部屋のシャワールームで汗を流し、身形を整えたスヴェンはミアに連れられ謁見の間に案内される。
そこは昨日召喚された部屋と同じ場所で、特に真新しい物は無く代わりに玉座に国王が腰掛けていた。
「ご苦労ミア、下がっていいわよ」
「はい、それでは失礼させてもらいます」
ミアはそのまま退出し、この場所にスヴェンとレーナ、そして国王だけが残される。
護衛の居ない謁見の間――かと思いきや天井、玉座の天幕の裏と支柱の裏から感じる視線にスヴェンは用事深いと感心を示す。
数名の護衛、昨日見た兵士とは違う。隠密や影から護衛を得意とした部隊が居る。
そう推測を立て、昨日の己が取った行動を振り返る。
ーー昨日、あそこで暴れ出そうものなら危険だったな。
「それで今日は依頼の話しでいいのか?」
「えぇ、改めて傭兵スヴェンに魔王救出を依頼するわ。と言っても事情が分からないまま承諾はできないわよね」
言われたスヴェンは頷く。
こちらは戦争屋の外道に過ぎない。善意で人助けなどやるような人種でも無いのだ。
ソレをやるのはお人好しか、それこそ電子書籍の物語に登場する勇者と呼ばれる物好きだ。
特に依頼者の望みと依頼に対する姿勢、考えや背後関係を知っておく必要が有る。
以前、まだ新米だったスヴェンは提示された報酬に目が眩み、酷い失敗をしたことが有った。
依頼者に騙され、殺されかけたから逆に返り討ちにした苦い記憶を背景にスヴェンはレーナの言葉に耳を傾ける。
「もう3年になるわ。邪神教団によって魔王アルディアが凍結封印されてしまったのは」
「物騒な名だな。何か? 邪神を目覚めさせ世界征服ってか」
冗談混じりに言うと、場の空気が重くなるのをスヴェンは肌で感じ取った。
同時にレーナは意外そうな表情で、
「あら神の存在はそちらの世界にも居るのかしら?」
「機械神デウスって神なら崇められてるが、こっちにも居るのか」
「機械神……こちらの神はアトラス神と呼ばれてるわ」
異なる世界の神、何処の世界にも神は居るもんだなと一人納得する。
そして邪神教団が邪神復活を望む組織ならろくでもない連中なのだと想像が働く。
それが態度に出ていたのか、レーナは小さく笑って。
「貴方の想像通りよ。連中の目的は世界各地に散らばる邪神を封印した鍵を集め、邪神を復活させること」
「復活すればどうなる?」
「先ず人の身では勝てないでしょうね。そもそも邪神を始めとした神は不変不滅、倒すこともできないから封印するしか方法がないわ」
復活すれば邪神を再封印しなければならない。
それは頭で理解できるがスヴェンにはそこまでしてやる義理が無い。
せいぜいが魔王救出までが良い所だろう。
目的の障害となるものは排除を前提として。
「邪神の復活はどうでもいいが、その邪神教団が魔王を凍結封印した理由は?」
「アルディアから封印の鍵を奪い、各国に対する人質及び魔族を戦力として利用するためでしょうね」
自国の王が人質に取られた状況下で国民である魔族は救出に出そうだが、スヴェンはその事を踏まえて状況に付いて訊ねる。
「魔王の民は救出の為に動いてんのか?」
「アルディアの身柄を抑えられたお陰で魔族は邪神教団に従わざるおえない状況下に落ちてるわ」
「随分と忠誠心が高いこって」
「アルディアは国民に愛され、他国からも信頼厚いもの。こちらも迂闊に救援部隊を差し出さないのが現状よ」
「なるほど。各国の動きは理解できたが、人質を取った連中は何か要求したのか?」
「邪神教団が各国に発信した要求は、各国の戦力を差し向けないこと。鍵を明け渡すこと、邪神を崇めること」
「最後のはどうでもいいが、それなら俺達異界人も各国の戦力に入ると思うが?」
なぜわざわざ異世界から召喚するのか。
それが分からなかったが、スヴェンの疑問はすぐに解消されることになる。
「邪神教団にとって異界人に対する認識は取るに足らない存在。現に異界人の何人かは逆に向こうに寝返ってるわ」
なるほどと妙に納得できる。
邪神教団にとって異界人を取り込むことは、消耗品の戦力として利用できるのだと。
同時に魔王救出に当たり、異界人の召喚を任されているレーナの信頼失落に繋がる外的要因を邪神教団がわざわざ手放す必要も無いことも理解できた。
「消耗品としても使い捨てにできるわけだ」
「……私はそうは思わないわ。貴方だって使い捨ては嫌でしょう?」
「傭兵は金さえ払えば何でもやる。それこそ戦争の火種を振り撒く事だろうともな」
「そう。なおさら貴方にはこちらの依頼を請けて貰わないとね」
「魔王救出だけならな。邪神復活の阻止だとかは……まあ、封印の鍵を見付けたら奪うぐらいのサービスはしてやる」
レーナの表情が明るくなるが、スヴェンは一つだけ釘を刺す。
「待て、俺はまだこっちの戦闘も価格相場も知らねえ。何より文字も読めねえんだ……正式な受理は戦闘を体験してからでも遅くねぇだろ」
「あら? 昨日見せた状況判断力と身のこなしから相当数の修羅場は潜り抜けてると判断したのだけど」
いい観察眼を持っている。スヴェンはレーナを評価したうえで自分に足りない経験に付いて話す。
「俺は魔法を使用した戦闘を知らねえ、謂わば未知の領域、情報不足は危険だ。それに俺自身が魔法を使えねぇから経験も必要なんだよ」
「そこそこの魔力は有るのに?」
「こっちの世界じゃあ魔力は、武器に流し込む程度にしか使われて無いんだよ。俺はその魔力を扱ったこともねえ」
この世界でどの規模で魔法が使用されているのか、武器が通用するのか怪しい状況でスヴェンは依頼を請ける気になれない。
仮に即決で依頼を請負ったとして、この世界に自身の戦闘技術が通用しない。だから依頼を破棄したいでは不義理だ。
「そう、確かに貴方の言うことも一理あるわね。ミアと訓練場に行くように、あと先に言っておくけど報酬に糸目は付けないわよ」
「そいつは期待できそうだが、国王陛下から何か言うことは無いのか?」
「……娘が判断したこと、ワシの許容範囲ゆえ口出しはせん」
どっしりとした声、それでいて眼差しからレーナを信頼してることが窺える。
「そうかい。あー、一つ確認だが……この国で注意事項、守るべき法律は?」
「国内において殺人禁止、やも得ない場合は許可するけどそうでも無い場合は無力化が望ましいわ。それから法に抵触することは後でリストに纏めて置くから」
スヴェンは殺人禁止と自身に言い聞かせ、
「承知した。殺しはしないように善処する、それで話しは一先ず終わりか?」
「そうね、続きは貴方の戦闘が終わってからね」
こうしてレーナとの謁見も終わり、スヴェンはミアに事情を伝えのち訓練場に足を運んだ。