傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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4-9.事後処理

 ルーメンの牧場跡地で一夜を明かしたスヴェンは雨音と共に訪れる足跡に目を覚まし、ガンバスターを手に取る。

 警戒心を剥き出しに視線を出入り口に向ければ、そこには呆れた様子で腰に手を当てるミアの姿が有った。

 

「スヴェンさん、いくら何でも警戒過ぎじゃない? 毎回寝てる所に近付くと飛び起きるなんてさ」

 

 そんな事を言われても長年戦場で身に付けた癖と習慣は消えない。

 ただミアの言い分も理解できる。毎度別々に泊まるスヴェンを起こしに来れば警戒されてはミア自身も気分が良いものではないのだと。

 それでも癖というのは中々抜けるものでも無く、

 

「習慣なんだよ。それよか、もう出発の時間だったか?」

 

 慣れろと言わんばかりに返し、聞けばミアが微笑む。何か裏の有る笑みだ。

 

「実はスヴェンさんが対峙した未知のモンスターに付いて、魔法騎士団が詳しく聞きたいそうで……あと森で発見された遺体と人攫いの被害者に付いても質問が有るそうよ」

 

 正直に言えば面倒だ。魔法騎士団としても立場上の職務質問の一環で有ることは理解が及ぶがーー協力関係を明確にするには仕方ねえか。

 結局信頼の無い異界人として各地の魔法騎士団からは信頼を得なければままならない。

 現に先日のアトラス教会の件もスヴェンの素性を含めた異界人の問題が浮き彫りに出た影響も大きい。

 そう考えたスヴェンは改めてミアに向き直る。

 

「で? 魔法騎士団は此処に来るのか?」

 

「えっと、村の中に在る魔法騎士団の駐屯所まで来てほしいって。既に村長には許可を得てるからスヴェンさんも一時的にだけど村に入れるよ」

 

 そう告げたミアは何処か嬉しそうで、心が弾んでる様にも見えたが、何故彼女がこうも眩しい笑みを浮かべるのか。

 恐らく村と多少離れた牧場跡地との行き来が面倒に感じていたのだろう。おまけに今日も雨となればなおさら。

 

「報告を終えたら出発か……いや、待て。村内に居ると思われた悪人はどうなった?」

 

 森の一団はスヴェンの手によって壊滅した。しかしルーメンに潜んでいる悪人はどうなったのかすら判らない。

 現状確認の為に問うと、ミアは疑問を浮かべる様に頬に指を添えながら答えた。

 

「えっと、私とアシュナもそれとなく探りを入れたんだけど、村人の中には何かを企む不審な人物は居なかったよ」

 

 村人の中には居ない。となると怪しいのは滞在中のアルセム商会ということになるが。

 

「アルセム商会は如何だ? 連中は村に滞在してたろ」

 

「うーん、確かにアルセム商会の中に居ないとも限らないけど……アシュナが戻って来た時には出発しちゃったから確認もできなかったよ」

 

 間の悪いことだが、アルセム商会が貿易都市フェルシオンに向かうなら後で探りも入れられるがーーいや、調査は魔法騎士団に任せるか。

 ヴェイグに臭いで居場所を悟られる以上、迂闊にアルセム商会と接触することは避けたい。

 そもそも人身売買組織もフェルシオンを目指していた。行き先に何か有ると予感を感じながらため息が漏れる。

 

「もう一人の悪人の件は保留だな。特に邪神教団と関係がねえならなおさら」

 

「そうだね。表立って動きが無い以上、そうするしかないよね。……だけど、良いの? あなたが表立って動けば評価はずっと変わると思うけど」

 

「逆に動き辛くもなる。まだ魔族と遭遇した訳でもねえが、なるべく連中との交戦も避けてえ」

 

 目的は魔王救出。魔族と敵対し信用を失くせばいざという時に協力を得られない。

 その過程で邪神教団に警戒されるとなれば行き先で妨害に遭う。

 それは何としても避けなければ、ヴァルハイム魔聖国の侵入が困難になるからだ。

 スヴェンはそこまで考えたうえで、

 

「それに目立つよか、密かに敵を排除した方が都合が良いだろ」

 

 そう宣うとミアは納得した様子で頷いた。

 彼女の理解も得た所でスヴェンはミアと共にルーメンに足を運ぶ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 村の中を訪れば敵意と蔑む視線がスヴェンを迎えた。

 村人にそんな視線を向けられることは分かりきっていた事であり、だからと言って何か思うことも無い。

 スヴェンはミアの案内に従い、魔法騎士団の駐屯所を訪れる。

 そこで尋問室の一室に通されーー椅子に座り、しばし待つと眼帯の騎士が現れ、

 

「ようこそ、スヴェン殿。自分はルーメンの安全を任されているバルアだ……貴殿の些細はミア殿から聴いている」

 

 バルアがこちらの事を知ってるなら改めて名乗る必要は無い。手早く用件を済ませ立ち去るのが先決だ。

 

「そうかい。なら話しも早くて済むな」

 

「あぁ、こちらもオールデン調査団と協力体制も有ることだしな」

 

 知らない組織名、恐らく北の洞窟で潜伏していた一団と思えるが、スヴェンは疑問を問うように訊ねる。

 

「……オールデン調査団?」

 

「貴殿も知っての通り、北の洞窟に潜伏していた一団だ。元々人身売買組織ーーゴスペルという名の野盗集団を追っているミルディル森林国の調査部隊の一つでな」

 

 スヴェンは資料庫で得た情報を記憶から呼び起こす。

 確かミルディル森林国はエルリアとの同盟国の一つであり、南西部に位置する大森林を国土とする国家だ。

 自然と水源に恵まれた土地と群生する薬草はどれも高い効能を秘めている為、国益の一つとしても知られているとも。

 他にも穀物や果物、酒の産出国でも有名らしい。

 

「昨日呑んだワインも確か、ミルディル産だとか書かれてたな……いや、それよりもわざわざエルリア国内に逃亡したゴスペルを追ってか?」

 

 怪しいと言えば怪しい。いくらゴスペル討伐のためにとは言え、ルーメンの魔法騎士団に何も一報すら入れないのは不信感を宿すには十分だ。

 通常、他国の軍隊が他国内で活動するには国の承諾を得る必要が有る。仮に得ていたとしてもルーメンの魔法騎士団に何も連絡が無いのは不自然だ。

 

「貴殿の疑いも理解できる。事実、一度対峙した我々もオールデン調査団を疑いもしたさ……だが、彼らは内密に動かざる負えない状況に迫れていたのだ」

 

「内密に……邪神教団か?」

 

 なんとなく邪神教団の名を口にするとバルアは渋い顔を浮かべ、

 

「邪神教団もゴスペルにとっては取引先の一つに過ぎん。しかし今回の件は如何も違うらしい」

 

 ゴスペルにとって邪神教団は取引相手の一つ? スヴェンは森で盗み聴きした会話を思い出す。

 確かに邪神教団と取引きしていると思える会話は無かった。それとも単なる末端による活動か?

 いずれにせよスヴェンがゴスペルの人員を壊滅させたため、今となっては情報を得ようが無い。

 

「(チッ、失敗したな。もう少し詳しい背後関係を聴いてけとば良かったか)違うってのは? エルリア国内に人身売買に手を出す外道が居るってことか?」

 

「……信じたくは無いが、そちらの調査は我々とオールデン調査団に任せて貴殿は旅行を続けると良いさ」

 

 バルアは淡々とそうは言うが、どうにも邪神教団が関わっていたらこちらを巻き込む気で居ると思えて仕方なかった。

 元々各国の軍隊が邪神教団に対して動けない以上、スヴェンがそれらの要請を断る可能性も低いが。

 

「そうさせて貰うが……本題は森の一団と俺が実際に交戦した未知のモンスターに付いてだろ?」

 

 本題に入るとバルアは頷き、しかしながらスヴェンに疑念に満ちた視線を向ける。

 彼の疑念は恐らく、『なぜ全員殺した?』そう聞きたいのだろう。

 しかしバルアから直接それを訊ねることはできない。

 今のスヴェンはあくまでも単なる旅行者に過ぎないからだ。

 

「森の一団……昨夜にゴスペルの構成員の遺体が発見された。貴殿は彼らを惨殺した人物を目撃したかね?」

 

「いや、俺は何も見てねえな」

 

 分かりきった嘘を吐くとミアから視線を向けられる。

 嘘に対する疑問の視線ーー確かに嘘を吐く必要は無いが、これも今後の為に必要なことだ。

 

「……攫われた人々の解放、危険組織の構成員の討伐。それを行った人物は勲章を授与されるべき功績を立てたと思うが?」

 

「俺に言われてもなぁ。第一目撃者が居ねえならアンタらの功績にしちまえ、邪神教団に対して動けねえ状況で名誉を回復させておく必要が有るだろ」

 

 魔王救出後の先、万が一にでも邪神教団が再び王家や国の重鎮を人質に取れば国に対する国民の信頼も失落する。

 邪神教団に対して動けないが、犯罪組織に対する抑制や活躍を示し続ければ、魔法騎士団の支持を失うことは避けられる可能性が十分に有る。

 それを理解したバルアは眼を伏せながら息を吐く。

 

「……では、心苦しいがその人物の功績は我々の物としよう。それで貴殿が遭遇したモンスターというのは?」

 

 スヴェンは一昨日の戦闘とモンスターの風貌を思い出しながら話した。

 

「あー、頭部は三頭の狼、身体は獅子、尾は蛇つうなんともチグハグな風貌だったな」

 

「……そんなモンスターは今まで一度も遭遇した例を聴かないが、他には?」

 

「群れリーダーを中心にした集団行動。リーダーの指示で動き影を操り、足元の影から剣山を作り出したりとかされたな……俺はまだ魔法に関して無知だが、影を操る魔法ってのは存在すんのか?」

 

「確かに影を操る魔法は存在する。他にも光の屈折や自身を透明化させると言った個性的な魔法も実在しているな」

 

 テルカ・アトラスには実に様々な魔法が実在している。

 全てを理解し把握するには時間と膨大な知識量が必要になり、現状では全てを把握することは叶わない。

 その都度、魔法に対しては事前の知識と経験で対応する他に無いようだ。

 

「……魔法に関しては知識の蓄えが必要だな。ま、モンスターに関してもアンタらに任せるわ」

 

「うむ、モンスターの脅威を排除するのも我々騎士団の役目だ。……それはそうと未知のモンスターをなんと呼称すべきか」

 

 それはバルアが頭を悩ませる程のことなのだろうか? スヴェンが疑問を眼差しで向けると、ほとんど静観していたミアが口を開いた。

 

「じゃあ! ワンヘビというのは!?」

 

 壊滅的なネーミングセンスにスヴェンとバルアの間に沈黙が流れた。

 何とも言えない気不味い空気にミアも察したのか、

 

「……此処は第一発見者のスヴェンさんに決めて貰うのはどうでしょう!」

 

 こちらに丸投げしてきた。

 スヴェンは面倒に思いつつも、内心で呼んでいた名を口にする。

 

「アンノウンってのは如何だ? デウス・ウェポンじゃあ未知だとか未確認に対する総称だが、新種ってのはそう何度も誕生する訳でもねえんだろ?」

 

「……ここ千年の間は新種の誕生は記録されていないな。ふむ、ならモンスター研究班が詳しい生態系を解明する間はアンノウンと呼称するとしよう」

 

 未知のモンスターの名称がアンノウンと決まった所で、スヴェンは椅子から立ち上がる。

 

「そろそろ出発しねえとまた守護結界外で野宿する事に成りそうだな」

 

「そうだった! それではバルア隊長! 私達はこれで!」

 

 そう言ってミアはスヴェンの手を引っ張り、急ぐように尋問室を退出する。

 その後、スヴェンとミアはアシュナと共にライスに何も告げずーー宝箱の大量の金貨だけを置いてルーメンを後にした。


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