傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-5.救われたお嬢様

 アラタに拉致も同然にユーリの屋敷に招かれたミアは、一瞬スヴェンとレヴィに会ったのだが、それも眼を回している間のことでーー気付けば車椅子に座った全身包帯が巻かれた重傷の少女の前に連れられていた。

 自身の扱い方にアラタに文句の一言も言いたく、睨み付けるが、当人はリリナを心配するあまりこちらの様子など気に留めていない様子だ。

 

「……はぁ、私の雑な扱いはこの際いいですよ。さっそく治療に入りますから貴方は部屋の隅っこに居てください」

 

 そう告げると文句も無しにアラタは部屋の隅に向かった。

 改めて痛々しい姿のリリナに胸が痛む。彼女はラピス魔法学院に在学していた先輩だったーー何度か眼にする機会は有ったが、まさかこうして治療しに訪れるとは一体誰が想像できたか。

 感傷に浸ってる場合じゃない。そう切り替えたミアは車椅子を部屋の中心に移動させると、リリナの呻き声が耳に届く。

 どうやら喉も潰されている様子。かなり大掛かりな治療魔法が必要だと判断したミアは杖を引き抜く。

 そして杖の先端に魔力を流し込み、杖を巧みに操りリリナを中心に魔法陣を床に構築させる。

 

「魔法陣を床に? えっと、どんな治療を?」

 

 アラタの疑問にミアは答えようか迷ったが、実践と結果を見せた方が早いと判断し、魔法陣の外側で杖を掲げ、

 

「悍ましき傷負し者に癒しの風を吹き込まん」

 

 通常の詠唱とは異なるもう一つの詠唱を加える。

 

「再生と癒しと共に汝に失われし光を」

 

 やがて高まったミアの魔力を魔法陣に注ぎ込み、癒しの風がリリナの身体を優しく包み込む。

 彼女はスヴェンとは違う一般人だ。身体が鍛え上げらても無ければ弱った生命力に再生は負担が大きい。

 そう判断して少々詠唱の手間は有るが、広範かつ確実に傷を治療できる癒しの風を唱えた。

 しかしミアの想定よりもリリナの包帯が取れ、元通りに治療された素肌が顕になる。

 

 ーー幾ら私が優秀だからって速すぎる。

 

 本来治療魔法陣に対象を置き、癒しの風が治療し終えるには早くて半日は掛かるはずだ。

 なのにリリナの治療はわずか数分で終わりーー疑念を浮かべるミアは漸く気付く。

 包帯が取れ、顔を真っ赤に染め上げるリリナの様子に。

 そして彼女が何も纏わず、産まれたての姿なことに。

 

「アラタさんは大至急着替えの用意を! あと眼を開けずに出てください!」

 

「じ、自分は何も見てません!!」

 

 そんな反論に視線を向ければ、アラタはしっかりと眼を強く瞑っていた。

 なんとも紳士的だと思いながら器用に部屋から退出する彼を見送る。

 そしてミアはリリナに眼を合わせないように気を付けながら向き直った。

 リリナの茶髪を視界に移すと、

 

「眼を合わせてくれないんですの?」

 

「今のあなたは全裸ですから……」

 

 同性とはいえ、全裸のお嬢様を視界に入れる度胸をミアは持ち合わせてはいなかった。

 だから視線を合わせずにいるのだが、リリナの不服そうなため息が聞こえる。

 

「そうですの。……あっ、それよりも治療の謝礼が先ですわね」

 

「それは服を着てからで構いませんが……あの、一体どうやって救出されたんですか?」

 

 アラタから得た情報が正しければ、人質同然のリリナが安易に解放される筈がない。

 きっとスヴェンとレヴィもその不審点を疑っている事だろう。

 

「目も見えず、歩けないわたくしを誰かが運び出してくれたのは確かですけれど……それがどなたかは存じ上げませんわ」

 

 確かに眼を潰されていたリリナが視覚から情報を得るのは難しい。

 ましてやヴェイグのように他の五感が発達してる訳でもないから、彼女が犯人やわざわざ連れ出した人物の手掛かりを得る事はないのだろう。

 それを理解して犯人はわざわざ解放した?

 ミアは浮かんだ疑問からリリナに意識を集中させ、身体に巡る魔力に異常が無いか知覚させる。

 すると魔力は減ってこそいるが、極めて正常に下丹田に渦巻いている様子が確認できる。

 怪しい点も魔法を刻まれた様子も無い。なぜリリナが解放されたのか益々疑問が強まるが、ミアは開いたドアの音に振り向く。

 

「失礼、お客様。お嬢様を着替えさせるので一時退出をお願いしても」

 

 入室したアラタに似たメイドがリリナの着替えを手に、ミアに一礼していた。

 

「構いませんよ。廊下で待機してますので終わったら呼んでくださいね……まだ治療魔法の具合や魔法陣の解除も終わってませんから」

 

 ミアはちらりと魔法陣に視線を向け、部屋を後にする。

 廊下で待つ間、先程部屋に残した魔法陣に付いて頭に浮かぶ。

 あの魔法陣は解析しようとも術者でもあり、魔法陣の基礎部分を一から構築した自身以外には誰にも扱えない治療魔法だ。

 特に秘匿性も無い魔法陣ーーふと、自身が必要以上に警戒してる様子に困惑が浮かぶ。

 

 ーー私ってこんなに疑い深い性格だったかな?

 

 自身に何かしらの変化が訪れたのか、それとも誰かの影響を受けたのか。きっと後者に違いないっと結論付けたミアが改めて廊下を見合わすとスヴェンとレヴィの姿が映り込む。

 

「ミア、もう治療は終わったの?」

 

 仕事が速い。そう感心した様子を見せるレヴィにミアは頬を緩める。

 

「えぇ、治療に関しては優秀だからね!」

 

「確かにアンタの治療魔法を体験すりゃあ納得もする」

 

 胸を張って答えると、意外にもスヴェンが肯定的に頷いていた。

 それが意外に思えて思わずスヴェンの紅い瞳を見詰めれば、彼は鬱陶しいそうに眼光を鋭める。

 そんな彼から視線を背けると、

 

「治療を体験? まさかスヴェンはケガを?」

 

 確かに彼は死んでもおかしくは無い重傷を負い、レーナに心配をかけまいとその件に関しては報告しなかった。

 だからいま真相を告げる訳にもいかず、ミアが視線を泳がせると、

 

「あー、言い間違えだ。何度か眼にしてれば優秀だってのは理解できんだろ」

 

「スヴェンさんが言い間違えなんて珍しいね? もしかして護衛と貴族様の屋敷で緊張してるの?」

 

「そんな所だ。貴族の屋敷ってのはデウス・ウェポンじゃあ訪れる機会なんざねえから、ましてや古代遺物に指定される内装はな」

 

「……そう、確かに観てるとミアがどれだけ優秀な治療師かは理解できるわね」

 

 レヴィのサングラス越しの視線に、ミアは改めて自身とスヴェンの発言が苦しい言い訳に思えた。

 事実、レヴィーーレーナはチェス盤で異界人の状態を確認することができる。

 彼女も忙しい立場だ。いつもチェス盤を確認してる事は無いだろうが、偶々スヴェンの重傷時を目撃していたら?

 ミアは報告に偽りが有る点に、改めて胃に痛みを感じては取り繕った笑みを浮かべた。

 

「あ、それでお二人はリリナ様にあいさつに?」

 

「えぇ。治療を受けて疲れてるでしょうけど、確認しておきたいことも有るからね」

 

 何を確認したいのだろうか? 確かに解放された点に置いては不信感が湧くが、レヴィが疑う程のなのか。

 ミアは疑問から改めてスヴェンに視線を向ける。

 

「確認したいことって? もしかしてスヴェンさんも何か疑ってるの?」

 

「……町中で眼を潰され、全身の皮膚が剥がされた水死体が発見されたそうだ」

 

 フェルシオンでそんな猟奇殺人が起こったことにも驚きだが、何よりも被害者の状態がリリナと一致してる箇所が多過ぎる。

 何方も皮膚を剥がされているから本人なのか確証を得るのも難しい。

 だがミアが治療魔法を施したことで、あの部屋に居るリリナは紛う事なき本人だと確定してるようなものだ。

 

「私、リリナ様をラピス魔法学院で何度か眼にしたことが有るんだけど、部屋に居るリリナ様は当時見た容姿と同じだったよ」

 

「そういえば貴女とリリナ様は先輩後輩の間柄だったわね」

 

「あん? アンタは学院で会わなかったのか?」

 

 スヴェンがレヴィにそんな質問するのも無理はないと思えた。

 彼はレヴィがラピス魔法学院に入学していない事実も、なぜ入学出来なかったのかその理由も知らないからだ。

 

「その事は……そうね、貴方になら話しても良いわね」

 

 同時にレヴィが話すと決めたことも意外だった。

 エルリア国民がラピス魔法学院に入学を義務付けられているが、王族のレーナが学院に通えず成人した事実を。

 当時の事や起きた事件は隠すべき汚点では無いが、王族としては口外も安易に相談もできなかった内容をスヴェンに話すと決めた。それはレヴィーーレーナの中でそれだけスヴェンは信用に値することなのだろうか?

 

「いいの? 確かにスヴェンさんは他言するような人じゃないけど」

 

「良いのよ。彼は私が雇った護衛だもの、私の事は知って貰った方がいいでしょ?」

 

「アンタが話したくねえなら別に聴く気はねえよ」

 

 スヴェンは他人の事情に踏み込むことを嫌がってるようにも思えるが、実際の所どうなのかはミアには理解できない。

 同時に彼の事も同行者として知りたいという想いが、胸の中で湧き立つがーーミアが口を開きかけた時にドアが開いた。

 

「お嬢様の召替えが終わりましたので、どうぞ」

 

 それだけ告げたメイドは一目散に退出しては、三人はお互いに顔を見合わせリリナが待つ部屋に入ることにした。

 

 ▽ ▽ ▽

  

 貴族らしい装飾品で着飾ったドレスに着替えたリリナが優雅な振舞いで出迎えた。

 

「改めまして、わたくしはリリナと申しますわ。そちらのミアさんでしたから? 貴女には治療をしていただき心から感謝しておりますの」

 

 こちらに近寄っては手を取り、ふふっと微笑むリリナにミアは愛想笑いを返す。

 するとリリナはスヴェンとレヴィに目も向けず、

 

「そこでわたくしは考えましたの。貴女をわたくし専属の治療師として雇うのはいかがかと」

 

 突飛な提案にミアは動揺せず何の反応も示さないスヴェンを横目に、

 

「今の私はそこの彼の案内人ですので、その提案は丁重にお断りさせて頂きます」

 

 当たり障りの無い返答を述べると、リリナは残念そうに肩を竦めてはミアから離れる。

 

「それは残念ですわ。そちらの殿方は貴女にとって余程大事ということですのね」

 

 別にそんな事は無い。反論しようかとも思ったが、スヴェンに視線を向ければ彼はどうでもよさそうな眼差しだ。

 そろそろ彼にはミアという超優秀な治療師をぞんざいに扱うことの恐ろしさを分からせる時が来たのかもしれない。

 

 ーー待って、姫様が居る場所で冗談はやめておくべきだよね。

 

 スヴェンをこの場でからおうとも思ったが、レヴィも居る手前話が妙な方向に拗れることは避けなければ。最悪の場合、スヴェンの同行者から外されかねないのだ。

 それはまだ目的も達成していない状況ではあまりにも不都合な話しだ。

 故にミアはリリナの返答にはぐらかすように微笑む。

 すると相手も漸く理解したのか、これ以上は詮索せず改めてスヴェンとレヴィに顔を向ける。

 

「それで、そちらのお二人方はわたくしにどんなご用ですの?」

 

「アンタにいくつか質問してえんだが、アンタにとっちゃ辛い質問になるがそれでも構わねえか?」

 

 辛い質問。それは事件に付いて調べる為に彼女に起きたことを改めて問うのだろう。

 皮膚を剥がされ、光を奪われる恐怖体験をしたばかりのリリナにとって辛い質問だ。

 現にミアが思っている以上にリリナの身体は恐怖で震え、呼吸を荒げていた。

 

「……その様子を見るに質問は無理そうだな」

 

「それじゃあ話題を変えましょうか」

 

「な、なんですの?」

 

 すっかりスヴェンとレヴィに怯えた様子を見せるリリナに、二人に恐怖を感じるのも無理はないのかもしれない。

 しかしレヴィの正体を知られるのは得策とは言い難い。例え、相手が貴族の娘であるリリナであろうとも彼女になんらかの暗示が施されていないとも限らないからだ。

 

「貴女とアラタの関係に付いて質問してもいいかしら?」

 

「えっ? わたくしとアラタのですか? それは……まぁ、彼とは将来を誓い合った仲ですわ」

 

 リリナは頬を高揚させ、恥ずかしそうに答えた。

 確かに二人は在学当時からそういう仲だともっぱらの噂だった。

 ただ、リリナがレヴィのその質問に素直に答えるという事は、まだ彼女はレヴィの正体に勘付いていないのだ。

 

「そう、なおさら身体が元通りになって良かったわね」

 

「えぇ。一時期はどうなるかと不安でしたけれど、それもこれもミアさんのお陰ですわ」

 

 笑みを浮かべるリリナに対し、スヴェンは何を思ったのか彼女に近寄りーー真剣な様子で顔の全体を触れた。

 突然のことに思考停止に陥るレヴィとリリナ、そしてミアはなおも顔を触れ続けるスヴェンの横脇に回し蹴りを放つ。

 だが子憎たらしいことに不意を付いた筈の回し蹴りはあっさりと回避され、

 

「なにしてんの!? 貴族のご令嬢に失礼でしょ!?」

 

 スヴェンにそう叫ぶが、彼は特に意に介した様子も無く何か考え込むばかり。

 そんな彼の姿に漸く、なんの理由もなく淫にリリナの顔を触れた訳ではないのだと理解が及ぶ。

 

「……ま、まぁ、い、異界人の殿方は大胆ですのね」

 

「私の護衛が無礼を働いてごめんなさいね」

 

 戸惑いを浮かべるリリナに対し、真意を察したレヴィは微笑みながら謝罪を告げると、まだ治療も間もないせいかリリナはふらつきながら車椅子に腰を下ろした。

 

「ごめなさい、まだ体力は万全じゃないようですわ」

 

「そうですね。リリナ様は数日絶対安静が必要な身体ですから、ゆっくり休んだ方がいいですよ」

 

 治療師として診断を告げ、手早く床に描いていた魔法陣を掻き消す。

 こうして用も済んだスヴェンとレヴィに続き、ミアは謝礼金の入った金袋をしっかり懐に収めてからユーリの屋敷を去るのだった。


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