傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-4.浮かぶ疑念

 スヴェンとレヴィはフェルシオンの中央区に位置する豪邸に到着していた。

 フェルシオンを王家から任されたユーリ伯爵の住まいは、娘のリリナが誘拐された影響もあり魔法騎士団とは違った武装集団によって厳重な警備が敷かれていた。

 

「……あんま金持ちには良い思い出がねえが、お嬢様の件は確認すんのか?」

 

 スヴェンの問い掛けに対してレヴィは愚問だと言いたげな眼差しで頷いた。

 町中で耳にした全身の皮膚が剥がされた水死体。それがリリナなのか、それとも全く別の事件で発生した猟奇殺人なのかは今の所不明だ。

 どちらにせよはっきりさせる必要性は有るが、果たして真相は如何なるのか。

 スヴェンが事件に付いてあれこれ考え込んでいると、レヴィは真っ直ぐ門まで歩き始め、二人の門番が立ち塞がるが、

 

「ユーリ伯爵様と面会の約束を取り付けているレヴィという者ですが、お会いになれませんか?」

 

 透き通るような声と丁寧な物腰、そして堂々とした立ち振る舞いに二人の門番が怯む。

 やがて二人の門番は互いに顔を見合わせると、

 

「えぇ、旦那様から話しは伺っております。そちらの護衛の方もどうぞ中へ」

 

 どうやら既に話しは通っていたようで、待たされる必要も無くスヴェンとレヴィは屋敷に通された。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 色鮮やかな調度品で飾られた応対室に通された二人は、既に部屋で待っていた人物に一礼した。

 

「よくいらっしゃった。お二人とはお初になるのかな?」

 

 スヴェンはちらりと視線を向ける。茶髪、長身痩躯に窶れた頬と疲弊した表情が印象に残る男性ーーユーリの優しげな眼差しにスヴェンがは密かに視線を外した。 

 リリナの誘拐と猟奇殺人に彼が心労から疲弊するのも無理はない。

 

「えぇ、初めまして。私はレヴィ、それでこちらが護衛のスヴェンですわ」

 

「おお! 君が……話しはアラタから聴いているよ。いや、本当に彼を救ってくれてありがとう」

 

 既にアラタから話を聴いていたのか。スヴェンはそう理解しては、

 

「偶然通りかかっただけだ」

 

 当たり障りも無い態度で返答した。    

 そんな返答にユーリは笑みを浮かべたまま、仕草で座るように促す。

 スヴェンは護衛の立場ということもあり、レヴィの背後に立つ。

 するとレヴィは真っ直ぐユーリの瞳を見つめながら話しを切り出した。

 

「此処を訪ねる前に町中である噂を耳にしたのですが、お聴きしてもよろしいでしょうか?」

 

 町中で色々な噂が飛び交うのか、ユーリはどの噂か検討が付かないと言いたげに少々困ったような笑みを浮かべた。

 

「噂……貴女が耳にした噂ですか」

 

 確かに町を護る貴族ともなれば日々様々な噂や憶測が飛び交うのだろう。

 スヴェンは情報に踊らされる人々を浮かべては、二人の会話に耳を傾ける。

 

「港で全身の皮膚を剥がされた水死体に付いてです」

 

「……それは、確かについさっき、まさに貴女方が訪れる少し前に飛び込んできたね。既に死体の検死を始めている頃合いだろうけど……君の気掛かりは猟奇殺人犯かね?」

 

「そちらも気掛かりですが、最も気掛かりなのはリリナお嬢様の安否です」

 

「というと、まさかリリナが犠牲に?」

 

 娘が犠牲になった可能性が高い話に、ユーリは比較的落ち着いた様子だ。

 その事に疑問を感じたのはスヴェンだけでは無く、質疑をしているレヴィもだった。

 だがレヴィは敢えて話を続けていた。

 

「リリナお嬢様が誘拐された話とスヴェンが聴いた彼女の状態と符合する部分もあり……もしやと思い訊ねたのですが、貴方を様子を見るにお嬢様は無事なのですね」

 

 レヴィの確信を持った指摘にユーリは静かに頷いたが、決して笑みを浮かべることはしなかった。

 父親として喜ばしい状態だが素直に喜べない状態でリリナが帰って来たと言ったところか。

 スヴェンはユーリの瞳の感情の揺らぎとアラタとの会話から結論を浮かべながら彼の言葉、言動と感情の揺らぎを注視した。

 

「あぁ、リリナは無事さ。いや、猟奇殺人が起きる前に屋敷に帰って来たんだよ」

 

 リリナは無事だと告げるユーリの姿に、スヴェンは疑心を向ける。

 あまりにも不審な点が多すぎる。

 誘拐し、皮膚を剥がされるなど拷問を受けたリリナをわざわざ誘拐犯が返すなど有り得ない。

 それは自ら人質を手放すも当然の行為だ。特に娘の状態を見た者なら怒りを胸に、誘拐犯に報復に出る可能性だって高い。

 なら何故誘拐犯はリリナを返したのか。わざわざアラタを水路に流し一度は捕縛したリリナを。

 レヴィも不審に感じたのか、思考を並べるスヴェンに視線を向けてはユーリに向き直す。

 

「……犯人がわざわざお嬢様を返還したと?」

 

「公に言えないから内密にして欲しいんだけど、魔族が娘を救出してくれたそうなんだ」

 

「魔族が、ですか? ……そうですか。それではお嬢様は今は?」

 

 魔族が動いてるとなれば邪神教団の関与を疑って当然だが、レヴィが質問しないという事は彼女には何か考えが有るのだろう。

 スヴェンがそう考えていると、今度はユーリの表情が苦痛と涙に歪む。

 

「……リリナは帰って来たけど、全身の皮膚が剥がされ……っ。なんの怨みが有ったのか……っ! 両目を潰されていたんだ」

 

 リリナの現状に悲しみと怒りが入り混ざり、それでも感情を剥き出しにしまいと堪えるユーリにレヴィが眼を伏せた。

 

「……お嬢様の身に起こった不幸は忌むべきですが、彼の連れに優秀な治療師が居ます。その者に頼めばお嬢様の怪我は癒えるでしょう」

 

「ああ、だからリリナの生還を知ったアラタがミアさんを捜しに町に出ているんだ」

 

 そのミアなら屋敷近くの物陰に潜んでいる。流石にそんな事は言えず、スヴェンとレヴィは互いに間の悪い状況に困惑を浮かべた。

 しかしスヴェンとレヴィが言い出す前に、背後のドアが突如勢いよく開きーースヴェンは右腕を背中のガンバスターに伸ばす。

 視線をだけを向けれるとミアを引き摺るように連れて来たアラタと眼が合う。

 

「あ、あれ!? スヴェン、来てたんですか……あっ! 旦那様! ミアを連れて来ましたよ!」

 

「うん、ご苦労様。だけどアラタ? 幾ら急いでいたとは言えら大切な客人をぞんざいに扱うのはどうかと思うよ?」

 

 此処まで勢いで連れて来られたのか、ミアは白目を剥いたままぐったりとしていた。

 

 ーーコイツが此処に居るってことは、アシュナとエリシェは外か?

 

 スヴェンはミアの心配などせず、外に居るであろう二人が乗り込まないことを願いながら事の成り行きを見護ることにした。

 そしてアラタがそのままミアを連れて退出すると、微妙な空気が応対室に漂う。

 

「えっと、本題は治療が終わってからにしましょうか?」

 

「いや、大丈夫だよ。多分、完治したリリナの姿を見たら今日は号泣し続けてまともに応対もできないだろうから」

 

「そ、そうですか。では、本題に移りましょう」

 

「うむ。君の要件は【レヴィ調査事務所】の活動認可だったね……具体的にどんな調査を主にするのか聴いてもいいかな?」

 

「もちろんです。私が設立した調査事務所は邪神教団が関与してると思われる事件の調査及び解決を目指すことを主目的にしていますわ」

 

「例えば今回なら、猟奇殺人とお嬢様誘拐犯に付いて。そして巷で行われている人身売買の摘発になります」

 

 この町で起きている事件に付いて調査する。そう告げるレヴィに対して僅かにユーリの眉が動いた。それをスヴェンがは見逃さず、ふと疑問に思う。

 一体彼は誘拐犯から何を要求されていたのか。要求を拒んだからこそリリナは見せしめに拷問を受けたのではないか?

 犯人から告げられた要求によっては、邪神教団の関与がすぐに分かりそうだがーー今回は簡単にはいかねえか?

 ゴスペルとそれを追うオールデン調査団。そして人身売買に魔族など問題は山積みだ。

 

 ーー邪神教団絡みは魔王救出で大分解決するが、到着するまでに連中の戦力を削るに越したことはねえな。

 

 スヴェンにとって異世界で起きた事件はどうでもいいが、魔王救出の依頼を果たす為なら多少の寄り道も厭わない。

 呆然と思考を並べるスヴェンを他所に、レヴィが差し出していた書類にサインを記すユーリの姿にスヴェンは視線を向けた。

 

「連中から届いたわたしに対する要求は、君達に他言もできないけれど……どうかこの町を悪辣な犯罪者から救って欲しい」

 

「えぇ、最善は尽くします」

 

 そう言ってレヴィは立ち上がり、

 

「あっ、最後にリリナお嬢様を一眼見ても大丈夫でしょうか?」

 

「ふむ? それは何故かね」

 

「これも調査の一環と思って頂ければ」

 

「そうか。あまり長い時間面会はできないと思うけど、リリナの気晴らしになるなら是非ともお願いしよう」

 

 そう言って笑みを浮かべるユーリを背中に、スヴェンとレヴィは静かに応対室から退出する。

 そして静かな誰も居ない廊下でスヴェンは彼女に訊ねる。

 

「アンタの正体は知られてんのか?」

 

「うーん、あの様子だと知られて無いと思うわ。だけどその方が好都合よ」

 

 確かにレヴィの正体がレーナだと露呈するのは得策ではない。

 邪神教団の耳が何処に有るのか。既に何かしら仕込みを終えた後だと警戒すれば、迂闊にレヴィの正体に繋がる言動は控えるべきだ。

 でなければ、彼女がわざわざ介入する口実や用意も無意味になるーーそうなれば最後、特急戦力の介入と見做した邪神教団が魔王アルディアを殺害する可能性もあり得た。

 改めて綱渡り的な状況にレヴィの度胸と駆け引きに、スヴェンは内心で彼女に対する評価を改めていた。


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