用意する者
新しい武器、未知の構造と出会える。そんな機会に恵まれたエリシェが上機嫌に店のカウンターで鼻歌を奏でると、一人の客が訪れた。
訪れた客に顔を向けたエリシェは思わず声を失うーー綺麗な金髪と吸い込まれそうな程綺麗な碧眼、そして赤と青基調の軽装を着こなした少女に眼が離せない。
ーーな、なんて美しい人なの!? まるでレーナ姫みたい!
レーナと似た雰囲気、気品と美しさを滲み出す少女にエリシェは笑顔を取り繕う。
「お、お客様! 本日は何をお求めで?」
少女は一度辺りを見渡してから指を頬に添えーーそれだけの仕草で愛らしさが醸し出され、エリシェの胸が高鳴る。
まるで恋でもしたかのように高鳴る胸にエリシェは、大きく息を吸い込む。
そんな様子を見ていた少女はくすりと小さく笑い、
「あの子から話には聴いていたけれど、反応が面白いわね」
透き通る声に漸くエリシェは気持ちを落ち着かせ、一つ生じた疑問を訊ねる。
「あの子……あたしの知り合いなのかな?」
すると少女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、愛らしく小首を傾げて見せた。
「うーん、どうでしょう?」
少女と知り合いと思える人物に繋がりが見えて来ないが、それは目の前の少女の仕草を前では些細な問題でしかないのかもしれない。
そう考えたエリシェは質問を止め、
「えっと……それでお客様は本日は何をお求めで?」
「そうねぇ、剣を一つ……だけど貴女本来の口調で接客して欲しいかな」
言われてハッとする。そういえばあまりにも美少女な彼女を前に自分はいつの間にか緊張していたのか、本来では有り得ない丁寧な接客になっていた。
危うく自身の接客スタイルを見失うところだったと、エリシェは額の汗を拭い、改めて少女に告げる。
「それじゃあ、おすすめはそっちの壁に立て掛けられてる一本の長剣だよ!」
なんと言ってもそれは自身の力作だ。職人として厳しいブラックからのお墨付きと評価を得た自慢の一級品。
それを彼女が扱えば絵になるだろう。何よりも職人として誉れ高いと思えた。
「そう。少し試してみても良いかしら?」
「構わないよ」
すると許可を得た少女は、軽やかに鞘から長剣を抜き放ちーー蒼白い剣身が顕となる。
少女は透き通る刃の美しさに感心を寄せ、縦に一振り。
単なる縦斬りだが、鋭く素速い一撃にエリシェは眼を見開く。
ーーうそ、美少女ってだけでもすごいのに、剣術も相当だ!
学生の頃からレイを始めとした剣術を得意とする生徒達の試合を観てきたエリシェにとって、少女が放った一撃は彼らの数段上を行ってるように思えた。
ただ、剣術に関する素人目からの判断だ。今は留守にしてる父なら少女の剣術がどのレベルまで届いているのか一眼で判断もできただろう。
長剣を構える少女を見詰めるエリシェに、彼女は笑みを向けた。
「気に入ったわ」
力作なだけは有って、素材に糸目を付けず気が付けば中々高価な一品物になっていた。
エリシェは価格から少女が断念するかもしれない。そんな不安を胸に抱きながら料金を告げる。
「……っ! それ一本で銀貨50枚になるよ!」
すると少女は何の躊躇も無くテルカ銀貨五十枚が入った金袋を差し出した。
金袋の中身を鑑定すると、確かにテルカ銀貨五十枚。頭で力作が売れたのだと理解した瞬間、エリシェの心は晴れやかな感情に溢れた。
そんなエリシェを他所に、少女はショートパンツの帯ベルトに鞘を挿す。
そして少女はエリシェに満面の笑みを向ける。
「ありがとう、これで私もフェルシオンに出発できるわ」
「い、いやぁ……え? あなたもフェルシオンに行くの?」
「えぇ、もしかして貴女もあの町に?」
なんの因果かお互いに同じ町に向かう。エリシェはスヴェンのガンバスターの改良の為に向かうが、果たして目の前の少女は何を目的にしているのだろうか?
開催される闘技大会は全員木製の剣で出場することになっている。だから大会が目的では無いのだと理解が及ぶが、
「あたしは出張で……そういうあなたは?」
「私? うーん、デートかな」
少女は恍けるように答えたが、真意はいずれにせよもしも彼女とデートできる男性が居たら、その人は町中で刺されても可笑しくは無いとさえ思えた。
「えぇ、姫様と似てる美少女とデートできる相手が羨ましいなぁ!」
「……似てるか。うん、よく言われるわね」
笑みを浮かべる少女にエリシェは首を傾げた。何処か楽しいそうで悪戯が成功した時に浮かべるような笑みーーその笑みの理由は判らないが、此処で少女と一度きりの関係も惜しいとさえ思える。
だからこそエリシェは一つ提案する。
「此処からフェルシオンまで五日、モンスターの生息地域は危険で一杯。だからあなたが良ければあたしも同行させて欲しいなぁ、なあんて」
同伴する理由が少女には無い。自分でも無理を言ってると理解し、半ば諦めていると少女はエリシェにとって予想外の返答を返した。
「いいわよ。何なら五日なんてかけず転移で一瞬よ」
「いいの!?」
「一人も二人も変わらないもの。それに歳の近い子と一緒にお出掛けに憧れていたから」
言動から高貴な身分だと理解できるが、エリシェは少女の素性を詮索するのは野暮だと思えた。
ただ、少女をなんと呼べばいいのか判らない。
「あっ、そう言えばお互いにまだ名乗ってなかったよね。あたしはエリシェ、あなたは?」
自己紹介をすると少女は、思案顔を浮かべていた。
ーーもしかして名を聞いちゃダメなやつ?
妙な緊張と不安に襲われると、漸く少女はエリシェを真っ直ぐと見詰め、
「レヴィよ、私はレヴィ」
レヴィと名乗った。
「それじゃあ短い間だけどよろしくね、レヴィ!」
「えぇ、こちらこそよろしくエリシェ」
お互いに握手を交わし、くすりと笑みが漏れる。
こうしてエリシェはブラックが帰宅した後、荷物を背中にレヴィと共にフェルシオンに旅立つ。
去り際にブラックがレヴィに驚いた様子で凝視していたが、それが何を意味するのかこの時のエリシェには理解も及ばなかった。