

 

 氷結の大精霊の号令を合図に凍りの刃が踊るように刃が迫り剣戟を舞う。

 宙では動きが制限されるがそれでもまだフィルシスの放つ斬撃よりは遥かに遅い。

 四方同時から繰り出される凍りの刃をスヴェンは魔力の刃を一閃することで砕く。

 そして騎士剣を腰に刺すように構え、練り込んだ下丹田の魔力を流し込む。

 その瞬間、目前に現れたフィルシスが一閃放ち--ラオが放った斬撃がこちらに迫る。

 魔力の鎧は防御手段としては使えるが、フィルシスの一撃は防ぎ切れない。むしろ魔力が底を尽きてしまう。

 魔力が尽きればレーナに対して呪いを掛ける振りが不可能となる。

 それを避けるためにスヴェンは敢えてフィルシスの一閃を騎士剣で弾き逸らし、ラオが放った斬撃が背中を斬り付ける。

 鮮血が舞う中、フィルシスが表情を歪め瞳を激しく揺らす--コイツが動揺するなんざ、やっぱ人が傷付くことには馴れてねぇか。

 

 フィルシスは強いとは言え、この時代の彼女は一学生の一般人だ。

 いくら頭で理解しようとも心は追い付かない。それがフィルシスに動揺として現れた。

 さっきは首を刎ね飛ばす勢いで一閃を放った彼女とは思えないが--だが、それはそれとして此処は戦場だ。

 スヴェンは生じたフィルシスに対する理解と疑問を足に込め、彼女を踵落としで床に叩き付ける。

 まともに入った一撃と衝突時の衝撃。これで暫く動けなくれば良い。

 次に床に着地したスヴェンはそのまま騎士剣を振り抜き、孤月の斬撃を連続で五発放つ。同時にスヴェンは動く。

 一発ずつ大剣で受け流し防ぐラオの背後に回り込んだスヴェンは騎士剣の峰でラオの首筋を強打することで意識を刈り取る。

 

「そ、んなっ……ラオとフィルシスが……あ、れ? 生きてるの?」

 

 二人を心配するレーナの温かく優しい声と疑問の眼差しにスヴェンは答えない。

 再び殺意を、今度はレーナに対して明確な殺意を解き放ち--彼女が過呼吸に襲われ、気絶してなるものかと意識を保つ。

 それには正直言って驚かされた。まだ五歳の少女が剥き出しの殺意に耐えて意識を保っているのだから。

 

「わ、私が倒れたらみんな、みんながっ」

 

 それがレーナを支える強さ。国民のために耐える意志の強さ。

 正直に言ってしまえばこの時点でスヴェンは騎士剣を放り投げて現代に帰りたい衝動に駆られていた。

 それでも一度決めたこと、現代の改変影響を前に止まることなど許されない。

 スヴェンは殺意を放ちながら高速で謁見の間を動き回る。

 絶えず残像を残し、氷結の大精霊の視線を誘導する。

 そしてスヴェンは高速で動き回りながら飛ぶ斬撃をレーナに放ち続けた。

 斬撃に対して氷結の大精霊がレーナを庇うように凍りの盾で防ぐ。

 斬撃を防ぎ続け、凍りの盾がひび割れ砕け散りまた造り斬撃を防ぎ続ける。

 しかし相手は大精霊。防ぎながら的確にスヴェンと残像に対して魔法を放つ。

 対象は謁見の間に存在する残像とスヴェン--凍りの槍が的確に迫る。

 避け切れない必殺の一撃にスヴェンははぁ〜っと息を吐く。

 もう騎士剣は折れかけの状態、それでは凍りの槍は防げもしない。

 

 --コイツは仕方ねぇ。後でミアに怒られるとするか。

 

 頭の中で騒ぎ立てるミアや呆れた顔を浮かべるラウル達の姿を浮かべながらスヴェンの腹部が凍りの槍に貫かれる。

 霞のように消える残像、血濡れで床に倒れ伏すスヴェンに氷結の大精霊がため息を吐く。

 

「人の子、特別な力を持ち合わせない凡人がよくもまぁ粘った」

 

 腹部を貫いた凍り槍が消え出血が増す。それでもスヴェンは何事もなく立ち上がった。

 腹を貫かれることも爆撃で吹き飛ばされようともまだ身体は動く。

 身体が動き生きている以上、作戦を完遂するまで戦い続けるのが傭兵だ。

 立ち上がったスヴェンに氷結の大精霊は狼狽え、漸く一歩退がる。

 超常の存在から冷静を一瞬だけ欠く方法の一つが、絶対の自信のもと放った必殺の一撃に耐え抜かれた時だ。

 尤もこれが最後のチャンスだ。故にスヴェンは地を蹴って氷結の大精霊の目前に姿を現す。

 そして騎士剣の一閃を氷結の大精霊に放つ。

 身体に刃の一閃を刻み、限界を迎えた騎士剣が砕け散る。

 これで手札は失ったも当然だ。あとは最後の一撃が効くか時間切れが訪れるかの賭けにスヴェンは氷結の大精霊に視線を向けた。

 視線の先で驚愕に表情をゆがめながら氷結の大精霊の傷口から魔力が抜け出ている。

 

「限界! 召喚姫さま、一時帰還をお赦しくださいっ!」

 

「ありがとう氷結の大精霊……ゆっくり休んでね」

 

 自身の心配など一切感じさせないレーナの笑みに氷結の大精霊も笑みを浮かべながら消えた。

 そしてレーナがスヴェンを真っ直ぐと見つめ深く息を吐き--やがて一筋の涙を頬に流した。

 殺されるかもしれない恐怖を抱きながらそれでも幼き姫は告げる。

 

「私をいくら傷付けても構わない……だけど民だけは傷付けないでっ」

 

 自身の身の安全など度外視にただ民の安全を懇願するレーナにスヴェンは無意識に足を止めた。

 あと一歩踏み込む。それで事が終わると言うのに、その一歩があまりにも重く遠い。

 葛藤と躊躇いが足を重くさせる。それでも続々と謁見の間に集う騎士、起き上がるラオとフィルシスにスヴェンはレーナに近寄る。

 

「姫様! お逃げください!」

 

「貴様ぁぁっ!! 姫様に何かしてみろ! 決して許さんぞぉっ!!」

 

 背中に向けれる騎士達の殺意にスヴェンは足を止める事なく、拳に魔力を纏わせながらレーナに告げる。

 

「『汝に死の呪いを』」

 

 無意味な詠唱を唱え、拳をレーナの腹部に振り抜く。

 幼い少女の腹部を魔力を纏った拳を貫いた。

 口から吐き出されるレーナの鮮血がフードに付着する。

 生温かい血の感触が拳に伝わる。

 

 --すまねぇ。

 

 内心で謝罪の言葉を口にしたスヴェンは倒れたレーナをそのままに、窓に向かって一気に跳躍し勢いのままに窓を破った。

 

『クソ! 治療師と解呪師を呼べっ!』

 

『まだ息が有る! 応急処置を開始するっ!』

 

 騎士の慌しい声を背中にスヴェンは、ミントに自身を元の時代に戻すように命じてその場から忽然と姿を消した。

 同時に謁見の間に残された襲撃者の血痕も消え、目撃していた騎士達は怒りと己の無力感に強く拳を握り締め、空を見上げた。

 

 --その後、レーナは地下広間に避難していた幼き見習い治療使いによって深手を癒され、一命を取り戻すことに。

 襲撃者の逃亡を許した事件は後にエルリア城襲撃事件と呼ばれ、エルリア魔法騎士団と臣下達の間で秘匿されることに。

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