傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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30-5.約束

 集合写真を撮ってから時は経ち、五月十九日の夕方。

 デウス・ウェポンに必要になる農産業や家畜産業に必要になる資料、家畜に与える餌の栄養バランス、肥料の配合や土の性質を事細かく書き綴った資料をメモ用紙にまとめ終えたスヴェンはエルリア城のレーナの寝室に来ていた。

 スヴェンはレーナの寝室で酒瓶と料理が並べられたテーブルを挟んで対面に座るレーナとミアに視線を向ける。

 明日はテルカ・アトラスに別れを告げデウス・ウェポンに帰還する日。

 既にレーナに魔力回復の兆候が現れ始め、それが刻々と残された時間を再認識させるには充分だった。

 寂しさを隠し切れない二人にスヴェンは苦笑を浮かべる。

 なんだかんだ言って二人には戻って来る趣旨を伝えていない。

 返還前日にこうして飲む約束を交わしていたが、それまでレーナとミアは多忙で互いに会う時間が取れなかったのも相待って今日まで伝えられずにいた。

 

「明日で俺はデウス・ウェポンに帰還するが……」

 

 話を切り出すとレーナとミアが吐息を吐く。

 

「そうね、結局私達は貴方を引き止めることは出来なかったのね」

 

「はぁ〜美少女2人に想われてそれでも帰還を選ぶなんて、ほっんと仕方ない人だよ」

 

 二人の言いたいことは分かるが悲観するにはまだ早い。

 二人の瞳から涙が溢れ、スヴェンは二人の目元から溢れる涙をグローブ越しの手で拭う。

 それが意外に思えたのか二人は驚いた表情を浮かべ、二、三度瞬きをしてはやはり驚愕が勝っているのか反応が鈍い。

 たまに気を遣えばこの反応をされるのも慣れたものだ。

 

「気安いってのは分かるが、涙を流すにはちっと早いだろ。それに俺なりに考えた末で出した結論もまだ伝えちゃあいない」

 

「結論? それって姫様か私のどっちかを選ぶとか?」

 

「……私はどちらを選んでも悔いは無いわよ? なんなら私を選んだ上でミアも選んで良いしね」

 

 魔王アルディアが選び取った結末は悩むレーナにとってある意味で光明なのかもしれない。

 

「アンタらの好意は自覚してるが、2人も同時に選べねぇよ。いや話ってのは帰還後のことでな」

 

「……帰還後の? 改まって何かしら」

 

 スヴェンは真剣な眼差しで聞く姿勢を見せる二人に深妙な表情を浮かべ口を動かす。

 

「俺が頑なに帰還すんのはやり残しと覇王エルデに対してけじめを付けるためだ。そいつさえ片付けばあの世界で俺がやるべきことはねぇ……」

 

 たった三年程度暮らしたテルカ・アトラスはスヴェンに様々なものを与えた。

 温かな食事を食べる喜びと感動、人との繋がりと縁。どうしようもない外道を受け入れて愛するっと言った二人の少女。そしてラウル達家族を得た。

 贖罪を果たす彼らをバイトとして雇い生き方の一つを提示するだけの関係だったが、今ではスヴェンにとって大切な家族だ。

 そんな家族を捨て置いてデウス・ウェポンで生活するなど無責任人にもほどが有る。

 

「家族を得ちまった以上、何年かかるか判らねえが俺はまたテルカ・アトラスに戻って来るつもりだ」

 

 また戻って来る事を率直に伝えるとレーナとミアから涙が溢れる。

 スヴェンは泣く二人にギョッと目を見開き、今度はどうすれば良いのか戸惑う。

 

「お、おい感動するにはまだ早いだろ」

 

「だ、だってぇ〜もう二度と会えない覚悟で今日を迎えてたんだもん!」

 

「貴方がもっと早く伝えてくれていれば……今日は笑って過ごすつもりだったのよ!」

 

 涙声で非難の声を挙げる二人にスヴェンはぐうの音も出ず、申し訳なさそうにただ一言『すまん』っと告げた。

 二人は涙を拭い、やがて深いため息を吐いた。

 

「はぁ〜戻って来るのは嬉しいけど、姫様の為でもなくてラウル君達のためだなんてぇ!」

 

 二人は確かに自身のことを想ってくれているが、人の好意よりも家族の縁がスヴェンの中では何よりも優先するべきものだっただけのこと。

 正直に言ってしまえば二人のことは嫌いではない。むしろ自分に好意を向ける二人は眩しくもったいないと思う反面、自身なんか想わず他の真っ当な人間を選んで欲しいという想いも確かに有る。

 

「スヴェンらしいと言えばらしいのかしら? でも貴方にも家族に対する愛情が有ったのね」

 

「愛情ってのは未だに判らねえが、まあ俺を家族と呼び受け入れたアイツらが大切なのは変わりねぇさ」

 

「受け入れる意味では私とミアも貴方のことを受け入れてるけれど?」

 

「あー、まだ人を愛せない俺には結論を出すには速い。むしろアンタらには俺を諦めて他のいい奴を探して欲しいんだよ」

 

「知ってるでしょ? 私とミアは意外と頑固だって。それこそ帰還の意志を最後まで曲げなかった貴方と同じ程にね」

 

「正直俺に惹かれる理由が皆目検討も付かねえんだが?」

 

 レーナとミアがなぜ過去を頑なに語らず、容赦なく人を殺せる外道に好意を抱けるのか。それは今でも理解が及ばず考えても結局本人に聞く以外に知りようがないのだ。

 だからこそ思い切って訊ねてみれば二人は赤面しながら語り出した。

 

「じゃあ私から言うよ。最初はスヴェンさんも知っての通り相棒になりたかった……だけどそれは隣であなたを支えたかったなんだよ。その理由を自分なりに考えてる内にリノンさんが現れて……」

 

 ミアは一度言葉を区切って苦笑を浮かべた。

 

「一度は相棒になることを諦めたけど、あなたは私の故郷を依頼として……なんの打算もなく救ってくれた。その時からあなたを意識し始めて最初は吊り橋効果って否定したけどさ」

 

「平原で重傷を負って倒れているあなたを発見して不安で涙が溢れてこの人を死なせたくない失いたくない。その一心であなたを治療して介抱して……あなたを見てる内に否定した心が訴えかけたの。私はあなたのことがどうしようもなく好きなんだって、この3年間でその想いだけは変わらなかったよ」

 

 面と向かってはっきりと告げるミアにスヴェンは愚かレーナまで彼女から視線を逸らす。

 

「聞いておいて何だが……あー、その、なんだぁ?」

 

「恥ずかしいわね。けどミアが貴方のことをそこまで愛してるってことは理解したんじゃないかしら」

 

「あー恩義から来る感情だとは思っていたが、心からの想いは否定できねぇよ」

 

「う、うぅ〜なにこの羞恥プレイ!? 次は姫様の番なんだからねっ!!」

 

 ミアの宣告にレーナはたじろぎ、グラスに注がれていた強めの酒を一気に飲み干した。

 素面では羞恥心が勝り話せないと考えてのことだろう。

 スヴェンもワイングラスの酒を飲み干してからレーナを真っ直ぐと見つめる。

 

「お酒の力を頼るのは情けないけど……私が貴方を好きになったきっかけはアルディアを救ってくれたことよ。最初は恩義から来る感情だったけれど、貴方は何度も窮地から私を救ってくれたわ」

 

「自身の身の危険を犯してまで過去を改変して……貴方にも消滅したくない一心が有ったのも理解してるけれど、それでも夏に一緒に海水浴に出掛けて。公務の護衛として一緒に何度も町や村を回っている内に貴方に対する恋心は深まる一方だったの」

 

「貴方は決して過去を語ろうとしなかったけど……私の知ってるスヴェンは人の想いに対して不器用で臆病だけど、一度決めたことを簡単に曲げない意志の強さ、怖い一面を持ちながら硬派でなんだかんだ言って気にかけてくれる優しい一面を持つそんな貴方を好きになったのよ」

 

 二人がなぜ自身に好意を抱くのか漸く分かった。

 どちらもきっかけは魔王アルディア救出から始まったが、そこで完全に縁を断ち切れなかった自身の甘さや交流の積み重ねが二人に恋愛感情を抱かせるきっかけになったのだ。

 

「戦場で実の生みの親を殺した俺を心から愛してるっと告げる奴はアンタらと死んじまった相棒(リノン)だけだったが……いずれ2人のうち1人を選ばねぇとな」

 

「さらっと過去を明かしたわね……まあ良いわ予想していた事だし。それにスヴェンが結論を出すまで私とミアはいつまでも待つわよ。なんならレーナ・ウェルトレーゼ・エルリアとして貴方とラウル達とミアと一緒に暮らすのも悪くないわ」

 

「スヴェンさんが姫様を選んだら私は側室ってことになるのかな? ミア・ウィルグスとしては全然有りだけど」

 

 なぜか二人を選ぶ方向性で話が進んでいるが選ぶならどちらか一人だ。

 王族と平民の結婚はよく有ることだが、婿が側室を迎えるという前例は二年目の夏にアウリオン達が作ってしまった。

 それでと二年目の夏、選ぶのは海水浴で自身にフルネームを明かした二人のうちどちらかから。

 それは絶対に譲れない一線だ。なによりも未だに人を愛せず、愛情を理解できていない自身が二人も同時に愛することなどできないだろう。

 それに二人は答えを急ぎ過ぎている。いや、待たせるのも悪いがこれだけははっきりと伝えなければならない。

 

「まあそう焦るな。俺が選ぶ時は、この世界に戻って来て欠落した感情が埋まった時だ……それまでアンタらが心変わりしたんなら別の良い相手を選ぶってのも手だろ」

 

「「いつまでも待つよ」」

 

 二人同時に待つと告げられたスヴェンは肩を竦めた。

 二人の恋心と意志の強さの前では諦めさせることなど不可能なようだ。

 

「どうにも俺はアンタらには勝てないらしいな。まあそれでもどちらかを傷付けることには変わりねぇが……」

 

「選ばれなかった方が傷付く。それは恋愛に付き物よ、それとスヴェンはまだ責任感から選ぼうとしてるもの……先ずは私とミアで貴方の欠落した感情を埋める事から始めないとね」

 

「スヴェンさん、覚悟すると良いよ? 私と姫様の意志の強さとあなたに対する愛情の深さを」

 

 改めて宣言する二人にスヴェンは笑みを零した。

 こんなどうしようもない自身を愛すると告げる二人に対して浮かべた笑みは、きっと自然な内に出たものなのだろう。

 それなら一層リサラは確実に殺さなければならない。あの女から受けた屈辱と積年恨み、テルカ・アトラスに無益な戦争を齎さないためにも。

 スヴェンは決意を新たに、レーナとミアと語り合いながら酒と食事に舌鼓を打つ。

 ただ温かな食事を共に摂るだけでも自身の心を満たすには充分だが、それはきっと食事に対する有り難みが勝っているのだろう。

 そんな事を考えながらスヴェンは楽しげに笑うレーナとミアに、

 

「約束する必ず帰って来る」

 

 改めて約束を告げる。

 

「待ってるわ、貴方が帰って来る日をいつまでも」

 

「私も待ってるよ。あっ、でもよぼよぼのおばあちゃんなる前には帰って来て欲しいかなぁ」

 

「そうだな、帰って来た途端に姫さんが老衰しちまったら消滅しちまうからな」

 

 四百年は生きられるがテルカ・アトラスで自身の寿命はレーナの生命が尽きるその時だ。

 運命共同体だがこの世界で暮らすには充分な寿命だ。

 スヴェンはそんな事を内心で浮かべながら心ゆくまでレーナ達と夕食を過ごすのだった。

 

 そして翌日の昼、スヴェンは謁見の間でミアと家族の見送りを背に魔力が戻ったレーナの返還魔法で光に包まれる。

 気付けば乾いた大地と緊迫感漂う空気に眼を開けたスヴェンは目前に映る光景ーーリサラが率いる傭兵部隊の軍勢に殺意を宿した笑みを浮かべガンバスターを引き抜く。

 

「熱烈な歓迎じゃねぇかっ!」

 

「ああやっと戻って来たわね! 貴方が困り踊る様をわたしに堪能させてちょうだい!」

 

 相変わらず狂愛を浮かべるリサラの言葉を合図に傭兵部隊の銃火器から火花が散った!

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