雨がぽつぽつと降り始めた森の中で、スヴェンは至る所に遺された足跡と車輪の痕跡を頼りに進んでいた。
本降りとなればこの痕跡も消える。その前に一刻も早く一団の下に辿り着かなければ。
スヴェンは木々を遮蔽物として利用しながら歩く速度を速める。
その都度、罠と気配に加えて魔力に細心の注意を払うがーー意識を集中させた途端に地面から僅かな魔力を感じた。
スヴェンはその場の土を掻き分けると、姿を見せた魔法陣が怪しげな光を発する。
「埋まった魔法陣……地雷か何かか?」
ご丁寧に用意された罠が『この先に何かありますよ』と語っているも同然だ。
痕跡を遺す点から素人とも思えたが、足跡と車輪跡は罠から注意を逸らす為の偽装。
魔法が発達してるからこその罠。魔力の無音無臭の性質が仕掛けとして理想的な効果を発揮していた。
中々侮れない危険性にスヴェンはぼやく。
「硝煙も鉄の臭いもしねえ……判別方法は魔力の知覚化だけか」
テルカ・アトラス出身の者に対してはたいした効果も見込めないだろうが、魔法技術の知識に乏しい異界人には最大の効果を発揮する。
ただ、何故敵がミア達に対して効果の薄い罠を仕掛けたのかーー魔力の知覚化は常に集中を要するが、果たして森の中でいつまで保つか。
森は他の生物も棲息し、時折り小動物が鳴らす足音さえも神経が過敏に反応する。
高い集中力を要するからこそ時として環境が仇になる。
周辺の環境と足元の魔法陣に注意を払い、森の中を進む。
▽ ▽ ▽
魔法陣に馴れない進行はスヴェンの足を鈍らせ、森に入ってから随分と時間が経過した。
既に森は暗闇と激しい雨音に覆われ、視界が狭まる。
しかし敵は迂闊にも森の中で火を焚き、スヴェンに進むべき方向を示していた。
灯りの方向から感じる複数人の気配ーーざっと、四、五人ってところか。
「油断か、誘いか」
罠の危険性も十分に考えられる。
しかし魔法陣が仕掛けられた地点は既に通り抜けたようで、周囲一帯に魔力の気配が無い。
誘い込まれている気もするが、スヴェンにとってやるべきことは単純明快だ。
情報を吐かせつつ殲滅する。至ってシンプルな答えにスヴェンはガンバスターを片手に迂回しつつ、灯りを目指す。
徐々に距離が近付くに連れ、武器を構え何やら話し合う五人組みと雨に身を震わせるハリラドンの姿が見える。
スヴェンは茂みに身を潜め、耳を研ぎ澄ませると、
「連中を撒けたが、どうする?」
焚火で暖を取るアホ面の男が話しを切り出した。
どうにも何かかから逃げて此処まで来たようにも思えるが、スヴェンは更に情報を得るべく会話を盗み聞きする。
「食糧も残りわずか……フェルシオンまで商品が保たないわ」
「近くに農村が在ったろ。夜明け前に夜襲を仕掛け略奪する」
リーダー格と思われる体格に恵まれ、大剣を背負った男の提案に少女が訝しむ。
「エルリア魔法騎士団が駐屯してる筈よ。この人数で略奪が成功すると思う?」
「確かに普通なら瞬殺される……だが、連中は邪神教団に屈服した」
「えぇ? 農村襲撃のためだけに邪神教団に入信するつもり? オイラは嫌だよ? あんな嘘臭くてナメクジみたいな連中と一緒になるの」
「おまえ、優しそうな顔に似合わずはっきりと言うよね? いや、わざわざあんな狂った連中と協力する必要はない」
「もしかして先日手に入れた邪神教団のフードを身に付けて装うってこと?」
「そうだ。流石はウチの中で一番頭が良いだけは有るな」
「褒められてもねぇ」
何者かから逃げていたが、邪神教団に装い食糧略奪を目的にルーメンを襲撃する。
そんな計画を話し合う五人組みにスヴェンは、ガンバスターを構えた。
本来なら射撃による一方的な制圧が好ましいが、銃声は雨音に掻き消されない。
むしろ風に乗って村まで聴こえる可能性も高い。ルーメンの村人が何かを知る必要は無い、ましてや襲撃に遭う恐れも森の中の遺体にも。
スヴェンは足音を消しながら、ゆっくりと一団に近付く。
やがて徐々に距離が縮まり、こちらに気付かれる前にスヴェンは脚の筋力をバネに跳ぶ。
暗闇に紛れ、跳躍の勢いを乗せたまま振り抜いたガンバスターがリーダー格の頭部を斬り裂く。
鮮血が噴き、リーダー格の男が地面に崩れ落ちるまで一団は呆然と立ち尽くした。
現実の理解が追い付かず、直視したくもない現実に一団の表情は酷く歪んでいる。
無理もない。ついさっきまで言葉を交わしていた仲間が突然死を迎えたのだから。
「り、リーダー? ど、如何して……お、お前は!?」
漸くスヴェンを認識したアホ面の男が怒りに身を震わせ、腰の斧に手を伸ばすがーー遅えよ。
ガンバスターの横薙ぎがアホ面の腹部を骨ごと斬り裂く。
スヴェンはそこから続け様に少女に袈裟斬りを放ち、返り血が身体に振り返る。
残り二人。スヴェンが血に汚れた身体で振り返ると、太った男が振り抜く大剣が視界に移る。
魔力を流し込んだ刃ーー以前、似たような状態の刃を弾こうとしたが、逆に刃が弾かれた。
剣身に纏わせた密度の高い魔力がそうさせるのか。
あれもその類なのか。いずれにせよ弾かれる可能性が有る以上、馬鹿正直に付き合う必要はない。
スヴェンは迫る刃を身を屈めることで避け、縦に振り下ろされた一閃を横転して避ける。
泥の飛沫が飛び散る中、素早く体制を立て直すと、既に魔法を放つべく憎悪を宿した眼差しで二人が詠唱を唱えていた。
「炎よ焼き尽くせ!」
「風よ刻め!」
太った男が魔法陣から火球を放ち、細身の男が魔法陣から風の刃を飛ばす。
レイや邪神教団が繰り出す魔法と比較して勢いも速度も遅い。ゆえにスヴェンが飛来する魔法の中を直進しつつ避けることも、そこから二人を纏めて斬ることも造作もないことだった。
▽ ▽ ▽
森に雨音とハリラドンの鳴き声が響き、血の臭いが漂う。
不審な一団の死骸をスヴェンが漁るとリーダー格の懐から、
「……獅子の勲章? 何処の所属を表す物か?」
血に汚れた勲章を雨で洗い流し、勲章に刻まれた文字に目を細める。
「簒奪、略奪の下に欲望を満たせ……?」
犯罪を正当化させる為の単語にため息が漏れた。
北の洞窟に潜伏していた一団は彼らを何らかの理由で追うが撒かれ、彼らは森の中で潜んだ。
そこまでは会話から察することも出来るが、一体連中はどんな商品を運んでいたのか。
スヴェンは改めて荷獣車の中に入り込むと縄で縛られた少年や女子供が気を失い力無く壁にもたれていた。
ーー何処も人攫いってのは居るもんだな。
一団の少女はフェルシオンまで保たないと語っていたが、問題は人身売買の取引がフェルシオンで行われるかどうかだ。
犯罪組織を相手に足止めを食う訳にも行かない。ならその辺を含めた調査は魔法騎士団に任せて本命に集中すべきだ。
結論を出したスヴェンは荷獣車の中に置かれた箱を開けては、
「邪神教団の白いフードに……なるほど」
数点のフードと僅かな食糧と幾許かの金貨が入った金袋が発見された。
資金と残りの食糧から連中のリーダーはルーメンを襲撃を選んだ。
そこで森で食糧の確保は思い浮かばなかったのか。いや、思い付いたのだろう。
雨風に耐える小動物や木の実。森の中で見掛けた食糧だが、一狩りで獲られる量と一団と商品を合わせた食糧が必要になる。
特に人攫い中の集団が分け合う食糧も限られ、結果としてルーメンから略奪以外の選択肢が思い付かなかったのだろう。
実際にリーダーがどんな思考をしていたのかは判らない。これも単なる状況と照らし合わせた推測に過ぎない。
推測を終えたスヴェンは、箱を閉じながら有益な情報を得られなかったことにため息を漏らす。
邪神教団と何も繋がりは見えて来ない人身売買を行う犯罪者集団ーー未知のモンスターの情報も無し、ハズレだな。
内心でハズレとぼやき、気絶している彼らをどうするべきか考え込む。
このままルーメンまで連れて行くのが道理だが、その前にとスヴェンは魔力に意識を集中させた。
気絶した彼らに注意深く観察すれば、身体に紫色の怪しげな輝きを放つ魔法陣が刻まれていることが判る。
それがどんな効果を齎すのかはスヴェンの知識では不明だがかと言って解除することも叶わない。
ただ魔法陣の影響か。刻まれた彼らは弱っているようにも思えた。
もしも刻んだ対象から死なない程度に生命力を奪う類いの魔法なら放置は危険だ。
「仕方ねえ、村まで連れて行くか」
ミアや魔法騎士団なら彼らをどうにか出来ると判断したスヴェンは、早速ハリラドンを退けて荷獣車を引っ張り歩くのだった。
その後村人に知られない様にスヴェンはアシュナを呼び出し、森の入口で魔法騎士団が駆け付けるように通報。
魔法騎士団が駆けつける前にスヴェンは牧場跡地に戻り、ミアとライスが用意したと思われる獣肉のチーズ乗せと赤ワインを堪能することにした。