映像に映し出されたクレーター状に抉り取られた大地にエルデは息を吐く。
空気中に散布された粒子が漂い、破壊の爪痕が鮮明に映り出される光景。
アレでは生存者は絶望だ。
これがスヴェンが選んだ選択。
リサラの研究施設ごと粒子崩壊爆弾による消滅。
エルデは端末越しに響く声に耳を傾ける。
『兄貴に躊躇いなんて言葉は無かったけど、まさか自分ごと巻き込まれるなんてね』
悲しんでいるのか、それともスヴェンには大した思い入れが無いのか淡白な声だ。
「あら、少しは悲しんだら?」
『これでも悲しんでるわよ。ただ、娘の前だから我慢してるだけ……あの子は兄貴に会うことを楽しみにしてたのよね』
ああ、なるほど。彼女も一人の母親として。スヴェンの身内として死を惜しんでいるのか。
それなら粒子崩壊爆弾をスヴェンに渡すべきでは無かった。
だがスヴェンなら臨界前に脱出できた筈だ。
仮に脱出できたなら何処かで生存しているはず。
それとも彼は戦場の無い世界に生きる意味を見出せず自爆を選択したのか?
デウス神はスヴェンの最後を頑なに語ろうとしはしない。
彼の意思を尊重して。その一点張りでスヴェンに関する質問には黙りだ。
「……意外だったわ」
『なにがよ?』
「スヴェンがあっさり死んだ事によ」
消えたかと思えば異世界に召喚され、そしてまた戻って来た彼が簡単に死ぬとは俄かに信じがたい。
それでも粒子崩壊爆弾によって消滅した研究施設が結果を告げている。
『確かにあの兄貴らしくない。ましてやあの女の後追いをするような真似なんてしないわ』
ならシャルナの言う通りスヴェンは今も生きている。
脱出の方法、何処へ行ったかは分からないが直感が生きていると告げている。
それならそれで構わない。スヴェンが何処で生きようとも彼の自由だ。
誰にも彼の人生を縛る権利など無い。
例え、育ての親だとしてもデウス神であろうとも。
エルデはスヴェンの行動にデウス神が一枚噛んでいるっと悟った上で、
「貴女達はこれから運び屋を営むのでしょう?」
話題を切り替えた。
『そうよ、兄貴にもリンネのお守りを任せようかと思ってたんだけどね』
それはそれでスヴェンが嫌がりそうだが。
「リンネちゃんのお守りなら任せて」
『嫌よ、アンタは甘やかしそうで任せられないわ』
甘やかす自信と確実にそうする確信が有るからこそエルデは沈黙した。
▽ ▽ ▽
デウス・ウェポンから自分の意志でテルカ・アトラスに再召喚されたスヴェンは自身を囲むエルリア魔法騎士団と玉座に座るオルゼア王にため息を吐く。
最初に召喚された時は疑念と混乱から警戒心を剥き出ししていたが、もう自分はそうする必要もない。
此処に居る全員、陰に隠れているアシュナ達からこちらを害そうとする意志など一切感じられない。
むしろオルゼア王の穏やかで悪戯心を宿した眼差しに騎士は笑みを堪えている始末だ。
スヴェンは両手を挙げ、念の為に確認を込めて訊ねる。
「ここはエルリア城、レーナに召喚された異界人スヴェンが呼び出された場所で間違いないな」
「うむ、此処は間違いなく貴殿が召喚されたテルカ・アトラスのエルリア城で間違いないぞ」
同じ世界と言えども無数に平行世界が存在する。その最たる例がミントが視た絶望の未来だ。
再召喚事態が元の場所に帰るかの賭けだったが、スヴェンは賭けが成功した事に笑みを浮かべる。
「って事は俺は戻って来れたんだな」
「ああ、安心するといい。貴殿が返還された日から3ヶ月経っているが誤差の範囲だろう」
デウス・ウェポンに一日と滞在していなかったが、テルカ・アトラスと次元の距離が遠いことが起因している。
スヴェンは自身の召喚時のことを思い出しながら息を吐く。
「あれから3ヶ月ってことは今は8月か」
「うむ、丁度レーナが空中庭園でミアと貴殿の家族と旅行に着いて話し合っているところだ」
護衛を頼むためかっと考えたスヴェンはオルゼア王に深々と一礼する。
「遅くなったが、俺は今日からこの国の人間として生きて行く」
「よい、平民として住民登録はこちらで済ませておこう」
「手間をかけさせる」
スヴェンは振り返りると騎士団が道を開け、歩き出すと壁側で笑みを浮かべるフィルシス達と目が合う。
スヴェンは眼でまた世話になるっと伝え、謁見の間を静かに立ち去った。
そして廊下を何食わぬ顔で進み空中庭園に足を運ぶ。
▽ ▽ ▽
夏の日差しに照らされた花壇の花々が輝き、レーナ達の楽しげな声にスヴェンは気配を殺した。
いつもなら堂々と近寄るのだが、改めて帰って来て再会するだけの筈が妙に恥ずかしい。
どんな顔をすればいいのか判らないが、
「悩むのも性に合わねぇか」
スヴェンは考えることを辞めて気配を押し殺したまま談笑するレーナ達の下に近付く。
いち早くこちらを発見したレーナとエルナが眼を見開き、小首を傾げるミア達の背後に立ったスヴェンは彼等に言う。
「あー、ただいま」
当たり前のあいさつだが、スヴェンにとっては新鮮で慣れないあいさつを口にするとミア達が一斉に椅子から弾かれるように立ち上がった。
そしてエルナ、ラウル、ロイがこちらに勢い任せに抱き付き、
「うおっ!」
スヴェンは倒れまいと三人を支え受け止めた。
「あり? お兄さんが帰って来たら押し倒そう計画が失敗しちゃったよ」
「アニキを驚かせたくてタックルの練習したんだけどなぁ」
「助走と勢い、何よりもスヴェンの力強さには足りなかったか」
一体なにを練習しているんだ? スヴェンは呆れた視線を抱き止めた三人に向けると彼らは花のような笑顔を浮かべて笑った。
家族の笑顔の前にスヴェンは頭に浮かんだツッコミがアホらしく思えて、口を閉じると突如衝撃が身体を襲う。
三人を支えた状態で足がもつれ、スヴェンはエルナ達とと共に仰向けに倒れた。
何事もかと視線を向ければ三人の間に加わったミアにスヴェンは深いため息を吐く。
「何してんだよ」
「私も抱擁したくて」
ーーだからってわざわざ押し倒す必要性は有るのか? しかも夏の日差しが照らす空中庭園で。
スヴェンは燦々と煌めく青空を見上げ、
「……まあ寝転んで空を見上げるのも悪くはねぇな」
花弁が舞う空を悪く無いと零すっとエルナとミアが胸筋に指先で突く。
「お兄さん、美少女2人の抱擁付きだよ? もっと喜びなよ」
「スヴェンさん、此処にレーナも加わるんだから覚悟してよ?」
スヴェンは佇むレーナに視線を移すと彼女は悪戯心を宿した笑みを浮かべ、こちらに手を差し出した。
差し出された手を掴んで立ち上がるとスヴェンの身体が引っ張られ、レーナの抱擁が全身を優しく包む。
「おかえりスヴェン」
「お、おう……改めてになるがただいま」
「えぇ、待ってたわ。みんな貴方が帰って来る日を」
自身の感覚では一日しか経過していないが、レーナ達は三ヶ月を過ごした。
「そうか、アイツらにも寂しい想いをさせちまったな」
スヴェンは背後に立つラウル達に視線を移すと、背後から四人に抱き付かれーー引っ付き過ぎだろ!
五人から抱擁されることになったスヴェンはどうすれば正解なのか、いや何が正解なのか分からないままただ家族と自身を想い続ける二人の少女から抱擁を受け続けた。
いま、この静かな時間が心の空虚と欠落を埋めスヴェンの心に温かさが宿る。
ああ、これも悪くないな。スヴェンは心からレーナ達に笑顔を浮かべるのだった。
もう殺しばかり続ける傭兵スヴェンは居ない。
此処に居るのはテルカ・アトラスのレーナ姫と契約を結んだただのスヴェンだ。
ーー 傭兵、異世界に召喚される 完 ーー