倒壊した牧場跡地に到着したスヴェンは、屋根が崩れた小屋を訪れ、
「干草のベッドか、悪くねえ」
思ったよりも小綺麗な小屋に口笛を鳴らした。
しかし現在時刻は十時だ。まだ休むには早過ぎるが、こんな時こそやっておくべきことは多い。
特に誰の気配もない広々とした場所は、ちょっとした鍛錬や確認に適している。
さっそくスヴェンは鞘からガンバスターを引抜き、下丹田の魔力に意識を集中させる。
両手でガンバスターの柄を強く握り込み、射撃の構えを取った。
下丹田から両腕に魔力を流すイメージを浮かべ実行に移す。
魔力がスヴェンの下丹田から両腕に流れ込む。此処までは問題無いがーー問題はこの後だ。
柄を通してガンバスターに魔力が伝わるが、魔力は柄からシリンダー部分で動きを止めてしまう。
利腕の右手だけならガンバスターの全体に魔力をスムーズに送れるのだが、何故か両腕となると魔力の流れが分散し、止まってしまうのだ。
「何が問題だ?」
まだ左腕に魔力が伝達し難いのか、単なる素質の問題か。
それとも素材ーーメテオニス合金が魔力の流れを阻害してるのか?
元々メテオニス合金は宇宙から飛来した隕鉄と魔力が結晶化したマナ結晶を加工して製造された物だ。
メテオニス合金は衝撃や銃弾を跳ね除ける硬度を誇り、ガンバスターに内蔵する粒子回路の強度を高め、各モジュールの伝達率を効率的に上昇させ、全体の強度を確保している。
そのメテオニス合金が魔力の流れを阻害しているのか、それとも粒子回路と魔力が干渉した結果、互いを相殺しているのか。
考えても原因が判らず、ため息混じりに周囲に視線を落とすとーー立て掛けられた刺又に目が行く。
「試してみるか」
ガンバスターを鞘に納め、刺又を手に取る。
そして先程と同じ様に魔力を操作すると、驚くべき事に両腕の魔力が刺又に容易く宿った。
「……確か木製ってのは魔力と相性が良いんだったか?」
自然物の素材と魔力の結び付き。そんな話しを依頼を請た日にレーナから聴いた覚えが有った。
しかし片腕ならガンバスターに魔力を送る事はできる。できるが、装填した銃弾にまでは細かく行き届きかず、クルシュナ達が用意した魔法陣を発動させることもできない。
両腕はダメで片腕が成功する理由ーー原因は力量と材質か。
この仮説を立てるにはまだ判断材料が少ない。そう結論付けたスヴェンはシリンダーから.600LRマグナム弾を取り出した。
「小さい物ならどうだ?」
物は試しにと銃弾に魔力を流し込む。
すると.600LR弾がスヴェンの魔力に反応を起こし、雷管に刻まれた魔法陣が発動した。
赤く輝く銃弾にスヴェンは眉を歪める。わざわざガンバスターに魔力を流し込む必要性が無かったと。
赤く輝く銃弾をシリンダーに装填した、その瞬間ーー赤い輝きが消え、通常の状態に戻ってしまう。
結局魔力を流し込みながら引き金を引かなければ銃弾に刻まれた魔法陣は効果を発揮しないことが改めて判明した。
「……次は.600GW弾で試してみるか」
サイドポーチから.600GW弾を取り出し、魔力を流し込む。
すると銃弾に魔力が流れ込むがスヴェンは意識を集中させ魔力の流れを視るとーー.600GW弾に流れた魔力は一箇所に留まらず、拡散してることが判る。
「原因はこれか?」
今までガンバスターに魔力を流し込む際は注意深く意識を集中させて無かった。
改めてスヴェンは、ガンバスターを引抜き魔力を流し込む。
やはりと言った様子で片腕でガンバスターに流し込んだ魔力が拡散している。
次に両腕で実行してみれば、より細かく魔力が拡散してることが判る。
この現象を力量不足と見るかーーいや、刺又は上手くいったな。
スヴェンは再度刺又を持ち上げ魔力を流す。すると魔力は拡散せず濃密に流れ込んでる様子が視認できた。
今度はナイフを引き抜き魔力を流し込めば、魔力は拡散せず濃密に流れ込んでいた。
ーーこいつは確か、クロミスリル製とか言っていたな。
つまり魔力操作の練度不足に加え、ガンバスターの材質と魔力の相性が悪い。そんな結論が頭の中で浮かび、スヴェンの額に汗が滲む。
「……ブラックに頼んで材質の交換が必要か。いや、完成まで時間を要するか」
それまで相棒で戦い続ける必要が有る。
ここにテルカ・アトラス製のナイフも有るが、ナイフは拷問と緊急時の手段に過ぎず、そこまで扱いに長けてる訳でも無い。
「今の装備でモンスターの相手はやっぱキツいな」
結論付けたスヴェンはサイドポーチから紙と羽ペンの一式を取り出し、ブラックとクルシュナ宛に手紙を書く。
後はミアに頼んで配達して貰えば済む話だが、
「緊急時に村に入れねえのが厄介か」
肩を竦めると、ジャリっ。土を踏んだ足音にスヴェンはガンバスターを構える。
「出て来い」
警戒心と威圧を込めると、スヴェンが最も会いたく無い人物が爽やかな笑みを浮かべながら姿を見せた。
スヴェンはガンバスターを鞘に納め、明後日の方向に顔を逸らす。
つまり彼を見なかった事にする。それがスヴェンの取った方法だった。
自分は何も見ていないし出会ってもいない。そう言い聞かせながら口笛を吹く。
「奇遇だねスヴェン! 君もまさかルーメンに来てるなんて驚いたよ! それともこれはもはや運命かな?」
何が運命だ! スヴェンは出掛けた言葉をグッと呑み込む。
ヴェイグを相手に叫ぶのは体力の無駄に思えたからだ。
「……会長のアンタこそ、自らルーメンに商談か?」
「いやいや、此処には単なる通行のために立ち寄っただけだよ」
通行のため。ルーメンの西にはファザール運河、そして運河を超えた先は貿易都市フェルシオンだ。
可能ならファザール運河で船に乗り継ぎ、北上したい所だがーーエルリア城で得た情報によれば水路は邪神教団に従う魔族が見張っている。
だから陸路で旅を続ける他に無いのだが、
「アンタの次の目的地はフェルシオンってことか?」
「そうだよ。此処から北のネルリアには部下達が商談に行ってるからね……それに大事な商談は部下に任せられないのさ」
目元を隠しながら真っ直ぐとこちらに顔を向けるヴェイグに、スヴェンはこれ以上の詮索も野暮だと判断した。
旅の道行に偶然の重なりも有るのだろうっと。
同時にヴェイグに幾つか訊ねておくべきことも浮かぶ。
「会長ってのは大変なんだな……話しは変わるが、メルリアの守護結界領域でモンスターに襲われた荷獣車を見た」
自身が見た光景に付いて話すと、ヴェイグは興味深そうに息を吐いた。
「モンスターが蔓延るこの世界で特別珍しい話しじゃないけど、もしかしてわたしの商会の一員かもしれないと?」
「あるいはアンタがパーティに招待した客かも知れねえが、残骸には身分証らしき物は無かった」
「ふむ……招待客に被害が出ればわたしの方にも連絡は来るが、発覚から時間も掛かる」
ヴェイグは赤子に対して言及してこなかった。
ーー村の中でミアと会わなかったのか?
そう広くも無い村の中でミアと再会せず、此処に真っ直ぐ足を運んだとは考え難いが赤子の件も有る。
変に疑わず、赤子の保護先を優先すべきだ。
「招待客の中に赤子を連れた親子は居なかったか?」
「あぁ、なるほど。君はわたしが招待した客人に被害が出たと考えたわけだね。……だけどわたしが招待した客人の中に赤子連れは居なかったよ」
フェルシオンに向けて出発するヴェイグの隊商に赤子を任せる。
旅は続くが少なくとも赤子の生活は良いだろう。そこに人並みの愛情が注がれるかは別問題だが。
スヴェンはそこまで考えーーやっぱ、ガキには愛情ってヤツが必要か。
自分のような愛情を知らずに育つよりはずっとマシに思える。
血の繋がりが全てでは無いと理解こそしてるが、赤子の引取り先は中々難しいだろう。
「そうかい。アンタは養子に興味は有るか?」
「……今の所養子を取るつもりは無いな。これでも商会の会長を勤めていると色々と面倒ごとも多い、出来れば赤子を巻き込みたくは無いかな」
すんなりと自身の立場から断るヴェイグにスヴェンは仕方ないと頷く。
「なら他に宛を探すしかねえな」
「お前は赤子なんて軽んじると思っていたけどね」
意外そうに呟かれた言葉に、スヴェンは宝箱を抱えた女性の右腕を思い出す。
「死んでまでガキを守ろうとした姿を見ちまったら、責めて発見者として義理は果たしてぇだろ」
それが銅貨一枚の価値にもならないと理解しながら、命を落としてまで赤子を護った親に対する敬意を一度でも抱いてしまえば無視もできない。
「似た境遇から来る同情ではないと?」
ヴェイグの言葉にスヴェンは鼻で笑った。
「まさか、一々境遇で同情なんざしてらんねえよ」
「へぇ。それでこそわたしが気に入った男でも有るな!」
嬉々として両手を大袈裟に広げて見せるヴェイグに嫌気が差す。
彼のそういう一面がスヴェンは苦手で、どうにも近付きたいとも思えないのだ。
「……それで、俺に何か用が有ったのか? 忙しいアンタがわざわざ訊ねるとも思えねえが」
「いや、偶然お前の血と煙に似た臭いを感じたからね」
彼の言う煙に似た臭いとは、恐らく硝煙のことだろう。
何方にせよ臭いで居場所を特定されては、鳥肌と悪寒を感じざるおえない。
「気持ち悪いことを平然と……これ以上近付くなよ? 近付いたらぶった斬るぞ?」
ガンバスターを構えて威嚇して見せると、ヴェイグは音から察したのかわざとらしく肩を竦めて見せた。
「やれやれ冗談だよ。本当は優しくも甘く愛らしい匂いがしたものでね。そう、お前の連れの少女の匂いがね」
メルリアでヴェイグと再会した時、どうやってミアを判別したのか敢えて言及しなかったがーーやっぱ、嗅覚と気配か。
これで小さな村と多少離れた距離ならヴェイグに居場所がバレる事が発覚した。
ならメルリアの地下遺跡に向かった事も既に彼には知られてる可能性が高い。
しかし、それ以前にスヴェンはヴェイグに変質者を見るような冷ややかな眼差しを向けた。
「お、おや? わたしの渾身のジョークなんだけど、やはり受けが悪いのかな?」
「匂いで居場所が特定できるって言ってるようなもんだからな。喜ぶのは奇異な奴ぐらいだろ」
「可笑しいな、女性は匂いを褒めると歓声を挙げるのだが……?」
真面目に考え込むヴェイグの様子に、女性の感性と自身の常識を疑った。
「おっと、そろそろわたしも戻らなくてはね。そうそう、この村の獣肉のチーズ乗せは絶品だから一度食べる事をオススメするよ」
食欲を唆る情報を残してヴェイグは村の方向に去って行く。
同時に立ち去った彼と入れ替わるようにミアが訪れ、
「赤子の引取り先は見つかったか?」
「この子の件だけど、午後から村医者のライス先生と会う約束を取り付けたよ。それで出来ればスヴェンさんにも同伴して欲しいの」
「……村に入れねえ俺がか?」
「うん。その辺はライス先生も理解してるから話し合いはこの場所でね」
そもそも人の善意はミアでも把握できる。なら改めてそこに立ち会う必要性が無いようにも感じられた。
「アンタ一人でも十分だろ」
「そうだけど、どんな人に引き取られるのかスヴェンさんも安心したいじゃない? 赤ちゃんが一番懐いているのはスヴェンさんなんだしさ」
「血と硝煙に汚れた外道に懐くってのも考えもんだな」
「多分、本能的にこの人と居れば安心だって理解してるんじゃないかな」
「赤子の本能や直感は本物だが……赤子からすればアンタら二人は頼りないってことか」
「……も、もう少し胸が大きかったから赤ちゃんだって母性を感じてくれたはず!」
自身の真っ平な胸を嘆き悲しむ彼女を他所に、スヴェンは肩に掛けられたバスケットに視線が行く。
「ソイツは飯か? 丁度も腹も減ってたところだ」
「……もうすぐお昼だと思って、ルーメン村の名物を持って来たよ」
「獣肉のチーズ乗せか!?」
「えっ、そ、そうだけど……如何して判ったの?」
「さっきまでヴェイグが此処に来てたんだよ。去り際にこの村のオススメを聴いてな」
そう伝えるとミアは何か思案する様子を見せ、
「そう言えば此処に来る途中ですれ違ったけど……スヴェンさんを訪ねてたんだ。でも村で会っても無いのに、よく此処だって判ったね」
疑問に首を傾げた。
「臭いで特定されたらしい」
隠す必要もないと判断して、どうやって居場所を知ったのか教えるとミアが頬を引き攣らせた。
彼女の反応は無理もない。幾ら盲目で他の五感で補っているとは言え、堂々と嗅覚で特定されと公言されれば引いてしまうのは仕方ない。
「……出来れば奴とはもう会いたくないな」
「無理じゃないかな? スヴェンさんはすごく気に入られてるみたいだし」
何処に気に入られる様子が有ったのか疑問が湧くが、ヴェイグのことは忘れて食事に入ろう。
そう結論付けたスヴェンは早速ミアが持参した獣肉のチーズ乗せを堪能することに。