傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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4-4.赤子の親探し

 スヴェンと別れたミアは村の入口付近の荷獣車の繋ぎ場でハリラドンを停め、

 

「アシュナはどうするの?」

 

 アシュナに声をかけると返事が無い。

 しばし待てども返事が返ってこない。寝てるのかと思いつつも天井裏を開く。

 アシュナの部屋として改装された天井裏を覗くと、そこには固定されたベッドが一つぽつんと置かれていた。

 そのベットの上で静かな寝息を立てるアシュナの姿が映り込む。

 

「昨日は遅かったもんね」

 

 疲労を蓄積させたアシュナが疲れて眠っている。そう判断したミアは静かに天井裏の入り口を閉じた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 宝箱や着替え用品が入った荷物と赤子を抱えながらルーメンを歩くに連れ、村人の沈んだ表情が目に付くようになる。

 門から宿屋ソランまでたいして距離は無いが、すれ違う村人の表情が目に付く。

 事実を知ってる身としては、彼らの感情は理解もできるし同情もする。

 しかし、そんな暗い表情を浮かべる者に赤子を託していいものか。ミアは迷いながら小脇に逸れ、井戸前に集まる女性達に声をかけた。

 

「すみません、少しお話し良いですか?」

 

 得意の愛想笑いを浮かべ訊ねると、女性は訝しげな表情でこちらと赤子に顔を向ける。

 彼女達の眼差しから感じる同情心と憐れみの感情にミアは首を傾げつつ、

 

「この中に子育てにご興味が有る方は居ませんか?」

 

 直球に訊ねた。それがいけなかったのか、女性の視線は険悪感に一変する。

 

「産んだ赤子を人に譲る? どんな神経をしてるのかしら?」

 

「きっと若いからって男遊びにハマちゃったのよ、それでいざ産まれた子が邪魔に……」

 

「とんだ最低女ね。壁みたいな胸だけど、きっと顔だけが取り柄だったのよ!」

 

 盛大に勘違いされていることに漸く気付いたミアは、一つ咳払いを鳴らす。

 確かに勘違いされるような言動をしたこちらに非が有る。ただ、理由を聞く前に憶測と邪推で蔑まれるのは不愉快ではあるがーー壁って言った人は覚えてろよ?

 ミアは憤りを抑え、改めて彼女達に赤子に起きた悲劇を情に訴えるように語り出した。

 すると女性達の視線は険悪感から赤子に対する同情心に変わり、中には心を痛め胸を抑える者も。

 

 ーーふふ、あとはこの子を引き取る人が居れば!

 

 ミアは畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「それで、この子を育ててくれる心優しいお方を探しているのですが、どなたご存知ありませんか?」

 

 敢えて切り札を出さずに伝えると、女性は一様に視線を逸らした。

 

「申し訳ないけど、ウチではその子を育てられないわ。息子と娘がラピス魔法学院に入学したから学費も掛かるし」

 

「経済的な余裕はあるけれど、ルーメンの畑があんなんじゃ……それに今の私達が抱える心の影はその子にいい影響を与えないと思うの」

 

 確かにそう言われれば納得もできる。

 赤子の為を想うなら辛気臭い村よりも明るく活気に溢れた場所の方が良いのではないか?

 ミアはそう思いつつも、次に到着するフェルシオンの距離を考えーーやっぱり赤ちゃんの安全を考えるとここの方が良いのかな。

 赤子の安全を考慮して、話しを切り出す。

 

「旅を続ける私達にこの子を連れ回す方が危ないですよ。……他に誰か引き取ってくれそうなお方に心当たりはありませんか?」

 

 彼女達が無理でも誰か居るかもしれない。そう思い質問すると一様に互いに顔を見合わせて頷いた。

 

「……先日妻とお子さんを同時に無くしたライス先生ならもしかしたら」

 

「あの人もまだ立ち直れていないけど、子供も好きだから多分引き取ってくれるかも」

 

「そのライス先生というのは?」

 

 知らない人物に付いて訊ねると女性達は誇らしげな笑みを浮かべた。

 

「彼はルーメンの村医者よ」

 

「優しくて病人が居れば何処にでもすっ飛んで来るわ」

 

「それに人格者でもあるから、その子にきっと良い影響を与えると思う」

 

 ライスの評判を聴いたミアは少しだけ思考を巡らす。

 妻と子を亡くしたばかりの男性。子供好きで人格者、おまけに医者ともなれば安定とまではいかないが収入も有る。

 それに万が一赤子が病気に罹ろうとも治療できる可能性が高い。

 それらを踏まえ、ミアは宿部屋を確保した後に会おうと決意を固めた。

 

「ありがとうございます。後で会いに行ってみますね!」

 

 井戸前の女性達に別れを告げたミアは、軽い足取りで宿屋ソランに足を運ぶ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 ルーメンの村中にぽつんと佇む小さな宿屋ソラン。

 壁は所々蔓が伸び、御世辞も綺麗とは言い難い外観をしてるが、重視すべきは値段と室内だ。

 ミアがいざドアを開け中に入るとーー見慣れた少女が愛想笑いを浮かべていた。

 

「いらっしゃいませ! ようこそソランへ! 今なら追加料金で誠心誠意……っ!?」

 

 桃色の髪、紫色の瞳と目が合うと彼女は固まった様子で狼狽えていた。

 まさか同級生がルーメンで働いてるとは想像もしていなかったミアは、内心で驚くも恍けるように訊ねる。

 

「およ? セシナじゃないですか。卒業以来ですね」

 

「……なんであんたが此処に来るの?」

 

 セシナは心底嫌そうな眼差しを向けて来るが、彼女に嫌われるような事をした覚えは無い。

 逆に在学中、散々小馬鹿にされた被害者はこちらなのだがーー実技で鬱憤を晴らしたのが原因かな?

 それとは別に今のミアは宿泊客として訪れている。セシナがこちらに向ける感情など関係無い。

 こっちは金を払う立場にあり、セシナは金を受け取る側だ。多少強気に出てもバチは当たらないだろう。

 

「私は此処に宿泊に来たんですよ。……それとも私が嫌だからとお客様を蔑ろにするつもりですか?」

 

 事実を率直に伝えるとセシナは、悔しそうに下唇を噛みながら唸った。

 

「ぐぬぬ! 分かってるわよ! ここは食事とお風呂付きでお一人様一泊銅貨12枚よ!」

 

 ミアは料金を差出すと、セシナの視線が赤子に注がれていることに気付く。

 

「この子を育ててみますか?」

 

「かわいいとは思うけど、私じゃあ責任が待てないわよ……というか、あんたの子じゃないわよね?」

 

「この子は拾った子ですよ。……まあ、私も育てられないのでこうして引取り先を探してるわけなんですけどね」

 

「なるほど、大体の事情は察したわ。けど、なんでエルリア城に勤めているあんたがルーメンに来てるのよ」

 

 確かに治療部隊としてルーメンを訪れることは不思議では無いが、個人としてルーメンを訪れる理由がセシナには思い付かないようだ。

 

「私は観光旅行ですよ……異界人とですが」

 

 表向きの理由を隠して伝えれば、セシナは呆れた様子でため息を吐く。

 

「なんで異界人の旅行に同行を申し出たのよ。……あんたは治療部隊にかなり重宝されてるでしょうに」

 

 セシナの疑問にミアははぐらかすように笑っては、

 

「これでもお給料は出るので」

 

 一部の事実を伝えた。

 するとセシナはまるで雷が落ちたような表情を浮かべ、

 

「う、嘘でしょ? ただでさえ治療部隊の給金はそこそこ良いのに……異界人の旅行に同行するだけで給料が支払われる?」  

 

 収入の違いにショックを隠せず、受付カウンターに伏せてしまった。

 

「あの、部屋の案内は?」

 

「二階廊下の最奥よ。他は別の宿泊客で埋まってるから間違えないように」

 

 どうやら案内する気力も無いようで、困ったように周囲に視線を泳がせるとーーセシナに笑みを浮かべる中年男性の存在に気付く。

 彼女に雷が落ちると判断したミアはそそくさっとその場を離れ、階段を登り終えた頃にはセシナの悲鳴が響いた。

 悲鳴に苦笑を浮かべ宿部屋に荷物を置きに向かう。

 すると通りかかった宿部屋から『おい! うちの会長は何処行った!?』という話が聞こえ、なんとなく耳を澄ませると。

 

『気が付いたら何処にも居ねえ!』

 

『草の根掻き分けでも探せ! あの人を自由に行動させるな!』

 

 

 ーーそう言えば隊商が来てるって聴いたけど、何処の商会なんだろ?

 

 騒ぎ声を奏でる宿泊客に後髪惹かれるが、優先すべきことは赤子の引き取り先と魔法騎士団に未知のモンスターについて報告することだ。

 そして一人寂しく牧場跡地で過ごすスヴェンに差し入れを持って行かなければならない。

 

「スヴェンさんには何を差し入れしようかな? 君は何が良いと思う」

 

 返事もできるはずがない。そう理解しながら赤子に訊ねると赤子はきょとんした眼差しで、

 

「あー?」

 

 窮屈そうに身体を動かす。

 反応の悪い赤子についため息が漏れ、一度赤子をベッドの上に寝かせてから荷解きする。

 そして再度赤子を抱っこすると、

 

「むー!!」

 

 不服そうに唸られた。

 昨夜から感じていたが、この子はスヴェンに懐いている。

 スヴェンと赤子を引き離して良いものかと思うが、彼は自身が育てれば外道に堕ちると断言していた。

 その言葉には身を持って経験した実体験も含まれ、彼がどんな過去を歩んだのかなんとなく想像できてしまう。

 あくまでも想像と憶測だが、スヴェンも誰かに拾われ育てられた。それが傭兵で彼の生き方を決めてしまった要因なのではないか?

 そんな憶測が立つがーー彼が過去を語りでもしない限り真相は闇の中だ。

 

「あとでスヴェンさんに抱っこしてもらえるから、それまでは私で我慢してくださいよ」

 

 そう優しく話しかけると赤子は理解したのか、

 

「う〜」

 

 唸り声を挙げるや否や、微睡に身を任せてスヤスヤと眠り始める。

 

 ーー親が亡くなって、この子は私達にたいして一度も泣かない。

 

 親の死を理解していないのか、そもそも両親の顔をまだ認識できていないのか。

 生後二、三ヶ月なら無理もないかもしれないが……。

 

「先に騎士団の駐屯所に行かなきゃ」

 

 赤子を連れてというのは憚れるが、ライスに託すにせよ込み入った話も必要になる。

 特に未知のモンスターに関する情報は早く届けるに越したことはない。

 ミアは未知のモンスターに対する知見とスヴェンから得た情報を基に頭の中で報告を纏め、宝箱を入れた荷物を忘れずに宿部屋を後にする。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 宿屋ソランから真っ直ぐ魔法騎士団の駐屯所に向かったが、

 

「誰か居ませんか〜?」

 

 先程から何度も声を掛けても反応が無い。

 魔法騎士団が出払ってること事態が珍しくもないが、なんとも間が悪いと思えた。

 仕方ないと諦めたミアは、此処から近いライスの診療所に足を伸ばす。

 怪我人が絶えない駐屯所の側に建てられた診療所に到着したミアは、さっそくドアを叩く。

 

「すみません! ライス先生は居ますか!」

 

 中まで聴こえるように訊ねるとドアが開き、優しげな紳士然とした男性が姿を現した。

 

「おや、診察かな?」

 

「いえ、実はこの子の引き取り先を探してまして」

 

 柔らかく愛想笑いで簡潔的に伝え、ライスは思案顔を浮かべると。

 

「……詳しい話は中で聴こうか」

 

 ミアを招き、そのまま診察室に通される。

 様々な薬品の匂いが漂い、薬品と医療道具が並ぶ棚に囲まれた診察室で椅子に座ったミアは早速話しを切り出す。

 

「実はこの子の両親はメルリア守護結界領域の近くでモンスターに襲われたようで……私達が通り掛かった時にはもう」

 

 赤子が血に汚れた宝箱に隠されていたこと、その宝箱には大量の金貨も入っていたことも含め、実物を見せながら話した。

 だがライスは宝箱に詰められた大量の金貨に興味が無い様子で、真っ直ぐこちらを見詰める。

 

「……モンスターに襲われ、孤児が出るのは珍しい話では無いけどね。それで君はわたしにその子を引き取って欲しいと?」

 

「はい。この子の将来とかを考えれば先生が育てた方が一番だと思いましてね」

 

「確かに子の将来を考えればわたしが育てるのが一番だね」

 

 ライスは眼を伏せ、亡くした妻と子を想ってかゆっくりと息を吐き出した。

 やがて赤子とこちらを見据えたライスは優しげな眼差しで、

 

「わたしが育てる。そう結論は出ているんだけどね、一度君の同行者とも話しをしたいんだ。もしかしたらわたしよりも君達の方が良いことも有るだろうし」

 

 それは無いと断言はできないが、スヴェンにもしも心変わりが訪れればその可能性も無いとは言い切れない。

 なによりもミアから見てライスは善人と判断できるが、スヴェンがどう判断するのかはまだ判らない。

 

「分かりました。彼は暇してると思うので直ぐにでもどうですか?」

 

「いや、悪いけどこれから健診に訪れる患者が居てね。だからお昼過ぎ辺りにわたしの方から訪ねるよ。……ま、午後からも診察が有るけど」

 

「それじゃあ彼にはそう伝えておきますけど、この子と少し過ごしてみますか?」

 

「まだわたしが引き取れるとは限らないからね、それにその子を置いて行かれても困る」

 

 確かにその選択肢も無い訳ではないが、どうせなら赤子を無事に引き取られるのを見届けてから出発したい。

 スヴェンがなんと言おうとそれだけは拾った者として果たすべき責任だ。だからこそ譲れないし、ハリラドンを動かす気も無い。

 

「そんなことはしませんよ。……あっ、そういえば話は変わりますが、村の皆さんは何処か暗い様子でしたけど何か有ったんですか?」

 

「……3年前からみんな気持ちが沈んでるけど、いやこれは後で話そう」

 

 そう言われて気にもなるが、間が悪くライスを呼ぶ声に、

 

「いま行きますよ! さ、診察の時間だ、君もそろそろ行くと良いよ」

 

 長いしては彼の邪魔になる。ミアは彼に一礼した後、診療所を静かに立ち去る。

 村の外は相変わらず沈んだ空気に包まれ、誰かを捜す一団で溢れていたがーールーメンの名物料理をスヴェンに届けると決めたミアは、早速料理を買いに行動を移した。


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