バベルタワーに輸送されたスヴェンは覇王エルデとこの世界における時間で実に六年ぶりの邂逅を果たした。
椅子に座り粒子端末に顔を顰めるエルデにスヴェンも顔を顰めた。
拘束は愚か不用心に武器を取り上げずオフィスに通されたのだ。彼女が何を思って危険な真似を犯しているのか、
「拘束もせず俺を連れて来るなんざ不用心だな」
わざとらしく肩を竦めて問い掛ければ愚問だと言わんばかりに顔を見上げた。
「貴方が大人しく連行された時点で拘束の必要性は無いと確信したわ。それに国連から発行された貴方の依頼は既に消滅、私と貴方が戦う理由はもう無いでしょ」
確信から来る絶対の自信、そして自身がガンバスターを一度引き抜けば瞬時にこちらを無力化する術が彼女には有る。
オフィスの本棚、壁や天井の至る所に設置された襲撃者迎撃装置に肩を竦める。
「ああ、もう俺がアンタを狙う理由は無くなった。だがアンタには俺を殺すだけの理由は有るはずだ」
以前依頼によってエルデを襲撃した危険人物として。多くの部下を殺害した仇としても。
それでもエルデは復讐とは程遠い眼差しで答えた。
「私が貴方を殺す理由なんてないけど?」
理由はある筈だが、彼女の中で既に部下の戦死に対して折り合いが付いているということか。
「……そうか。そういえばシャルナとジンから聞いたが、アンタとあの女は手を組んでたそうだな」
「あーそれはもう切れたよ。彼女が勝手に傭兵を雇った時点でね。シャルナ達を向かわせたのもテロリストの排除のためよ」
あくまでもテロリストの排除と語るエルデにスヴェンは得心した。
自身は戦争が続く世界を望み依頼を請け、覇王エルデと交戦した。
彼女は戦争が無い世界を望み抵抗した。自分と彼女は決して相いれない関係なのだ。
だがそれでもスヴェンは世界統一を果たしたエルデにサイドポーチから取り出したメモの紙束を渡す。
机に置かれた紙束にエルデが訝しむ。
無理もない、技術進歩によって紙媒体を必要としない現代で紙束を見るのは珍しいだろう。
本来なら用紙サイズの大きい物にまとめて渡したかったが、返還時の制約に引っ掛かってしまうからメモ用紙に纏める他になかった。
「これは……紙なんてアーカイブでしか見たことないけど。まさかこれ、お土産のつもり?」
「俺がアンタに土産を渡す関係でもねぇだろ。必要ねえかもしれねえが、そいつは農産業に関わる資料だ」
それを伝えるとエルデは眼を見開きすぐさま資料に眼を通し始めた。
しばらく資料に眼を通したエルデは、こちらに笑みを浮かべて。
「ありがとう、これは具体的で分かりやすい貴重な資料だわ」
素直な礼にスヴェンは頷く。
「そいつは責めての詫びだと思ってくれりゃあいい」
「シャルナが言っていた通りね。真面目で義理堅いなんて、貴方はけっこう損する性格してるわ」
「傭兵にとって信頼こそが大事だからな……いや、もう俺は傭兵でもねぇなんだがな」
もうこの世界で傭兵は必要とされない。だからリサラが雇った傭兵部隊は大人しく拘束を受け入れたのだ。
最後の戦場が終幕を迎え、傭兵を必要とする戦場は終わった。
傭兵と呼ばれる職業、人種は戦場の終幕と共に死んだ。
それにデウス・ウェポンはエルデによって変わった。
彼女の真っ直ぐで強い意志が国連と企業連を討ち破り、ついに世界を、人類を戦争経済から脱却させたのだ。
スヴェンはあらましの経緯と顛末をシャルナ達から聴いた上で、改めてエルデを見詰めた。
「傭兵でも無くなった貴方はこれからどうするつもり? 行く当て、生き方が判らないなら私の下で働いてみる?」
「爆弾魔を雇ってる辺り人材不足なのは察していたが……悪いな俺にも後始末が残ってんだ」
「後始末……先程デウス神から送られた情報と関係してることね」
デウス神が何をエルデに知らせたのかは知らないが、
「あの女が最後に余計な火種を遺したからな、奴の研究施設は破壊しなきゃなんねぇ」
スヴェンがこの世界でやるべき事を伝えるとエルデはしばし思案する様子を見せ、やがて机の引き出しから粒子端末を一つ取り出した。
それをこちらに投げ渡し、粒子端末を受け取ったスヴェンは疑問を浮かべる。
「コイツはただの粒子端末に見えるが……?」
「見ての通り単なる粒子端末よ、ただ中身は既製品とは違うわ。その端末の中にはデウス神がインストールされてるの」
スヴェンは粒子端末を起動させると3Dディスプレイにデウス神とアプリアイコンが映しだされた。
機械仕掛けの身体に自身の意識を転送した神ーーデウス神はスヴェンを見つめ、
「やあ傭兵ID.D871385.スヴェン。3年に渡るテルカ・アトラスの生活はどうだった?」
全てお見通しと言わんばかりに機械音声でそんな事を問い掛けた。
「……悪くはなかったな」
「ふむ、心境に変化を感じるね……ああ、どうやら本当に悪くなっかたようだ」
スヴェンは約束した。またテルカ・アトラスに帰ることを、だからその為にもリサラが遺したあの世界の座標データと研究データは破棄しなければならない。
恐らくエルデがこの端末を渡したのもリサラの行動を察知してのことだろう。
「コイツの中にアイツの研究所が載ってんのか」
「えぇ、デウス神をサポートに付けるから早急に片を付けて来なさい……貴方のクローンなんて遺して置くわけにはいかないから」
「え?」
「え?」
はじめて互いの認識にズレが生じている事を察した二人はしばし沈黙を浮かべ。
「確認するけど、リサラの研究所になにしに行くの?」
「俺が召喚された異世界の座標データの削除及び拡散を防ぐ為にだ……いや、クローンも始末するがな」
「……はぁ〜異世界の座標データの件も頼むわ。それが済んだら貴方はどうするつもり?」
「俺は異世界で居場所を、帰るべき場所を得た。なんてことはねぇ当たり前の場所だが、俺にとって家族と呼べるアイツらの場所に帰るさ」
「なるほど、良い出会いが貴方を変えたのね。もうあの時の傭兵スヴェンは居ないってことか」
「ああ、もう傭兵スヴェンは必要ねぇだろう。世界から戦場が無くなった以上、傭兵としての俺は死んだも同然だ」
いま此処に居るのはテルカ・アトラスのレーナと召喚契約を交わしたスヴェンだ。
傭兵としての自身は最後の戦場で彼らと同じく死んだ。いや、戦場が無くなろうと本質は変わることは無いが新しい生き方を歩むには丁度良い。
「そう、なら事が終わったら貴方の登録データ諸々はこっちで完全消去しておくから。そっちもリサラの研究データも完全消去して起きなさい」
「ああ、任せろ」
スヴェンはそれだけエルデに告げ、粒子端末をポケットにバベルタワーから立ち去った。
そして用意されたメルトバイクを走らせリサラの研究所を目指す。
▽ ▽ ▽
ハイウェイを時速百五十キロで走るメルトバイクとすれ違う家族乗せの車両。
一瞬だけ見えた笑顔で笑い合う家族の光景にスヴェンは改めて覇王エルデが成し得た偉業を嫌でも実感する。
空を悠々と飛ぶ飛行船モニターでのエルデの方針と方策に対する報道が都市に響き渡る。
相変わらず都市の外壁には砲台が鎮座しているが、まだモンスターの脅威が有る以上は人類は本当の意味で武器を棄てる日は訪れない。
もしかしたらエルデならモンスターと、星と共生する未来を築けるかもしれない。
「クローンに必要な遺伝子データは吹っ飛んだと思っていたが」
国連による戦争によって種を貯蔵していた保管庫が消し飛んだのは戦争に携わる者が知っている真実だ。
だがデウス神の本体、遠い遥か昔に人工衛星として打ち上げられた機械神の身体の中に保存されていたなら説明が付く。
スヴェンがそう推測を浮かべるとメルトバイクに装着した粒子端末からデウス神の機械音声が響いた。
「君の推測通りさ、ただ我が君に語ることは多くはない。それよりも君宛にメッセージが届いているがどうする?」
「ウィルスや自爆プロセスが仕込まれてねえなら読み上げてくれ」
「……そこまで警戒するのは、いや実際に君は過去十度に渡り仕込まれていたねーーまあ危険な無いから安心したまえ」
穏やかな機械音声にスヴェンは頷き、メルトバイクを真っ直ぐ走らせる。
「メッセージ音声と映像を再生、『は〜い兄貴、さっき振りだけど伝え忘れていたことが有ったのよ』」
スヴェンは片目を粒子端末に視線を移す。
シャルナと彼女の自宅らしき部屋をホログラムで映し出された映像に首を傾げた。
伝え忘れが何か、なぜわざわざ自宅らしき部屋でメッセージを送ったのか。
いや、シャルナとジンの関係性を考えればすぐに分かることだ。
付き合っていた二人が結婚まで至ったのだと推測したスヴェンは息を吐く。
わざわざ結婚報告などしなくともいいと思うのだがっと。
「『ほらおじさんにあいさつしなさい、リンネ』『はじめましておじさん、わたしはリンネ。お母さんとお父さんの娘だよ』」
シャルナの隣に現れリンネと名乗る子供に電撃が走ったような感覚がスヴェンを襲う。
動揺がメルトバイクの制御を誤らせ、車体がバランスを崩す。
スヴェンは動揺からバランスを崩しかけたメルトバイクを急ぎ立て直し深いため息を吐いた。
結婚は予想していたが、予想を飛び越えて子供が産まれていた。
目の前に映し出されるリンネの容姿は確かにシャルナとジンの二人から受け継いでいる。それは紛れもない二人の子供だと証明する証だ。
スヴェンは事実を受け入れる。
「まさか爆弾魔にガキが産まれていたとはな。……いや、こう告げるべきなんだろうな」
シャルナを今でも義妹と受け入れることも認識もできないが、知人として戦友として二人に祝福の言葉を送ることはできる。
スヴェンはたった一言を告げた。
「おめでとう」
送信されたメッセージに告げた所で当人には伝わらないがそれで良い。
仮に直接伝えようものなら正気を疑われていただろう。
「『ああ、それと兄貴がいま乗ってるであろうメルトバイクには粒子崩壊爆弾を積んで置いたから有効に使ってね』」メッセージを終了」
スヴェンはシャルナの贈り物に口元を歪めた。
これから向かうリサラの研究所のことだ、何かしら仕掛けを遺しているだろう。
メルトバイクの向かう先、ハイウェイから都市の郊外に抜けーー荒廃した大地に光学迷彩で隠された研究所。
スヴェンはメルトバイクから降り、シャルナの贈り物を取り出す。
粒子崩壊爆弾、モンスターに奪われないギリギリを攻めた人類が扱える大量破壊兵器。
それは掌サイズの丸い球体だが、一度起爆装置を押せば粒子臨界をはじめたちまち粒子崩壊を招く極めて危険な兵器だ。
取り扱い注意とはよく言うが、起爆装置作動から粒子臨界を始めるまで三十秒の猶予が有る。
スヴェンは粒子崩壊爆弾をサイドポーチにしまい、光学迷彩に隠された研究所に歩む。
「さて、ハッキングを仕掛けて光学迷彩を解除しねぇとな」
スヴェンが粒子端末のハッキングモードを起動せると端末の中のデウス神の姿が消える。
「ふむ、この程度のファイアウォールで神の侵入を阻もうとは片腹痛い」
「アイツはデウス神が協力するなんざ予想してねぇだろうよ」
通常デウス神は人々の身近で生活を観測しているが、人類の行動に対して研究指針や行動方針、課題を提示するだけで基本的には放任主義だ。
流石にリサラもこれは予測し切れないだろう。いや、実際にはリサラの捻じ曲がった思考回路にデウス神が浮かんでいたかどうかすら怪しい。
スヴェンがそんな事を考えている間に光学迷彩は解除され研究所の入り口が現れた。
スヴェンは目前に有る鋼鉄の扉を開け、堂々と研究所内部に踏み込んだ。
いつもなら真正面から侵入せずダクトか別ルートから侵入するが、こちらの動きを熟知した手合いが相手ならわざわざ知れ渡った手口を使う必要はない。
▽ ▽ ▽
研究職員の気配が一切感じられない廃棄当然の研究所施設の通路をスヴェンはデウス神の案内に従って進む。
「次は五メートル直進ののち、右手の通路に曲がるんだ」
通路を駆け抜けながら指示通りに進む。
順調な歩み。もうすぐ目的の部屋に到着する頃合いだが、一度も防衛システムによる迎撃も何も無い。
機械の駆動が聴こえている辺り、施設が今でも稼働していることは間違い無い。
「何もねぇ筈が無いんだがな」
「セキリュティプログラムの中にスヴェン以外の侵入者に対する迎撃システムを発見した」
「何の為に俺をわざわざ招く? それだけ俺のクローンを見せてえのか」
「彼女の思考回路は狂っている。我でも胃もたれを起こすような思考だ」
スヴェンはアンタに胃なんか無いだろ。そんな出掛けた言葉をグッと呑み込み速度を速める。
そして目的の部屋が目前に迫り、扉をガンバスターで斬り裂く。
照明が落とされた暗闇の部屋に踏み込んだスヴェンは、部屋内部から確実に感じる複数の視線と殺意にガンバスターを握り締める。
そして突如部屋の照明が点灯し、部屋の中心に並べられた試験管群にスヴェンは唾を吐き捨てた。
培養液に浸された自身のクローンがこちらを睨む。
冷たい瞳から感じる殺意だけの感情、それはまるで戦場に居る自身と同じ感情だけを浮かべる自身のクローンにスヴェンはガンバスターを構える。
まだ培養液から出られない不完全なクローン、生命体としても人間としても欠陥を抱えた出来損ない。
出来損ないの遺伝子を基に生み出したのだからそれは当然とも言えるだろう。
スヴェンは試験管群に躊躇なく一閃を振り抜く。
薙ぎ払われた一閃が試験管群を薙ぎ払い、中身ごと斬撃が斬り裂く。
培養液に混じった鮮血と両断されたクローン共の死体が硬い地面に落ちる。
「他にクローンは?」
「いいや、極秘で進めた研究では数体のクローン製造が限界さ。次はテルカ・アトラスの座標データの抹消、そこの中央端末を起動したまえ」
スヴェンは指示通りに中央端末に近付く。
随分と古い端末にスヴェンは、
「古い型だな、何世代前の端末だ?」
デウス神に問い掛けた。
「これは……旧世代の端末だね。まさか原型を留めた端末が残ってるなんて意外だ」
旧世代の端末という事は現在使われているデウスネットワークから独立していることは間違いない。
だがそれでもデウス神なら簡単に端末からデータを抹消する事は可能だ。
スヴェンは端末を起動させ、コンソロールパネルを動かす。
「起動させたね。じゃあ後はこっちの仕事だ」
そう言ってデウス神は端末の中に侵入し、端末の画面にテルカ・アトラスの座標データと魔力に関するデータ数値が映し出される。
「独学で計算したとはね。ああ、なるほど不用心に削除すれば予備端末から一斉に全端末に拡散される仕組みか」
「あの女が考えそうなことだな……ん? 施設破棄の自爆装置だと?」
研究所から情報漏洩を防ぐ為に自爆装置は付き物だが、リサラにとってテルカ・アトラスの座標データは拡散されて嬉しいものだ。
つまり自爆装置は罠だ。何も考えずに起動させてもデータが拡散される。
「あの女にしてはあからさまだな」
端末からデータが削除され、粒子端末にデウス神が戻った。
スヴェンは端末の側に粒子崩壊爆弾を置き、
「これで確実にデータは抹消されたのか?」
念の為にとデウス神に訊ねる。
「むろんさ、彼女が遺した全予備端末から座標データとついでにスヴェンに関する遺伝子研究とクローンデータも全てね」
デウス神に愚問な質問だったとスヴェンが肩を竦めるっと、突如施設に警報が鳴り響く。
『データの削除を確認、音声データを再生』
施設のスピーカーから響く機械音声にスヴェンの眉が歪む。
『ようこそ私のスヴェン。私とスヴェンの愛の結晶たる子供達は気に入ってくれたよね? なにせ私と君の子供なんだもん』
狂愛混じりの聴き慣れた声にスヴェンはスピーカーに向かってガンバスターを叩き込んだ。
「『予測パータン5.『酷いなぁ、私の愛のメッセージを途中で中断するなんて』」
事前に登録されたパータンデータから選ばれる音声データ。
彼女なら発言に対する音声データも遺しているはずだ。そう考えたスヴェンは端末に向かって言う。
「ハッ、アンタが遺したデータは全て消した。このまま死ねクソ女」
『……へぇ、それなら貴方も道連れ。さあ私と地獄で一生愛し合いましょう』
『施設の閉鎖を開始、自爆装置起動』
機械音声のアナウンスと同時に隔壁が降り、ノック音が至る所で響き渡る。
研究所内部で鳴り響く警報と振動、天井から降る埃にスヴェンは粒子端末に視線を移す。
「解除は無理か」
「うむ、自爆装置の起動そのものは別端末から操作されたもの。これが彼女が遺した最期のトラップ……スヴェンの勝ちだ」
リサラは知らない。自身がレーナと召喚契約を結んだことも、いつでも自分の意志一つでテルカ・アトラスに帰れることも。
しかし帰るのは簡単だが、せっかくシャルナが贈った粒子崩壊爆弾を使わない手は無い。
コレの起動で自身の最後の仕事を完遂とし、スヴェンの死を明確なものにする。
スヴェンは背中のガンバスターを鞘ごと外し、床に突き立てる。
世話になった相棒を此処で手離すのは名残惜しい。
戦場を共に駆け抜けた最愛の相棒に万感の思いが巡る。
スヴェンは床に突き立てたガンバスターに小さく別れを告げ、躊躇いもなく粒子崩壊爆弾の起爆装置を押した。
「さよならだ、デウス神」
「うむ、もしもアトラス神に会うことが有ればよろしく伝えてくれ。ああ、それと邪神にもね」
「人の一生で神々に遭う機会なんざ無さそうだが、覚えておく」
スヴェンは臨界を始める粒子崩壊爆弾を一眼見てから眼を瞑った。
自身の意識を下丹田の魔力に集中させ、意志をレーナの召喚契約に向ける。
そして刻まれた魔法陣を起動させ、スヴェンは粒子崩壊を始める研究所からーーこの日、孤狼と呼ばれた傭兵スヴェンはデウス・ウェポンから消息を絶った。