雨が降り続ける平原をハリラドンの荷獣車が走る。
空から近付く羽ばたき音にスヴェンは窓に視線を移す。
荷獣車に追い付く大鷲とその背中に乗ったゴーグルを掛けた少女と目が合う。
そして満面の笑みを浮かべた少女が声高らかに叫んだ。
「空が繋がる限り何処でもお届けに参る【デリバリー・イーグル】のご利用ありがとうございます!」
時速六十キロは出すハリラドン、更に大鷲が放つ風圧の中で確かに宣伝する少女にスヴェンは思わず感心を浮かべ、手綱を握るミアに視線を向けた。
「おい、荷獣車を停めてやれ」
「え〜? ウチの子と大鷲のどっちが速いか気になりません?」
何故か張り合う姿勢を見せるミアに呆れた視線で睨む。
そもそも地を走るハリラドンと自由に空を飛べる大鷲が競った所で、勝負は恐らく大鷲に軍配が上がるだろう。
実際に競い合わせない限り結果は判らないが、スヴェンとしては無駄にハリラドンの体力を消耗させることも避けたかった。
「勝負ごとなら町に到着した後で勝手にやれ」
「スヴェンさんはノリが悪いなぁ〜。でも速達という事は、ブラックさんからだよね」
先日送ったガンバスターの改良に付いての返事がもう来た。そう考えたスヴェンは珍しく心が弾むのを抑えながら、配達員の少女に視線を向ける。
そしてハリラドンが足を止めると大鷲も地上に降り、少女が軽やかな身のこなしで着地した。
「スヴェン様とは二度目ですね! まさか同じお客様と続けて会う日が来るとは思ってもみませんでしたよ!」
愛想笑いと彼女なりの社交辞令だと理解したスヴェンは適当に頷くと、少女は愛想笑いのまま荷物箱から手紙を取り出す。
「届け物は一通だけか?」
「いえ、スヴェン様宛に二通ですね」
ブラックから手紙が届くならまだ理解できたが、もう一通の送り主にミアと共に疑問を浮かべた。
クルシュナからとも考えられたが、手紙の両面を見ても差出人の名は書かれておらず、なら魔法で秘匿してるのかと思えばそれも違う。
配達する少女なら差出人に付いて何か聴いている可能性も有る。そう考え少女に訊ねる。
「もう一通の差出人は誰だ」
すると少女は困った様子で簡潔に答えた。
「こちらにも守秘義務が有るので読んで判断して欲しいですね。あっ! でも開けたら爆発するとかそういう危険性の高い魔法は常に省いているので大丈夫ですよ!」
少女の言う通りなら手紙が開いた瞬間に爆死することは無さそうだ。
「安全面から信頼も高そうだな」
「はい! なので安心してこちらにサインをお願いしますね!」
愛想笑いとは違う眩しい笑顔を浮かべる少女に、よほどデリバリー・イーグルで働く事に誇りを持っていることが判る。
スヴェンは慣れた手付きで受取票にサインを記入し、少女から二通の手紙を受け取った。
そのままスヴェンが荷獣車の中に戻ると、
「それではまたのご利用お待ちしております!」
少女は軽やかに大鷲に跳躍しては、雨が降る大空を舞う。
大鷲は瞬く間に南に飛び去り、スヴェンはミアが荷獣車に戻ったのを確認してから最初にブラックの手紙を開いた。
手紙に視線を落とせば、ブラックが書いたとは思えない文字と字面にスヴェンは疑問を浮かべる。
以前に読んだブラックの文字はデカく力の篭ったものだったが、今回の文字はどうにも少女らしい文字だ。
ーーそういや、ブラックには娘が居たな。名は何だったか?
確かミアと同級生だったこととクロミスリル製のナイフを鍛造した少女。スヴェンがブラックの娘に対して覚えている情報はその二つだけだった。
幾ら記憶を探っても肝心の娘の名が出て来ない。スヴェンは仕方ないとため息混じりにミアに視線を向ける。
「アンタの同級生……ブラックの娘の名はなんだったか」
「スヴェンさん、忘れちゃったの? まあ、会ったのは一度きりでろくに会話もしてなかったもんねーー」
「エリシェ、ブラックさんの娘はエリシェだよ。ちゃんと覚えてあげてね、あの子はすごい武器好きで在学中も色んな考案をしてたんだから」
「あー、それでか」
ブラックの真意は不明だが、娘のエリシェの修行の為にガンバスターの改良を任せた。それが今回の手紙に繋がると推測したスヴェンは改めて手紙に視線を落とす。
「『スヴェン、ミア! 今度、フェルシオンに行く、ガンバスターの改良計画、引き受ける』って書いてあんな」
「エリシェがフェルシオンに? でもエルリア城からフェルシオンまで最速で5日はかかるけど」
ガンバスターの改良の為だけにフェルシオンでエリシェを待つか、そのまま先を進むか。
いずれガンバスターの改良はやらなければならない課題であり、それは速い事に越した事はない。
ただ無事にエリシェが辿り着けるとも限らないが、そこは彼女を信じる他にない。
「ならフェルシオンで数日滞在だな……問題はこっちの手紙だが、さて何が書いてあるのやら」
謎の人物から送られた手紙にスヴェンは嫌そうな眼差しを向け、ミアは好奇心に満ちた視線を手紙に向けた。
すると天井裏から顔を覗かせるアシュナも、『早く手紙を読んで!』と言わんばかりに瞳を輝かせていた。
なぜいつも無表情のアシュナが手紙一つに感情を見せるのかが不思議だが、読まない事には何も始まらない。
逆に読まないという選択肢も有るが、経験上この手の手紙を無視してろくな目に遭わない。
スヴェンは一息吐き、面倒臭そうに差出人不明の手紙を開く。
すると見慣れた字面にどっと冷や汗が噴き出る。
手紙の差出人こそ書かれていないが、読み取れる内容は、
「……『フェルシオンで調査を行う、貴方にだけ護衛を依頼、期日は調査完了まで、待ち合わせは、ミラルザ・カフェ』」
紛れもない護衛の依頼だが、恐らく送り主はレーナなのだろう。
だとすれば彼女が何を目的に調査を、しかも自ら内密で行うのかが疑問でも有るがーー依頼を引き受ければ都合も良い。
そう考えたスヴェンはミアとアシュナに視線を向け、
「姫さんから護衛の依頼が来た」
改めてレーナからの依頼を告げるとミアとアシュナが嬉しそうに頬を緩めた。
心を弾ませる二人を他所にスヴェンは、小難しい顔で思考に耽る。
フェルシオンで何かが起ころうとしているのか、既に起きた後なのか。レーナが調査に出るということは恐らく邪神教団の対策を含めてか。
いずれにせよフェルシオンに行けば判ることだ。