傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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4-7.風と痕跡

 不審な一団の調査に出たスヴェンは、一先ず塩害に侵された農地から牧場跡地を中心に調査を開始したのだが、

 

「この辺りには手掛かりはねえか」

 

 しらみ潰しに土や踏み潰された草花を調べるも、どれも小動物の足跡ばかりだった。

 別の場所を捜すか、一旦アシュナと合流するか思案したスヴェンは空を見上げる。

 既に夕暮れが訪れ、今晩は雨が降るのか雨雲が漂っていた。

 痕跡が無ければ無いでそれに越したことは無いが、ルーメンの外を見張るにしても限度が有る。

 根城に奇襲を仕掛け、ルーメンの村人は何も知らずに過ごす。それがスヴェンの考えられる最良の結果だった。

 彼らが異界人の活動を識る必要も無ければ、感謝の念を抱く必要もない。

 これはライスに雇われた傭兵が行動してるに過ぎなければ、単なる見張りの範疇に収まる。

 スヴェンは改めて空から周辺に視線を移す。そして周囲一帯を見渡すと、こちらに駆け寄るアシュナの姿が見えた。

 

 スヴェンの下に到着したアシュナは、相変わらず感情を押し殺した様な無表情で告げる。

 

「此処から北の洞窟に怪しげな一団を見た」

 

「北か。敵の規模や素性は?」

 

「六人、素性は不明」

 

 素性不明の一団。単独で制圧可能な人数だが、決して油断できる相手でもない。

 

「魔法騎士団は?」

 

「さっき北の洞窟に向かうのが見えた」

 

 魔法騎士団が制圧するなら確かにスヴェンの出る幕は無い。

 しかし気楽に喜べない。核たる痕跡も根拠も無いが、戦場で培ってきた経験が勘に訴えかけるのだ。

 

「……一応念入りに調べるぞ」

 

「一団は一つとは限らないから?」

 

 意外と理解が速いアシュナに頷くことで肯定する。

 するとアシュナは掌を開き、そこに魔力を集め始めた。

 今から何をするのか興味が湧いたスヴェンは、彼女の小さな掌で渦巻く魔力に注視する。

 

「風よ呼び掛けに答えて」

 

 アシュナが詠唱を唱えると掌の魔力が魔法陣を描き、完成した魔法陣から翠色の光りが溢れる。

 光りが収まるとーーなんだこれ?

 スヴェンはアシュナの掌に鎮座する存在を凝視した。

 羽が生えた小さな生き物、理解し難い生き物に面食らっていると。

 

「精霊ははじめて?」

 

 首を傾げるアシュナに頷く。

 

「あぁ、精霊なんてお伽噺みてえな存在が実在してるなんざ考えもしなかった」

 

「勉強不足だね」

 

 確かにアシュナの言う通り勉強不足だ。魔法に種類が有るとは理解していたが、スヴェンが理解してるのは精々が攻撃魔法、治療魔法、召喚魔法、結界魔法と言った戦闘に使える魔法ばかりだ。

 

「そうだな、勉強は必要だ……それで? ソイツをどう使うんだ?」

 

「使うんじゃない。お願いするの、精霊は大自然に生きる神聖な生き物だから敬意は大事」

 

 アシュナの棘を刺す様な視線を受け、更に彼女の掌の上で腰を手に当てた精霊にスヴェンは頭を掻く。

 面倒なガキが増えた。なんとなくそう感じたが、余計な一言を口走れば話が逸れるばかりで調査に遅れも出る。

 そう判断したスヴェンはしっかりとアシュナと精霊の瞳を見詰め、

 

「そいつは悪かったな」

 

 軽い謝罪の言葉を口にした。

 それに気を良くしたのか、精霊はアシュナの掌から浮かび上がり、彼女の周囲を一周飛び回る。

 

「それじゃあその精霊様に何をお願いするんだ?」

 

「この辺りに悪い人が居ないか調べて欲しい」

 

 アシュナが精霊に抽象的な言葉で頼むと、精霊は風を操り周囲一帯に風を吹かせた。

 やがて精霊はこちらを凝視しては指差す。

 

「……あー、俺か」

 

 悪い人と言われてある意味妥当な判断と思えた。

 散々戦場で人殺しに明け暮れたんだ、精霊に悪人判定されてもおかしくはない。

 スヴェンが一人妙に納得してると、

 

「違うよ。この人とは別の悪い人」

 

 精霊は落胆気味に肩を落とした。

 そして再度風を操ると、精霊は南の方角と北西のルーメンに指差す。

 やがて精霊は要件を果たしたからなのか、風と共にその姿を消した。

 

 ーールーメンにもだと? いや、判定的に如何なんだ?

 

 ルーメンに居るのは単なる犯罪者か軽犯罪。それとも不審な一団の一人か。

 スヴェンはそこまで思案してから改めて南の方角に身体を向ける。

 数キロ先に森が見える。確かに一団が潜伏するなら最適な場所とも言えるだろう。

 

「森か。アンタはこの事をミアに伝えて来い」

 

「一人で行くの?」

 

「アンタのことだ、報告が終われば付いて来るだろ」

 

「それがお仕事。ミアはどうする?」

 

 彼女を村に残すかどうか。確かに精霊の判定基準は正しいと思えるが、ふと精霊が指差した方角を思い出す。

 

 ーー待て、精霊は北の方角を指差さなかったな。

 

 北の洞窟には不審な一団が居るが、精霊は何も反応を示さなかった。

 つまり北の洞窟に居る不審な一団は悪人ではない。

 しかも魔法騎士団は北の洞窟に向かった。確かに相手が不審な一団だと判れば安全面を考慮して乗り込むのも無理はないだろう。

 

「一つ聴いておくが、精霊魔法ってのは誰にでも使えんのか?」

 

「珍しい魔法、魔法騎士団に使える人は居ないぐらい。……姫様は契約召喚で凄い精霊も呼び出せるけど」

 

 レーナが規格外なのか、精霊魔法と召喚魔法にそこまで差異はないのか。そんな疑問が浮かぶが、一先ず珍しい魔法と理解する。

 だから魔法騎士団が北の洞窟に潜む一団に向かったのも調査の過程で怪しいと判断したからこそだ。

 そもそも精霊魔法が無ければ、スヴェンも北の洞窟に関して勘違いしていたと断言できる。

 しかし、厄介なことに村は手薄な状態ーー緊急時には村に入ることも厭わないが、スヴェンは万が一の可能性を考え一つ結論を出した。

 

「……二人には村の方を頼む」

 

「スヴェンは一人で大丈夫? あそこの森、そんなに広くは無さそうだけど」

 

 土地勘も無ければ夕暮れ、おまけに雨も降りかねない天候だ。

 だが、その状況がスヴェンにとって好ましい環境だった。

 潜入時に雨音が足跡を掻き消し臭いを消す。逆に言えば一団の痕跡も洗い流されてしまうリスクも有るが。

 

「問題ねえよ」

 

 それだけアシュナに告げ、森に向かって歩き出す。


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