傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-2.再会

 貿易都市フェルシオンに到着したスヴェンは、別れを告げるアラタを真っ直ぐ見つめ、

 

「良いのか? 下手をすりゃあアンタは町中で始末される可能性だって有るだろ」

 

 アラタは一度リリナの救出を試みて失敗し、敵に顔を見られている。

 町中に危険が潜んでいる。それは誰にも言えることだが、彼の見つめ返す眼差しは覚悟を抱いた戦士のそれだった。

 そんな目をされてはスヴェンが何も言う事は無い。

 

「……愚問だったな。ま、無事に救出できたんならミアを頼れ」

 

 それだけ告げるとアラタは神妙な表情で頷き、

 

「その時は頼りにさせて貰います。あ、ちゃんとお礼も弾みますので!」

 

 最後にそれだけ言い残して、アラタは大衆の中に消えて行く。

 スヴェンは改めて木造の船が停泊する港に眼を向け、各国の国旗を掲げる商船に目を奪われる。

 木造の材質はモンスターの対策としては心許ないように感じるが、魔力を意識すればそんな不安は杞憂だとすぐさま理解した。

 船の全体に張り巡らされた魔法陣、マストの帆に刻まれた魔法陣の存在が恐らくモンスターの対策に使われてるのだろう。

 船に限らず、乗員の屈強な面構えからモンスターを退けてきたという戦歴が窺えたーー魔法大国に限らず各国に施された備えにスヴェンは舌を巻く。

 そこからスヴェンは各国の商船が掲げる国家に眼を向け、ファザール運河の地理を頭に浮かべた。

 ファザール運河は四国と繋がる大河だ。丁度ファザール運河の中間に位置するこのフェルシオンは、各国にとっても交易場所としては都合が良いのだろう。

 スヴェンはそう考え、改めて旅行者らしく気掛かりな点をミアに訊ねた。

 

「流石にヴェルハイムの商船は入港してねえか」

 

「うん。ファザール運河の上流に位置するけど、今の現状だとね。それに邪神教団が積荷に紛れ込む侵入者を警戒して交易を止めちゃったんだよ」

 

 確かに侵入者を警戒するなら交易を止めるのは理に適っていると言える。ましてや国など関係無い邪神教団にとって、交易を開く理由も無いのだ。

 連中には独自の調達ルートと専門の行商人や仲介人が存在する。それらを叩かない限り邪神教団が衰えることも無い。

 

「まあ、魔族にとっちゃ迷惑な話しだろうな」

 

「魔族に限らず、ヴェルハイムは周辺国と比べて畜産物がトップだからね。実は各国は獣肉や魚肉なんかはヴェルハイムから輸入してるんだよ」

 

 スヴェンが見た限りのエルリアではあまり影響が無いようにも思えるが、ミルディル森林国やドルセラム交響国を始めとした周辺同盟国やパルミド小国も決して無視はできない影響を受けているかもしれない。

 魔王アルディアの身に何かが起これば、これまでの貿易に少なくない影響を受ける。スヴェンはそれが各国が魔王一人を切り捨てられない理由の一つだと考えた。

 

「……魔王を切り捨てられねえ理由の一つか?」

 

「うーん、ミルディルは菜食主義の国だから影響は皆無だし……それ以前に封神戦争時代に初代魔王がアトラス神の陣営として各国の祖を救った影響が大きかも」

 

「なるほど、先祖の恩人の血を引くなら無碍にはできねえわけか。それなら何故切り捨てられねえんだとか、疑問の解消にもなるが……それにしちゃあ姫さん一人に荷を負わせすぎじゃねえか」

 

「スヴェンさんがそう言うのも仕方ないけど、これでも色んな援助は受けてるんだよ?」

 

 どんな援助を受けてるのか。純粋に気になる点も有るが、それでもレーナは異界人が齎した被害に対する補填を自らの資産で補ってきた。

 そもそも邪神教団に対して各国が強く出られない状況では仕方ないのかもしれない。

 スヴェンはミアの話しに納得した姿勢を見せつつ、予定に付いて切り出す。

 

「あ〜ハリラドンを何処に停めるんだ?」

 

 基本荷獣車は町や村の入り口か、各宿屋の繋ぎ止めに限られている。

 一応路上停車も可能だが、時間が経つに連れ駐車料金を支払うことにもなる。資金はなるべく無駄遣いしたくないため、路上停車は控えたいが。

 

「うーん、私も色々と考えたけどさ。今回は護衛の依頼だから同じ宿屋の方が好ましいんだよね? だから待ち合わせ場所まではこの子も一緒かな」

 

 結局護衛対象と同じ宿泊場を利用する以上、路上停車は避けられない。

 スヴェンはミアの判断に同意を示すように肯定すると、

 

「それじゃあミラルザ・カフェに向かうけど、護衛の指定はスヴェンさんだけなんだよね?」

 

 手紙の内容に付いて改めて問われ、ついでに天井裏から覗き込むアシュナと目が合う。

 

「あ〜、指定は俺だけだが……そうだな、アンタらは宿屋で休むやり観光なりで楽しんで来い」

 

 五月二十八日にエルリア城を旅立ち、今日は六月三日だ。まだ旅立ってそんなに時が経過してる訳では無いが、一度休暇を入れても良い頃合いだ。

 そもそも二人は少女だ。男と違って色々と準備や補充も必要になるだろう。その事を踏まえた提案だったのが、二人は不服そうにスヴェンを睨んでいた。

 

「……何が言いてえ?」

 

 睨まれる言われも無ければ、思い当たる節も無い。スヴェンは逆に鋭い眼光で睨み返すと、ミアとアシュナが視線を逸らした。

 

 ーーあー、アシュナは知らねえが、ミアは姫さんのファンクラブ会員だったな。

 

 スヴェンは漸く睨まれた理由に至り、如何するべきか思案した。

 同行者を増やすにしては、男一人に女三人連れは目立つ。それは傭兵としても好ましくない。

 弾除けにはなるが、ここでミアとアシュナに何かあれば魔王救出は遠退く。

 なら取れる手段は一つしかないっとスヴェンは、二人に提案することにした。

 

「仕方ねえ、護衛者にバレねえように後から着いて来い」

 

 不測の事態に備えればこの方法は妥当と言えるだろう。

 ましてや、フェルシオンで活動してる犯罪組織や魔族の件も有る。ミアは兎も角としてアシュナが影から着いて来るのであればある程度の懸念は拭える。

 

「スヴェンって話が分かるよね」

 

 無表情でそう告げるアシュナだったが、心無しか気合いが入っているようにも見えるーー姫さんがそれだけ慕われてるってことか。

 

「任せてよ。いつでも不埒者を刺せるようにするから!」

 

 その不埒者に自身が数えられてないかスヴェンは疑問視したが、笑顔を見せるミアに黙りを決め込むことにした。

 何処かに居るかもしれないレーナファンクラブを敵に回すのは得策とは言えない。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 スヴェン達がミラルザ・カフェに到着し、店内に入ろうとドアに近寄ると外に並べられたテーブル席で、

 

「あっ! スヴェンとミアだ! お〜い!」

 

 元気な呼び声にスヴェンとミアは思わず足を止め、其方に視線を向けては二人の顔が驚愕に染まった。

 エルリア城でフェルシオンまで五日は掛かる距離の筈が、何故かこちらに手を振るエリシェとその隣で静かにティーカップを口に運ぶ金髪碧眼の少女に驚きを隠せない。

 

「え、エリシェ!? ど、如何してもうこの町に!?」

 

 確かにミアの驚きも頷けるが、スヴェンは改めて冷静に隣の少女に視線を向けーーまさか、変装のつもりなのか?

 普段の着飾ったドレスとは程遠い、軽装な服装を着こなしたレーナの姿がスヴェンに冷静さと答えを齎す。

 エリシェがレーナと同行しているなら、彼女が保有する転移クリスタルでこの町に転移して来た。

 なぜ都合よくエリシェと一緒なのかは謎だが、スヴェンは考えても仕方ないと思い、二人の下に歩み寄る。

 するとレーナはこちらに静かに顔を向けては微笑み、

 

「いらっしゃい。二人共座ったら?」

 

 相席するように促した。それにスヴェンとミアは従い、改めてミアは『悪態が成功した!』と言わんばかりに笑みを浮かべるエリシェに訊ねた。

 

「如何してエリシェがもうこの町に居るの?」

 

「いやぁ〜偶然そこのレヴィさんがフェルシオンで待ち合わせしてるって聞いて、あたしも同行させて貰ったの。転移クリスタルでこの町まで一瞬でね!」

 

 レヴィと紹介されたレーナにスヴェンが視線を向けると、彼女は片目を瞑りミアとエリシェに気付かれないように人差し指を立てた。

 どうやらエリシェには正体を隠すために偽名を名乗っているようだ。そこまで理解したスヴェンは、まだ気付いていないミアに何とも言えない眼差しを向ける。

 

「転移クリスタルって便利ね。でもエリシェが無事に到着できて良かったよ」

 

「あたしもまだ職人として未熟なうちは簡単に死ねないよ。それに! スヴェンがガンバスターを触らせてくれるんだから引き受けない手は無いでしょ!」

 

「俺はてっきりブラックが来ると踏んでたんだがな」

 

 あの予想外の手紙を思い出しながらそう告げると、レヴィが鞘から長剣を引き抜いて見せた。

 見事な剣身と握り込み易い柄。一眼見て鋭い斬れ味をほのりながら、レヴィの引き抜いて見せた動作はあまりにも軽やかだった。

 これまで数々の武器を曲がりなりにも扱ってきた経験からこれを鍛造した職人は一流だと判断する。

 

「貴方ならこれを見て職人の腕前を理解できるんじゃないかしら?」

 

「あぁ、見事としか言えねえよ。そんな奴に相棒を任せられるが……あー、ひょっとしてそいつを鍛えたのはエリシェなのか」

 

 レヴィの意図を察したスヴェンがエリシェに視線を移すと、彼女は照れた様子で頬を掻いていた。

 

「まだ父さんと比べたら未熟だけど、鍛造したその剣を見た父さんが今回の件をあたしに任せてくれたんだ」

 

「ブラックの推薦なら安心か。……ってか改めて挨拶しておく必要は?」

 

 先程から隣でレヴィを『誰? 姫様は??』っと言わんばかりに凝視してるミアを見兼ねて訊ねると、レヴィは苦笑を浮かべた。

 単に服装を変え、髪型をポニーテールに変えただけで正体を隠せるとは本人も内心で複雑なのかもしれない。

 レヴィは一旦咳払いすると、改めてミアを真っ直ぐと見詰めては名を名乗る。

 

「改めまして私はレヴィ。今回は急遽あのお方の代行としてこの場所に来たわ」

 

 柔かな笑みを浮かべ、依頼書をスヴェンに差し出した。

 

「そ、そうですか……私は彼の案内人のミアと言います。本日は護衛の依頼とのことでしたが具体的なことは?」

 

「えぇ、何処を調査するのかも聴いているわ」 

 

 ーー心無しかしょげてるミアに対して姫様さんは楽しそうだな。

 

 会えると期待していたミアだが、実際に来たのはレヴィと名乗る謎の少女だった。確かにミアにとっては落胆なのだろうが、何故正体に気付かないのかが理解に苦しむ。

 普段コイツらはレーナの何処を見て判断してるのか。

 スヴェンが内心でそんな事を考えていると、ミアはレヴィを真っ直ぐと見詰め、

 

「……レヴィさんって髪を解いたら、姫様に似てるって言われませんか?」

 

 そんな会話を他所にスヴェンは依頼書に眼を通し、護衛内容や注意点、今回の目的を頭に叩き込む。

 最後に高額報酬に目が行くが、金額よりも今は信頼を得るのが先決だ。

 依頼書に眼を通し終え、受諾のサインを記してから二人の会話に耳を傾ける。

 

「よく言われるわね。けれど私と姫様は別人よ」

 

 レヴィは微笑みながらティーカップを口に付けるが、その仕草は優雅で滲み出る気品にスヴェンは一人だけ苦笑を浮かべる。

 隠す気が有るのか無いのか、それとも元来身に沁みた気品は隠しようがないのか?

 スヴェンがそんな事を疑問に浮かべると、ミアが小声で耳打ちしてくる。

 

「(あの、もしかしてレヴィさんって姫様?)」

 

 漸くレヴィの正体を理解したミアに、

 

「(やっと気付いたな)」

 

 正解だと告げるとミアは、一瞬硬直しては瞬時に理解が及んだのか微笑んだ。

 

「えっと、レヴィさんのことはレヴィって呼んでも良いですか?」

 

「およ? 打ち解けないと呼び捨てしないミアが珍しいね。でもレヴィさんと仲良くなりたいって気持ちは分かるよ!」

 

「そりゃあねえ? 私も歳の近い友達ってエリシェぐらいだしさ」

 

「……そう、友達……それじゃあ私には敬語は不要よ。だからよろしくねミア、エリシェ」

 

 三人の親睦が深まったっと感じたスヴェンは、頃合いだと判断して改めて護衛に付いて切り出す。

 

「あー、さっきそこの天然ボケも言ったが、本題に移って良いか?」

 

「構わないけれど、エリシェは如何するのかしら?」

 

「あ、あたし? うーん、まさかレヴィの待ち合わせ人がスヴェンだって思ってなかったけど、あたしの方は夜とか空いてる時間でも大丈夫だよ」

 

 スヴェンとしてはその辺りは如何でも良いが、確かに日中含めた時間をレヴィ、もといレーナの護衛に時間を使うならエリシェとガンバスターに付いて話し合うのは必然的に夜になるだろう。

 尤も今回もスヴェンがまともに宿泊できるとは限らないが、折角フェルシオンまで来たエリシェに詫びの一言は入れるべきだ。

 

「悪りぃな、折角来てもらってよ」

 

「そこは別に構わないよ。でも詳しいことも聞きたいから沢山付き合ってもらうよ?」

 

 そう言って楽しげにウィックを見せるエリシェにスヴェンは、それで済むならと承諾した。

 

「……アンタとは共有して起きて情報も有るが、そいつは移動しながらで構わねえか」

 

「それで構わないわ」

 

 そう言ってレヴィは立ち上がると、

 

「あっ、私とエリシェは港の宿屋フェルに部屋を取って有るけれど、もう二人ほど追加で宿泊できるわよ……スヴェンの部屋は隣に確保させて貰ったけど問題無いかしら?」

 

 護衛として考えればレヴィの采配は好ましい最善手だ。だからスヴェンが彼女の決定に文句を言うことも無かった。

 特に同室にミア、エリシェ、アシュナが宿泊するならレヴィの護りに関して心配する必要ーーミアは以前アシュナが潜入しても気付かずに寝ていたが、大丈夫なのだろうか?

 別の不安要素にスヴェンは眼を細める。

 

「宿部屋を確保する手間が省けたが……ミア、アンタも気を張っておけよ? 前回みてえに気付かねえで寝坊なんざ、笑えねえからな」

 

「わ、分かってるよ。今回は緊張して眠れないかもだし」

 

 そこは護衛に支障をきたさないようにしっかりと睡眠を取って欲しいが、スヴェンがそこまで気にかけてやる必要も無い。

 そろそろ仕事に移るべきか。スヴェンは早速立ち上がり、

 

「そんじゃあ行くか」

 

 ミアとエリシェと別れ、レヴィの護衛を開始した。


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