傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-7.禁術書庫

 フェルシオンの図書館に向か前に昼を告げる鐘楼が鳴り響き、スヴェンとレヴィは手近なレストランに足を運ぶことに。

 店内に満ちる芳ばしい香りがスヴェンの食欲を引き立てる。

 二人は適当な席に座り、スヴェンはメニュー票を取る傍ら物陰に位置する席でこちらの様子を窺うミア達に感心を浮かべた。

 

 ーー昼飯ぐれぇ、好きなもん食いに行っても良いんだかなぁ。

 

 昼時まで影から護衛を手伝う必要は無い。ましてやエリシェに限っては完全に巻き込まれた人物だ。

 スヴェンがメニュー票に視線を落としながら思案すると、

 

「私はサラダサンドと紅茶でいいわ」

 

 小食な注文にレヴィに視線を向けた。

 恐らく死体安置所の遺体が彼女の食欲を削ったのだろう。

 確かにアレを見た直後で、常人がまともな食事など出来るはずもない。

 自身のような殺しや死体に慣れすぎた外道は別だが、メニューの数種類のケーキに眼が止まる。

 デウス・ウェポンではデザートは別腹だと記録に遺されるほどの格言だ。

 デザートなら大丈夫だろう。そう考えたスヴェンは、

 

「ケーキだとか甘いもんは食えんだろ?」

 

 そう提案するとレヴィは意外そうな視線を向け、やがてくすりと笑った。

 

「そうね。それならショートケーキでも頼もうかしら? 貴方はもう決まったの?」

 

 聞かれたらスヴェンは一度メニュー票のオススメ一覧に視線を落とす。そこから選んだ料理なら失敗もないだろう。

 本日のオススメと書かれた中から一品選ぶ。

 

「魚肉とエビの蒸し焼きだな」 

 

「そう、それじゃあ……そこの店員さん、いいかしら?」

 

 レヴィは通り掛かったウェイトレスに声をかけ料理を注文した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 食事も終え、一息付いたスヴェンとレヴィは町の港に位置する図書館に足を運んだ。

 エルリア城の資料庫と負けず劣らずの資料数を見渡しているとレヴィが受付に向かい、

 

「すみません、禁術書庫はどちらかしら?」

 

 そう訊ねると受付の女性が険悪感を剥き出した。

 

「あの、常識的に考えて禁術書庫は一般人の立入は禁止ですよ。騎士団に通報されたくなったから大人しくお引き取りください」

 

 横暴とも取れる態度だが、確かに禁術が誰でも閲覧できるなら修得されてしまう恐れも有る。

 むろん、邪神教団が一般人に紛れ本を持ち出す可能性を考えれば、受付の態度は正当に思えた。

 ただ彼女は相手が悪過ぎたーー相手は一般人どころか王族だ。

 スヴェンはちらりとレヴィの表情を伺うと、何故か彼女は嬉しそうに頬を緩ませていた。

 

 ーーあれか? 一般人扱いされたのが嬉しかったのか。

 

 スヴェンは内心でそんな風に思っていると、レヴィが懐から認識票を取り出す。

 すると認識票を見た受付の女性はため息を吐く。

 

「なんだ、特別許可証をお待ちでしたか。それならそうと早めに提示してくださいよ」

 

「あら、ごめんなさいね。あまり使う機会が無かったものだから」

 

「はぁ? 魔法騎士団や調査部に発行される特別許可証の筈ですが……まあいいでしょう。禁術書庫は最奥の扉に在りますのでどうぞ」

 

 レヴィに疑う眼差しを向けたが、詮索すること事態が面倒に感じたのか、受付の女性はぶっきらぼうに最奥の扉を指差した。

 

「許可も得たから行きましょう」

 

 受付から離れ、人気もない最奥の扉の前でスヴェンはレヴィの行動を思い返す。

 今回は詮索嫌いの相手だったから良かったが、下手をすれば面倒ごとに繋がっていた。

 護衛として軽い注意はしておくべきだろう。そう判断したスヴェンはレヴィに告げる。

 

「あ〜、あんま疑われるような行動は控えてくれよ」

 

「ごめんなさい。少し反応を見たかったのよ」

 

 彼女にとってはレヴィとして認識され、レヴィとしての対応を楽しみたいという純粋な気持ちも有るのだろう。

 

「それで? 満足の行く反応は得られたのか」

 

「ええ! サングラスのおかげもあるけれど、誰も私を認識してないわ!」

 

 嬉しそうに語り出すレヴィに、スヴェンはそれは良かったなっと言いたげな眼差しを向けーー最奥の扉を開けた。

 禁術書庫に足を踏み込む。内部は燭台の明りに照らされ、薄暗い空間が広がっていた。

 誰も居ない広い書庫と不穏な気配にスヴェンはガンバスターの柄に手を伸ばす。

 

「誰も居ないわよ?」

 

「いや、なんか妙な気配を感じるんだが?」

 

「それは禁書が発する魔の気配よ」

 

 気配の正体を知ったスヴェンは警戒を解き、改めて書庫を見渡す。

 並ぶ本棚と二人で調べるには多い量に眉が歪む。

 

「読み書きも完璧じゃねえが、こいつを二人で調べんのは骨が折れそうだな」

 

「そうね……人の姿を真似る、人体の一部を使用した変身魔法の類いを重点的に調べましょう」

 

 そう言ってレヴィは本棚の禁術・変身編と書かれた本棚に歩き出した。

 スヴェンも彼女に倣い、本棚に並べられた書物に眼を向ける。

 正直に言えば何処から手を付ければいいものか。電子やネットの検索に慣れしたんだスヴェンにとっては、資料探しも調べごとも億劫に思えた。

 だが不信感や疑念を払うには知識が必要だ。それに、また自爆を喰らっては堪らない。

 スヴェンは適当に分厚い書物を四冊ほど選び取り、長テーブルに運んでは本を開く。

 

 さっそく目次から禁術とされる変身魔法に『必要な条件と触媒』と記された項目を開いた。

 

「禁術・姿写しに必要な条件と触媒……対象の正確な姿と性別の一致……対価となる触媒は大量の魔力と新月の光り」

  

 そこまで読み進めたスヴェンは、こいつは違うと判断して目次のページに戻る。

 しかし、どうやら禁術・姿写しに関する書物のようで他の変身系統の禁術は記されてはいないようだ。

 スヴェンはこの本はハズレだと判断し、次の本を開く。

 するとレヴィも選び終えたのか、サングラスを外しては本を読み始めた。

 その後、お互いに無言のまま変身系統に関する資料を読み漁るが、スヴェンとレヴィが求めていた禁術が出ることは無かった。

 あと最後の一冊を前にスヴェンは、対象の皮膚を触媒にした禁術はまだ記録されていないのでは? 

 そもそも最初から存在しない可能性もあり、全身の皮膚を剥がした遺体はリリナとも過去の事件とも別件に思えてくる。

 単なる偶然の重なりと魔法が関与しない事件でしかない。

 

 ーーなんにせよ、この時間は無駄じゃねえんだがなぁ。

 

 調べて無いならそれはそれで良い。不信感を拭う判断材料と禁術に対する知識も得られた。 

 調べ物にかけた時間は決して裏切らない。そう判断したスヴェンが、凝った肩をほぐすとーー最後の一冊を開いていたレヴィがため息吐く。

 如何やら最後の一冊もハズレだったようだ。

 

「まあ、判明しねえこともあるわな」

 

「そうね……あとは犯人が拠点にしていた水路で何か証拠が出ればいいのだけれど」

 

 魔法騎士団が調査している水路で何が発見されるのか。

 あわよくば連中の潜伏先も突き止めて貰いたいが、魔族の関与と人身売買などまだまだ留意すべき懸念が残っていた。

 まだ調査は始まったばかり。それでもレヴィの焦りの色にスヴェンは口を開く。

 

「まだ何も判らねえ状態だが、調査ってのは時間を要するもんだ。だからアンタがそう焦る必要もねえさ」

 

「……焦りは禁物ってことかしら?」

 

「ああ、先急ぐ調査なんざろくな結果は出ねえ。むしろ大事な情報を見落としちまうだろうよ」

 

 傭兵としての経験も有るが、実際にスヴェンは過去に請けた護衛で失敗した。

 護衛対象から提示された高額の報酬を何も疑いもせず、背後関係を調べることを怠りーー結果は同じく請けた護衛者同士の殺し合いが発生した。

 味方だった者を敵と認識し、排除した後に護衛対象と関連組織を始末したのはスヴェンにとっても、何も利益にもならない無価値な戦闘と依頼ーー苦い思い出と失敗に眉が歪む。

 

「貴方は過去に焦って失敗したことがあるのね」

 

「あー、アレを失敗って言うならそうだな。報酬に眼が眩んだのは確かだ」

 

「そう。貴方が体験した失敗談は聞かない方がいいのかしら? いえ、聴いても話してくれないのでしょう?」

 

 何処から寂しげな眼差しを向けるレヴィに、スヴェンはそっと眼を背ける。

 

「まあいいわ……それよりも人が居ない場所に来たのだから、少し話しておくべきね」

 

「あん? メルリアで捕縛した異界人と邪神教団の処遇だとかか?」

 

「それも有るけれど、タイラントをエルリア城とメルリアの守護結界間に放った者に付いてよ」

 

 そういえばタイラントは邪神教団が仕向けたことだけ判っていたが、それ以上の詳細は結局何も判らず。そもそも調べる時間も調べる宛ても無かった。

 スヴェンはレヴィに真っ直ぐと視線を向け、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「邪神教団の司祭の一人でアルディアを凍結封印した張本人……エルロイという人物よ」

 

「エルロイ? そいつの特徴や顔は?」

 

「赤黒い髪に人とは思えない爬虫類染みた瞳が特徴的ね。顔は中性的な顔立ちで年齢と共に性別も不明よ」

 

 性別が不明なのは兎も角、年齢が不明とは一体どういうことだ? スヴェンが疑問を浮かべるとレヴィも困り顔を浮かべていた。

 

「過去にエルロイと思われる人物が各国で目撃されているのよ。それが時代問わず……もしかしたら不老不死かもしれないし、エルロイの役目を継いだ人物かもしれないわ」 

 

 過去に目撃証言が有る邪神教団の司祭の一人。不老不死ならコンクリートに固め海に捨てるなど対策は充分に取れるが、スヴェンは確認を含めた意味で訊ねる。

 

「姿形は過去に目撃されたエルロイなんだろ?」

 

 質問に対してレヴィはこくりと頷く。

 

「なら不老不死って線は疑った方がいいだろ。それに何だってタイラントを放ったんだ?」

 

「恐らくメルリアで人質に取った子供を使って脅迫、応じなければエルリア城内にタイラントを出現させるつもりだったんじゃないかしら? 一応その懸念も有ってラオ達がタイラントを追っていたのだけどね」

 

 つまりあのタイラントの遭遇は単なる偶然でしかなかった。

 スヴェンはそう考えたが、タイラントが襲った荷獣車には邪神教団を示す紋章が残されていた。

 

「タイラントに邪神教団の荷獣車が襲われたようだが、そいつは単なる事故か?」

 

「いえ、恐らく違うとおもうわ。現場の荷獣車から血痕は必見されなかったそうね……なら邪神教団はタイラントを操れる。そう暗に語りたいのかもしれないわ」

 

 大々的な戦力アピールと従わなければモンスターを町中に放つ。

 立派な脅迫だが、逆に邪神教団は守護結界内にモンスターを召喚する術を持っていると確定付けることになる。

 

「どおりで結界内で異界人の死者が多いわけだ」

 

「一応内通者も捕縛したから、これ以上守護結界内部でモンスターは召喚できないと思いたいけれど……」

 

「油断はできねえってことか」

 

 旅路の道中で警戒を怠る理由も道理もないが、これで邪神教団の司祭は自ら行動することが判った。

 

 ーーそういや、メルリアで指示を出してた奴が居たらしいが……ソイツは何処へ行ったんだ?

 

 何処かに行った邪神教団の司祭よりも、今はレヴィの護衛が最優先事項か。

 スヴェンはそう頭を切り替え、興味は無いが情報共有は必要なためレヴィに異界人と信徒の処遇に付いて問う。

 

「それで? 異界人と信徒はどうなる?」

 

「異界人の鳴神タズナは処刑、現在監獄町に護送中よ。それから信徒はアトラス教会預かりになったわ」

 

 淡々と感情を押し殺して告げるレヴィに、スヴェンは眼を伏せる。

 レヴィには感情を押し殺した表情が似合わない。心がそう感じるが、異界人を召喚をすると決めた時から覚悟していたのだろう。

 あくまでも推測に過ぎないがレーナとして決断、決意した事柄にスヴェンが何か口を出すことはない。

 

「そうか、監獄町ってのは気になるが……他に共有する情報はねえか?」

 

 確かめるように確認すれば、レヴィは何か思い出したように腰のポーチを探った。

 そしてうっかりしていたと小さく舌を出しながら笑っては紙袋を一つ差し出す。

 ずっしりとした重みと紙底から感じる銃弾の感触に、スヴェンはその場で紙袋の中身を改める。

 すると中身は二十発の.600LRマグナム弾と二つのパイナップル型の物体ーーどう見てもハンドグレネードにスヴェンは眼を見開いた。

 見間違えるはずもないハンドグレネードには安全ピンが無い。

 スヴェンが所持する上部を捻って投げるだけのハンドグレネードとは違う。

 それともこれも何かしらの魔法陣が施されてるのか?

 

「クルシュナからそのしゅりゅうだんという代物に付いて、説明は聞いてるわよ。何でも魔力を流し込んで内部のプロージョン粉末に刺激を与え爆発するとか」

 

 スヴェンが疑問を訊ねるよりも早くレヴィが答えた。

 

「魔力を流し込まない限りは爆発しねえと? いや、そもそもハンドグレネードの製造知識は教えてねえ筈なんだが、異界人から聴いたのか?」

 

「なんでもキサラギシロウ(如月紫郎)が知識を披露したとか、それで物は試しにと開発に至ったそうよ」

 

 魔力で起爆させる兵器がテルカ・アトラスに誕生した。

 状況に応じてハンドグレネードの製造を依頼するつもりだったため、スヴェンは手間が省けたことに息を吐く。

 ただ安全性が保たれているが、これを王族であるレーナが運んだことの方が大問題だ。

 

「……コイツはアンタが運ぶべき代物じゃねえよ。次からは【デリバリー・イーグル】に頼め」

 

「そんなに危ない物なの?」

 

「コイツの威力は知らねえが、俺が所持してる方は一個小隊に壊滅的被害を与えられるな。爆破すりゃあアンタの人体は粉々になるのは間違いねぇ」

 

 もしも町中で誤って暴発すればどうなるのか。最悪な事故を想像したレヴィの顔が青ざめる。

 無理もない。自分は愚か周囲に居る一般人が巻き込まれ爆死するのだから。

 

「安全性に関しちゃあクルシュナ達の技術力を信じる他にねえか」

 

「……次からそれの運搬は専門家に頼むことにするわ」

 

 スヴェンは改めて紙袋をサイドポーチに仕舞い、椅子から立ち上がる。

 

「そろそろいい時間だな。一度宿に戻るか?」

 

 室内の魔法時計に眼を向ければ、既に時刻は十八時を差していた。

 

「そうね……歓楽区方面の視察もしたいところだけど、そっちは後日でいいわね」

 

「歓楽区か。異世界文化に乏しいが、どんな娯楽施設があんだ?」

 

「オペラハウスやカジノにコロシアムっと色々有るわよ」

 

 オペラに興味は無いが、カジノは息抜きにいいかもしれない。

 尤もスヴェンの待ち合わせは目の前に居る彼女から渡された資金だ。

 下手に賭け事に浸かり資金を浪費することは避けたい。そうでもしなければ、レーナを敬愛するファンクラブ連中に袋叩きにされる可能性が高い。

 

「まあ、カジノだとかは本来の仕事を片付けた後にでも洒落込むか」

 

「ミアも言っていたけれど、貴方って変なところで真面目なのね」

 

「アイツにも言ったが、傭兵は信頼第一の職業だからな」

 

 そう告げるとレヴィは納得しては、取り出した書物を本棚に戻した後、宿屋フェルに向かった。


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