魔王城の医務室のベッドで死んだように眠るレーナに異変が起こる。
身体を蝕み意識を闇の底に沈めていた呪いが突如消滅し、レーナの全身を覆い尽くしていた死の呪いが粒子共に消えた。
意識が覚醒し、目を覚ましたレーナは天井を見上げゆっくりと周囲に顔を動かすと。
「レーちゃん! 目が覚めたんだね!」
抱き付き涙を流すアルディア。
「おお、我が娘よっ! よくぞ目覚めてくれた!」
喜びを顕に大手を広げて喜ぶオルゼア王の姿にレーナは思い出した。
国際会議の途中で突如意識が遠退き倒れたこと。それが過去に受けた呪いの影響だったことを。
「私、呪いに浸食されて……えっと解呪はお父様達が?」
「……違うよレーちゃん。私達に死の呪いを解呪する方法が無かったの。それでも延命処置は施したけど」
「解呪方法に関してはフィルシスから聴くと良い」
フィルシスが解呪に関わっている。長年体内で潜伏していた死の呪いは解呪不可能な程までに呪いを強めていたことを考えれば、恐らく解呪肯定も一筋縄では行かないのだろう。
そう理解したレーナはエルリア城襲撃事件当時の記憶を掘り起こし、違和感に眉を歪めた。
「どうしたの? まだ気分が悪いなら寝てても良いんだよ」
心配そうに具合を気遣うアルディアにレーナはゆっくりと首を振る。
「違うの。私は確かにラスラ司祭に襲撃されて呪われたのは明確に覚えているのだけど……」
なぜかラスラ司祭に襲撃された時の光景と違って、長身痩躯に黒いフードを素顔を隠した人物が浮かぶ。
確かに記憶の中のラスラ司祭は素顔を隠していたが、なぜかそれがラスラ司祭とは思えない。
それにラスラ司祭の拳に腹部を貫かれ死の呪いを受けたが、呪いなど最初から受けていない事実に記憶が書き変わっている。
奇妙な感覚と違和感、記憶の齟齬にレーナはフィルシスの策が何か影響を及ぼしたのだと推測を立て。
「悪いけれどフィルシスと二人だけにして貰えるかしら?」
「うむ、あまり人に聞かせるべき話では無いからな。アルディアもそれで構わないか」
「良いよ、推測通りなら世間に知られてダメだもんね」
一体フィルシスは何をしたのだろうか。
若干の恐怖を感じながらレーナは退出する二人を見送り、しばしフィルシスを待つ。
感覚では長いこと眠っていたようにも感じるが、日付と魔法時計を見るに二日ほど寝ていたらしい。
僅か二日で解呪した方法。それが何なのか、そして下丹田に感じるスヴェンとの繋がりに思わず頬が緩む。
「そっか、彼は召喚契約を結んだのね」
何かの役に立つ。そう直感に従って用意した召喚契約がスヴェンの助けになったなら幸いだが、同時に彼にとってそれが重荷や足枷にならないか不安でも有る。
それは直接本人に訊かなければ判らないことだ。そんなことを窓の外を眺めながら考えているとフィルシスが医務室に駆け付け、
「目が覚めたんだね、姫様!!」
ベッドの側に駆け寄ったフィルシスの安堵の表情にレーナは微笑む。
「ええ、無事に目覚めたわ……それで一体どうやって解呪したのかしら?」
「本題に入る前に姫様……エンケリア村が時獄から解放されたよ」
「っ!!」
王族としても個人としても喜ばしい報せにミアとレイの顔が浮かぶ。
きっと彼女らは三年振りの故郷と家族との再会を果たしたのだろう。
非常に喜ばしいことだが、それ以上に気掛かりなのが時の悪魔の目的とエンケリア村の状況だ。
「エンケリア村の状況は? 時獄解放の影響で季節のズレや農作物に影響は?」
「春に植えた作物は全てダメになったそうで、オルゼア王が食糧の配給支援を早急に済ませているよ」
流石は父オルゼア王だ。自分が呪いの影響で眠っている間にやるべきことを終えている。
レーナは懸念していたエンケリア村の食糧問題の解決に安堵の息を漏らす。
「それで結局、時の悪魔の目的って何だったのかしら?」
「滅びの未来からたまたま居たエンケリア村を護ろうとした結果みたいだね」
何気なく語られたフィルシスの滅びの未来に、レーナは眩暈に襲われた。
目覚めてから情報量が多い。なぜ時の悪魔は滅びの未来からエンケリア村を救おうとしたのか。
いや、王族の立場で感謝するべきなのか、それとも三年もエンケリア村を隔離された事に関して非難の一つでもするべきなのか迷う。
ーーそこじゃないわね、重要なのは。
「滅びの未来? 対策を講じる必要が有るなら詳細を知りたいのだけど」
フィルシスは頬を掻き、何とも言えない表情を浮かべる。
「ええっと、ルーピン所長曰く既に滅びの未来は回避されてるらしいんだ」
未来視は現在の因果から最も近い未来を視る魔法だ。
果たしてそう簡単に未来は変わるものだろうか?
「ルーピン所長の推測になるけど……何でも姫様がとある人物を召喚したことで未来が変わったそうだ」
笑みを浮かべて言葉を濁すフィルシスにレーナは、不貞腐れるように頬を膨らませる。
なにも重要な部分を隠さなくても良いじゃないか。そんな悶々とした気持ちを胸に、思い当たる節を口にした。
「スヴェンの召喚かしら」
「何でも時の悪魔の未来視ではスヴェンは存在して無かったそうだ……ふふ、まさか異界人一人の有無で未来が変わるなんて不思議な気分だね」
確かに不思議な気分でも有り同時に実感が湧かない。
フィルシスとルーピンはスヴェンの存在が大きいっと言ってるが、当人は自分自身こ有無は関係ないと否定するだろう。
それに元々異界人の召喚を決めたのはアトラス神のお告げが後押ししたからだ。
アトラス神のお告げが無くともきっと自分は異界人を召喚していたが、恐らく最後まで信じきる事が出来ずに何処で召喚を止めていたかもしれない。
未来は何かのきっかけ一つで変わると言うが、それならまた何かのきっかけで滅びの未来を歩むことになるかもしれない。
王族として今後の課題にレーナは息を吐き、やがてフィルシスをじっと見詰める。
「エンケリア村と時の悪魔の件は理解したわ……それで私の解呪は貴女の策が関わっているとお父様から聴いたのだけど?」
フィルシスは真剣な表情で隣に座り、ゆっくりと語り出した。
「姫様が受けた呪いが体内に潜伏する懸念が有った以上、私とルーピン所長はどうしても楽観視ができなくてね」
「だけど時間が経過して呪いが発現してからでは手遅れになる。かと言って呪いを掛けた術者のラスラ司祭は発見できず」
呪いの解呪で一番手っ取り早いのが術者の殺害だが、呪いが強力であれば有るほど術者の殺害では解けない物も存在する。
加えてラスラ司祭は邪神教団の司祭だ。死の呪いも恐らく邪神から授かった魔法だったのだろう。
つまりラスラ司祭を探し出して解呪を試みたところで徒労に終わる可能性も高い。
それだけで無くアルディアが人質に取られている間は、例えラスラ司祭を見つけ出しても手を出すことは叶わなかった。
ふとレーナは先程感じた違和感を思い出し、思い切ってフィルシスに訊ねる。
「私はラスラ司祭に呪われたという認識をしてるけど、なぜか記憶を探ると実際に襲撃した人物が別人のように感じるのよね」
「それはきっと彼が成功したんだね。現に姫様から呪いは消滅している」
「解呪でも無く消滅かぁ……」
元々存在していたものが何の前触れも無く消滅するのは、強大な魔法によるものか。
その事実が最初から無かった。過去の改変に伴い事実が書き換わった影響によるもの。
それに解呪なら素直なフィルシスはわざわざ消滅という言葉は使わない。
エンケリア村の件とクルシュナ副所長が悪魔の捕獲魔道具を製造していた件を考えれば自ずと答えも導き出せる。
「判ってきたわ。フィルシスは時の悪魔の力を利用して過去の改変を計画したってことかしら」
「流石姫様だ、理解が速くて助かるよ」
隠しもしない真実にレーナはため息を吐く。
恐らくその計画では必須の人物がーースヴェンが時の悪魔を討ち倒し、契約に持ち込むことで成す計画。
かなり部の悪い賭けと過去の改変が及ぼす影響を最小限に留める必要が有る。
レーナは自身の腹部に手を当て指で肌を滑らせた。
拳で貫かれた事実、スヴェンが過去に時間跳躍したとなれば彼のことだ。きっと現代に及ぶ影響を考慮してラスラ司祭に成り替わることでエルリア城襲撃事件を引き起こした。
という事は氷結の大精霊を召喚し、挙句ラオとフィルシスを相手にしながら彼は目的を達成したということになる。
そこまで理解して急激に頬に熱が帯びる。
「え、ええっと……私は結果的にスヴェンに命を救われた事になるのよね?」
「殺しかけたのもスヴェンにはなるけど、私が彼の立場なら迷わず同じ選択を取っていたよ。姫様の召喚とはやり合ってみたいし」
それは辞めて欲しい。ただでさえ我の強い各大精霊とフィルシスが戦いでもすればそれこそエルリアの地図を修正する羽目に成りかねない。
「……はぁ〜過去に飛んだのがスヴェンで良かったわ」
「過去の自分とも戦う機会だっただけに少し残念かな」
フィルシスが二人、自分自身で戦い合う光景は剣術を学ぶ上では興味を惹かれるが、きっとそれは恐ろしい光景なのだろう。
レーナは少しだけそんな光景を想像して頬を引きづらせた。
「ともかくスヴェンが過去を改変して私から呪いを受けた事実だけを消して助けてくれたって認識で良いのよね?」
「うん、あとは本人と話すといいよ。彼も呪いの発現は危惧していたしね」
実際に死に掛けたことで異界人には消滅間際の兆しが起きていたことだろう。
エルリア城に戻ったら詰め掛ける異界人の応対にレーナは頭を悩ませ、
「姫様、考え事は明日にして今日はゆっくり休むと良い」
フィルシスの優しい声。頭を優しい手つきで撫でられ、心地良さにレーナは眼を細めた。
「そうさせて貰うわ……」
「それじゃあ姫様、私から報告しておくからゆっくりお休みを」
そう言ってフィルシスは静かな足取りで医務室から立ち去った。
レーナは改めて自身の腹部を撫で、スヴェンと会って何を話そうか迷う。
いつも通りに、それとも過去を改変してまで助けてくれた事に礼を告げるべきか。
きっと彼の事だ。自分が消滅したく無かったと理由を述べて、むしろ傷付けたことに対する謝罪をしてしまうのだろう。
根が真面目なスヴェンが出す言葉を想像しながらレーナは微睡に委ね、眠りに就くのだった。