ミアと別れたスヴェンとレヴィは、発見された水死体に付いて調べる為に魔法騎士団の死体安置所を訪れていた。
別れ際のミアはなぜそこまで調べるのか、そんな疑問を宿していたが魔法という存在があらゆる犯行の可能性に繋がる。
少なくともスヴェンはそう考えており、同時に一度宿した疑念は中々払えるものではなかった。
見張りの騎士が見護る中、スヴェンは台の上に置かれた遺体袋を開くーー全身の皮膚が剥がされ、恥部は愚か胸すらも抉り取られた猟奇的な痕跡にレヴィが眼を逸らす。
この死体の前には騎士でさえ直視できず、そんなものは見たくないっと言わんばかりに顔を背ける始末だ。
無理もない。頭部を丸ごと潰され頭髪さえも失った死体だ、まともな感性をしてる人間には辛いだろう。
スヴェンは犯人の周到さに眼を伏せ、
「……ここまで徹底してやがるとはな」
デウス・ウェポンでさえ時折り惨殺事件は起きるが、ここまで酷いのは中々無い。
有るとすればそれこそ戦場で兵器をまともに受けるか、モンスターに惨たらしく殺害された兵士ぐらいだろう。
「貴方がリリナ様の顔をやたら触れたのは、骨格を調べるためだったのよね?」
レヴィの問い掛けに対してスヴェンは、
「ああ、頭部の骨格が一致すりゃあ生きてる奴が犯人の一味だろ」
屋敷で出会ったリリナが偽者と想定したうえで答えた。
当然姿を真似る類の魔法の線も有るが、リリナの体内を巡る魔力も何らかの魔法が発動されている様子は無かった。
そもそもミアが治療した時点で再生した皮膚から考えれば、彼女が本物だと証拠を確定してるようなものだ。
それでもスヴェンの中で一種の疑念が拭えない。
頭部さえ潰してしまえば死体が誰なのか判らない、にも関わらず死体は全身の皮膚を剥がされた挙句頭部まで潰されていた。
ならこうも考えられるーー剥ぎ取った皮膚を魔法で被せ、完璧な変装を可能にしたと。
しかしスヴェンの推測は仮説に過ぎない。この哀れな少女の死体が誰なのか判別しない事には何も始まらないだろう。
仮にテルカ・アトラスにDNA鑑定技術が在るなら面倒はないがーースヴェンはダメ元でレヴィに訊ねる。
「この世界の医学は血液からDNA鑑定はできんのか?」
レヴィにとって聴き慣れない単語だったのか、彼女は小首を傾げた。
「でぃえぬえ? よく分からないけど、貴方の言う医学が有れば死体の特定ができるの?」
「幾ら全身の皮膚が剥がされようが、体内に流れる血に刻まれた遺伝子は誤魔化せねえ」
「そう、魔法技術の研究ばかりしてるものね。魔法は便利だけれど死体の検死に向かない……エルリアでも医学の研究を進めるべきかしら」
「医学が進歩すりゃあ技術だけで肉体の欠損も治せる……ミアの才能が誰にでも使える便利な道具を生み出せると考えりゃあ一考の余地はあんだろ」
「……そんな技術が発展したらミアが泣きそうね」
二人は泣き喚くミアの姿を想像し、つい二人の間に小さな笑みが漏れる。
まだ技術が進歩していないなら別の方法で詮索するしかない。スヴェンが死体を丁重に調べていると、
「……そういえばスヴェン、実は20年ほど前にも全身の皮膚が剥ぎ取られた死体が発見される事件が有ったのよ」
突然レヴィが過去に起きた事件に付いて語り始めた。
「場所はエルリア国内、フェル湖畔。犯人はまだ発見もされていないそうよ」
魔法大国エルリアで起きた事件。魔法に関して発展したエルリアが犯人を発見できなかった。
それは犯人が上手で隠蔽する協力者も居たとスヴェンは考える。
「その被害者の年齢は?」
「身長と体格から見て6歳の男の子よ……生きていれば26歳になるかしら」
自身よりも二つ上になったであろう男の子。
もしも犯人が共通した魔法を使っていたなら同一人物かそれともーー全く別の犯人か?
スヴェンは一先ず死体に指を滑らせ、レヴィが訝しげな眼差しを向ける。
「一応女の子の死体なのよ? あんまり触れたら失礼じゃないかしら」
「アンタが咎めたくなるのも判るが、触れてみてはじめて判ることもあんだよ」
「それで何か分かったの?」
レヴィの質問にスヴェンはすぐに答えず、結論を得る為に慎重に遺体を触れる。
やがて少女の遺体から痕跡を見つけた。
まず犯人は鋭利な刃で肉の繊維に傷を付けていること。
皮を削ぐ作業に慣れない素人が何度も同じ位置から刃を入れたのか、深く抉られた箇所も有る。
ただ犯行に使われた獲物は鋭いが刃渡は短い、動物の皮を削ぐに適したナイフか。
傷に魔力の痕跡も無いところを見るに、物理的に強引に無理矢理剥がしたーー無理に剥がしたせいか、肉の繊維が変な方向に向いてやがるな。
「刃物、それもナイフだな。それに犯人は随分と細かい作業が苦手らしい」
「触れるだけでそこまで判るものなの?」
「……傭兵ともなりゃあ、同部隊が何で殺されたか調べる事もあんだよ」
尤もここまで猟奇的な死体は中々見ることも無いっとスヴェンは肩を竦めてみせた。
そんなスヴェンに呆然と静観していた騎士が、
「そんな観点から検死を……貴方は現場を引っ掻き回す異界人とは違うのだな」
感心した様子で技術として取り込めないか。そんな期待の眼差しにスヴェンはなんとも言えない表情で返した。
自身も同じ異界人である意味事件を引っ掻き回しているからだ。
「俺も検死に関しちゃあ素人の浅知恵程度だ。だいたい魔法が使われたかどうかは結局のところ判らねえ」
「肝心な所よね……けれど、モンスターに殺された可能性が消えただけでも上出来よ」
「まあ、そっちならそっちで事故死つうことになるだろうが……そもそも変身魔法の類いに対象の一部を必要とする魔法はあんのか?」
「有るとすれば禁術の類いになるわね。私も全ての魔法を把握してるわけじゃないから、この後図書館に行ってみましょうか」
それは都合が良いと思えた。以前自爆を受けたこともそうだが、まだまだ禁術に関する知識が少ない。
ここで一度知識の更新が必要だ。そう考えたスヴェンは彼女に同意を示すように頷き、また一つ疑問を訊ねる。
「魔法大国エルリアで把握してねえ魔法があんのか?」
「個人間で開発、創造された魔法は把握が遅れるわね。例えばミアの再生魔法、あれは彼女が一から開発した魔法よ」
「開発者専用の魔法ってことか?」
「うーん、そうとも限らないわ。基礎理論と発動に必要な魔法陣の構築式さえ理解しちゃえば修得は可能ね。ただ、ミアの治療魔法は本人の才能に依存した魔法だから難しいでしょうけど」
新しく生み出された魔法は、この瞬間にも誕生してるのだろうか? もしそそうなら邪神教団が新たに魔法を開発すれば初見殺しに遭う可能性も高い。
スヴェンは厄介だなと眉を歪めては、
「邪神教団が魔法を開発した事もあんだろうな」
「……報告で把握してる限りの話にはなるけれど、邪神教団が扱う魔法は全て邪神から授かった魔法なのよ。信仰してる関係も有ってアトラス教会も基本的にはアトラス神から授かる魔法を使用してるわね」
「魔法を授かる……頭ん中に知識と構築式が刻まれんのか?」
「だいたいそんな感じかしらね。ただ、未だ異界人にアトラス神が魔法を授けたことは無いけど」
それは賢明な判断だとスヴェンは肩を竦めた。
まだ精神的に未熟な面が目立つ異界人に神が魔法を授けでもすれば、それを特別な力と解釈して増長を生む可能性も有る。
あくまで可能性だが、これ以上異界人の行動でこちらの動きが抑制されては叶わない。
「ルーメンじゃあ村にすら入れねえからな、次は異界人を理由に逮捕されそうだ」
「……そんな事は無いと思いたいけど、あっ、そこの騎士さんは聴いていた会話は他言無用でお願いね」
レヴィはサングラスを付けたまま、手を合わせて見上げて見せるとーー騎士は何か聴いてはならない事を聴いた。そう理解したのか、顔を青ざめさせていた。
「じ、自分は何も聴いてません! あなた方が何故事件を調査してるのかも関与しません!」
それは魔法騎士団として如何なのかとも思うが、妙に詮索され外部に情報が漏れることは避けたい。
「まあ、調べられる事は調べたが……まだ調べるか?」
「もう充分と言いたい所だけれど、ごめんなさいね。ほんとん貴方に任せてしまって」
申し訳なさそうに顔を伏せる彼女に、なんとも言えないやり辛さを感じては自身の頭を乱暴に掻く。
「適材適所って奴だ。アンタがそこまで気にする事はねえよ」
「そう……それじゃあ一度外へ出ましょうか。あっ、図書館に向かう前に犯人の拠点を調べておきたいけれど」
そう語るレヴィに騎士は慌てた様子で、
「だ、ダメです! 今は隊長方が調査中です、いくら調査許可証を得ていても調査の邪魔になる部外者を立ち入れる訳には!」
拠点に踏み込むことを良しとしなかった。
「それは仕方ないわね。まだ立ち上げた事務所ですものね、魔法騎士団と対立することだけは避けたいわ」
ーー魔法騎士団ですら頭の上がらねえ立場で何言ってんだか。
スヴェンは内心でレヴィに対してツッコミを入れ、改めて遺体に向き直る。
犯人は上等な外道だと結論付けーーレヴィと共に死体安置所を立ち去る。