傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第五章 護衛と蔓延る陰謀
5-0.前触れ


 薄暗い水路で慌しい足音と水飛沫が反響していた。

 雨による洪水によって水路の水は激しく流れ、一歩でも足を滑らせれば瞬く間に流されてしまうだろう。

 そんな水路で青みかかった黒髪、紫色の瞳に紳士服を着こなした少年ーーアラタが長剣を片手に全身包帯で覆われた痛々しい少女を支えながら追手から逃げていた。

 傷だらけの少女は肩にぐったりと身体を預け、彼女の弱りきった様子にアラタが声を掛ける。

 

「お嬢様! もうすぐ出口です!」

 

 お嬢様と呼ばれた少女リリナは呻き声をあげ、アラタは悲しげに眉を歪めた。

 なぜ? 如何して? 心優しいお嬢様がこんな目に遭わなければならないのか。

 アラタには彼女の身に起きた悲劇が何一つ理解出来ず、背後から追って来る気配を鋭く睨む。

 憎悪と必ず復讐してやると強い殺意を込めて。

 

 ーーでも、今はその時じゃない。

 

 一人で突っ走ってまたリリナが囚われの身になれば今度はどんな仕打ちがされるのか。

 両目を潰され、両足の神経を切られ皮膚を剥がされるだけじゃ済まされない。

 次はリリナの命が危ぶまれるーーいっそのことこれ以上の苦痛から解放するべきか。

 しかしアラタに愛する彼女を苦しみから解放する勇気も度胸もない。

 希は優秀な治療師に彼女を治してもらう他にない。

 問題はそれ以前に彼女の父親、ユーリがいよいよ連中の脅しに屈してしまうかもしれない。

 だから今は急がなければならない。そう足に力を入れ、アラタは歩く速度を速める。

 追手をやり過ごすように水路を進み、事前に予定していた出口が見え始めた頃、アラタはリリナに声をかけた。

 

「お嬢様、もう少しで救出隊とも合流できます。だからもう少しの辛抱です……っ」

 

 出口の方向から突然影が差し、アラタは恐る恐る視線を向ける。

 そこには長い赤髪に整った顔立ちの男性が漆黒の刃を片手に佇んでいた。

 味方と一瞬思ったが、アラタはその男性の姿を見て息を飲む。

 男性の頭部には生え揃った角、蝙蝠の翼と尻尾ーー魔族の証が鮮明に刻まれ、彼が敵の可能性にアラタはリリナを肩に寄せながら剣を向ける。

 

「魔族……そこを退け!」

 

 敵意を向けると魔族の男性が眼を伏せ、残念そうに肩を竦めた。

 

「……彼女に訪れた悲劇は心苦しいが、悪いが此処を通すわけにはいかん」

 

 謝罪と罪悪感を宿した言葉を吐くと魔族の男性が突如姿を消す。

 アラタは背後に警戒を向け剣を一振り。

 鈍い金属が水路に響き、アラタの右肩から血飛沫が噴き出た。

 

「……なっ?」

 

 確かに防いだ、その手応えは有った。

 なのに強烈な痛みが肩を襲う。

 アラタは恐る恐ると自身の剣に視線を向けると、そこには無惨にも折られた剣の姿だった。

 アラタが斬られたのだと理解するよりも速く、腹部に衝撃が襲う。

 ドスっ! 漆黒の刃が腹部を貫き、魔族の男性が剣を引き抜く。

 腹部から流れ出る血と脱力感にアラタの身体は、リリナを残して水路に傾く。

 必死に彼女の手を掴もうと伸ばすが、その手は包帯だらけの少女の小さな手に届かずーーアラタの身体は水路の激流に呑み込まれた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 魔族の男性は呻き声をあげるリリナを支え、激流に流し出される水路に視線を落とし呟く。

 

「……これでいい」

 

 彼は助かる可能性は有るが、あの水路の先はモンスターの生息地域だ。余程の運が無い限りアラタはモンスターの餌になるだろう。

 運が良ければ誰かに拾われ、運が悪ければモンスターの餌食に。

 どちらに転ぶかは運次第。運が絡んだ要素ならば下手に疑われることも無いだろう。

 ままらないものだ。魔族が自身の立場と置かれた状況にため息を吐く。

 そんな彼の背後にアラタを追っていた一団がようやく追い付き、現状を理解した荒くれ者がため息混じりにぼやく。

 

「旦那、あんまり勝手に動かれちゃ困りまっせ」

 

「……次は気を付けよう」

 

「頼みまっせ? ……あー、でもこの後どうしやすかね? 取引する筈の出荷物が届かないんじゃ、あっしらも動かざるおえやせんぜ」

 

 荒くれ者の困った様子に魔族の男性は知らんと言わんばかりに顔を背け、拠点にまともに歩くことさえできないリリナを連れて行く。


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