傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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29-10.静寂のひと時

 過去の改変から十日が過ぎーー十月二十日の夕方。

 護衛の依頼を達成したスヴェンはレーナに呼ばれ、ラウル達と別れてからエルリア城のレーナの部屋に向かった。

 メイドの手によって開けられる部屋のドア、中に踏み込めば酒と料理が乗せられたテーブルの前で座るレーナがこちらに微笑みかける。

 呪いの影響は完全に消滅し、もう二度と彼女が死の呪いに侵されることは無いだろう。

 スヴェンは久し振りに会うレーナの元気な姿に内心で安堵の息を吐いた。

 

「いらっしゃいスヴェン」

 

 スヴェンはガンバスターを壁に立て掛けてからテーブルに近付き椅子に座る。

 国際会議が終わり、レーナとオルゼア王達が戻って来たのはつい昨日のことだ。

 レーナも疲れているだろうに、こうして招くからには理由が有るのだろう。

 しかしレーナの様子を見るに仕事の話では無さそうだ。今の彼女から杞憂は見られずむしろ楽しげだ。

 

「呼び出された時は何事かと思ったが、どうやら依頼の話じゃねえようだな」

 

「えぇ、今日は貴方を誘って食事をしようと思ったのよ。それに助けて貰ったお礼もね」

 

 レーナの死は自身の消滅を意味する。だからこそスヴェンは過去に時間跳躍して改変した。

 自身が消滅したくない。それ以上に呪いでレーナをしなせたくなかったからだ。

 

「……いや、その件に関しては俺が勝手にやったことだ。むしろアンタには謝んねえと」

 

 過去でレーナの腹を貫き傷付けた。その事実だけでも彼女を貫いた右手が今でも血に染まって見える。

 

「謝る? どうしてかしら?」

 

 疑問を浮かべるレーナにスヴェンは一息吐く。

 彼女を傷付けたのだ。誤魔化しもせず正直に話すことが誠意の一つだろう。

 

「俺はラスラに成り代わることでアンタから呪いを受けた事実を改変しようとした。……いや、ラスラを殺した時点でアンタから呪いを受けた事実は消えたが」

 

「エルリア城襲撃事件が起きなかったら現代にどれほど影響が出ていたか判らないわ」

 

「だが結果的にアンタに負わなくていい傷を負わせちまった」

 

「うーん、確かに私は傷物にされたけれど。それで責任を求めるようなことはしないわ。貴方は私達のために危険な時間跳躍、それだけじゃなくてエンケリア村を救ってくれたんだもの寧ろ感謝しかないわよ」

 

「……アンタはそれで良いのか?」

 

「もう過ぎたことだし。それに私はね、貴方のことが大好きなの……それなのに貴方の責任感に漬け込む真似はしたくないわ」

 

 頬を赤く染めて大好きだと告げるレーナにスヴェンは顔を顰めた。

 なぜそんな感情をどうしようもない外道に向けるのかが全く理解できない。

 

「……あー、なんだ? 一先ず今回の件は互いに忘れるってことで良いのか?」

 

「えぇ、それで良いわよ。……うん、さっき貴方に言った言葉だけは忘れないで欲しいのだけど」

 

「……俺にはアンタとリノンが向ける感情は理解できねえんだがなぁ」

 

「理解できなくともね、貴方のことが好きな人が居ることぐらいは気に留めて」

 

 それだけ告げたレーナは葡萄酒が入ったワイングラスを片手に、

 

「うん、今はこのひと時を楽しみましょ」

 

 微笑みかけるレーナにスヴェンはワイングラスを片手に乾杯した。

 人の好意も愛情もまだ到底理解できそうにも無いが、恐らく理解したところで待つのはレーナを悲しませる結果だけだ。

 自分は如何有ろうとも時が来ればデウス・ウェポンに帰還する。

 自身のやり残しを片付け決着を付けるためにも。

 スヴェンはワイングラスに口を付け、葡萄酒の味に舌を唸らせる。

 

「こうして貴方とお酒を呑むのは旅立つ前日以来ね」

 

「そうだったな……こうしてアンタと静かに酒を呑んで美味いもんを食うのも悪くねぇな」

 

「私もこの静かな時間が好きよ」

 

 外の夕暮れ、廊下から足音一つ聴こえない静寂な空間。

 確かにこの静寂の中でレーナと食事というのも悪くはない。

 本来廊下には使用人の足音や騎士甲冑の音が聴こえるのだが、レーナの自室は愚か廊下まで人の気配が感じられない。

 特殊作戦部隊の気配すら感じられない事にスヴェンは肩を竦める。

 

「……随分と信用されたもんだな」

 

「何か起きても貴方が護ってくれるでしょ? それに私達は貴方が危害を加えないって信じてるもの」

 

「アンタに危害を加える理由もねぇしな……」

 

 レーナを傷付けた罪悪感がしばらく残る。そんな出掛けた言葉を飲み込む。

 そんな様子にレーナは不思議そうに小首を傾げる。

 スヴェンは『なんでも無い』っと一言だけ告げ、再び葡萄酒に口を付けてはその味に舌を唸らせた。

 目の前で眩しいほどの笑みを浮かべるレーナを見つめながらスヴェンは酒を呷る。

 以前は直視できなかった笑みも何故か今は見ることができる。

 何か心境の変化が訪れたのか、それとも彼女の眩しい笑みに馴れたのかは判らないがそれでも言える事が有った。

 

「悪くねぇな」

 

「私を見つめながらお酒を呑むことが?」

 

「……ああ、アンタと語り合いながら呑むのも悪くねぇ」

 

「じゃあ今晩は沢山語り合いましょ。今後のこととか、ラウル達のことや棲み着いた時の悪魔のこととか色々と聴きたいことも有るから」

 

 スヴェンは静寂の中で美味い料理と酒に舌を唸らせながら、レーナと遅くまで語り合うことに。

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